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どうする「住まいの脱炭素化」!これからの住宅・建築物に求められる性能とは?

脱炭素社会の実現には、住宅・建築分野の省エネ化が欠かせません。日本のCO2排出量のうち、およそ3分の1が住宅など建築物の運用時に出ているとされます。にもかかわらず日本の住宅の省エネ性能は、先進国で最も低いレベルのままでした。以前から専門家により指摘されてきたこの課題が、政府の脱炭素の方針によって大きな変革が求められています。専門家の意見を踏まえ、どのようにすべきかまとめました。

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日本の住宅の性能はなぜ低いのか? 

「日本の住宅の省エネ性能は、先進国の中で最低レベル」。そう言われて、にわかに信じられない方がいるかもしれません。しかし実際は、窓ひとつとっても日本は驚くほど遅れています。窓は、暑さの原因の7割、寒さの原因の6割とされるほど、住宅の性能に関わる重要な部分です。しかし、既存住宅のほとんどの窓枠がアルミである国は、先進国の(冬に暖房が必要な国の)中では、日本だけとされています。多くの国では、以前から熱伝導率の低い樹脂製や木製が使われてきました。

アルミサッシは、耐久性やコスト面でメリットがあるものの、省エネや快適性といった点ではデメリットばかりです。熱伝導率が高く、夏は暑く冬は寒くなります。数値的には、省エネ性能の高いドイツの一般的な窓(樹脂サッシ&トリプルガラスの窓)と比べ、日本で流通している窓(アルミサッシ&ペアガラスの窓)は、4倍から5倍ほど熱を通しやすくなっています。

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ドイツで一般的に使用されている樹脂サッシ&トリプルガラスの窓の断面(撮影:高橋真樹)

またアルミサッシは頻繁に結露を起こすため、カビやダニが増殖し、健康への悪影響も課題となります。ドイツやオーストリアなどでは、結露を起こすような窓は瑕疵(設計上誤っているもの)であると扱われます。それらの国の法律で禁止されるレベルの低性能なサッシが、日本ではいまだに販売されているのが実情です。

このような話をすると「ドイツは寒い国だから」という反論があるかもしれません。でも、ドイツだけが突出して基準が高いわけではありません。日本の省エネ基準では最高等級の窓(アルミ樹脂複合サッシ)のレベルは、お隣の韓国を含め、多くの先進国で最低限の基準をクリアするかどうかというレベルでしかありません。日本でも、新築住宅についてはここ数年でようやく樹脂サッシが増えてきましたが、2021年現在も普及率はまだ20%程度にとどまっています。

参照1)日本経済新聞社 設計事務所代表 松尾和也氏
低い断熱性なぜ放置、世界に遅れる「窓」後進国ニッポン
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO78836460U4A021C1000000/
参照2)日本エネルギーパス協会代表理事 今泉太爾氏コラム
http://www.energy-pass.jp/cn6/ima05.html

見送られた住宅の省エネ基準義務化

窓だけではありません。住宅全体の省エネ性能も同様で、低レベルの基準が現在もまかり通っています。国が現在の基準としている「次世代省エネ基準(改正省エネ基準)」は、「次世代」という名称とは異なり20年以上前の1999年に定められた時代遅れの基準です。例えばドイツのパッシブハウスという厳しい基準と比べると、年間に使用する灯油タンクの量に換算して約7倍もエネルギーを消費してしまいます。

さらに、その時代遅れの省エネ基準でさえ、日本の既存住宅の10%ほどしかクリアできていません。既存住宅の7割以上はほぼ無断熱で、日本の住宅はエネルギー浪費型になっているのです。

住宅の省エネ性能向上に欠かせない政策は、国が省エネ基準を義務化することです。例えばドイツでは、年を追うごとに建築物の省エネ基準がどんどん厳しいものに設定されてきました。それにより、2021年以降の新しい建築物はすべて、脱炭素化を実現するよう法律で義務付けられています。

ところが日本では、住宅の省エネ基準がいまだに義務化されていません。2020年には、前述した「次世代省エネ基準」が義務化される予定でしたが、その低いレベルの基準ですら「対応できない工務店がある」「時期尚早」などとして実施が見送られました。

ちなみに新築住宅に関しては、現在建てられている87%の住宅が次世代省エネ基準をすでにクリアしています(国土交通省住宅局資料:2019年度実績値)。このレベルの基準であれば、たとえ義務化されてもほとんどの事業者には問題ないことが明らかになっています。なお、中規模や大規模な建築物に関してはすでに上記の省エネ基準が義務化されています。

参照1)東洋経済オンライン 建築家:竹内昌義氏
日本の住宅が「暖房しても寒い」根本的な理由20年前の「断熱基準」さえいまだに達成できず  https://toyokeizai.net/articles/-/347703
参照2)日経新聞 新築住宅の省エネ義務化へ 政府、議論着手
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA194GC0Z10C21A4000000/
参照3)日本不動産学会誌 ジャーナリスト村上敦氏
ドイツにおける低炭素型住宅の動向とエネルギー政策
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/26/1/26_127/_pdf/-char/ja

脱炭素につながる住宅のレベルとは?

昨年10月に政府が脱炭素化の方針を掲げたことで、現在は国交省などで改めて住宅の省エネ基準の義務化についての議論が始まっていますが、進捗状況は遅く、また議論されている省エネ性能のレベルも国際的に見て不十分です。このまま大胆な変化が起きなければ、住宅分野での脱炭素化は実現できそうもありません。

具体的に脱炭素をめざすためには、住宅をどのレベルで省エネ化する必要があるのでしょうか?建築家で、国交省が主催する「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」の委員も務める竹内昌義さんは、「これから建てる住宅やビルは、ゼロカーボン化が必須」と訴えます。具体的には、義務化する基準を現行の次世代省エネ基準のおよそ半分の燃費で済む「G2レベル」に引き上げる必要があるとしています。

G2レベルとは、一般社団法人「20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会」(通称「HEAT20」)が定めた3つのグレード(G1、G2、G3の3つ)のうち、真ん中のレベルを指します。例えば北海道で一般的になっているような高断熱の住宅を、東京で建てるようなイメージです。G2レベルの住宅であれば、冬はわずかな暖房だけでも十分暖かく過ごすことが可能になります。

建物の省エネ化を優先し使用するエネルギー量を従来の半分にした上で、さらに屋根に太陽光発電設備を設置すれば、年間で使用するエネルギーのほとんどを自宅で賄うことができるようになります。これが住宅の脱炭素化です。住宅を一度建てると、その後何十年も使用されることになります。2050年の脱炭素をめざすには、いまから建てる家はすべてこのG2レベルにしていかないと間に合わない、という意見は、竹内さんをはじめ多くの省エネ住宅の専門家の一致するところです。

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建築家の竹内昌義氏と、竹内氏が設計した山形エコハウス(撮影:高橋真樹)

それでは、住宅の省エネ性能をG2レベルにするには、どれくらいの追加費用が必要とされるのでしょうか?新築の場合、現在一般的に建てられている次世代省エネ基準の住宅に対して、およそ70万円程度の追加費用がかかりますが、光熱費が減る分、およそ10年でその費用を回収することができます。それ以降は、ランニングコストが安くなる分、家主の家計にもプラスになります(※参照3)。また、家に設置するエアコンなどの冷暖房機器の数を減らすこともできるので、機器の更新の際も従来の住宅に比べて大幅に安くなる見込みです。

さらに、数字には現れにくい「暑くない」「寒くない」「カビが生えない」といった効果による健康への影響も考慮すると、住宅を省エネ化するメリットはエネルギー問題を超えて、計り知れません。国交省の検討会では、「消費者の負担が大きいため、義務化には反対。まずは公共建築物で進めるべき」という意見も出ていますが、長い目で見ればエネルギーだけでなく費用面でもメリットがあることはしっかり議論されるべきでしょう。

竹内昌義さんは言います。「自分の家でエネルギーをまかなえるようになれば、災害があっても安心です。初期投資は少しかかりますが、未来世代への投資と考えて、官民ともに挑戦していくべきではないでしょうか」。

参照1)東洋経済オンライン 建築家:竹内昌義氏
脱炭素達成のカギを握る「寒すぎる家」の大問題
https://toyokeizai.net/articles/-/416975?page=4
参照2)新建ハウジング 「46%削減目標」で住宅はどうなるか(専門家による対談)
https://www.s-housing.jp/archives/237399
参照3)第2回 脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会 竹内昌義氏資料より
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001403276.pdf

先駆的な自治体の取り組みも

すでにいくつかの自治体では、国に先駆けて独自の高い省エネ基準を設け、数値をクリアした住宅に助成金を出しています。中でも鳥取県は知事の旗振りの下、「とっとり健康省エネ住宅『NE-ST』」、というHEAT20のG2レベルと同等か、それ以上の高い基準を設定しています。そして、対応する基準の住宅に助成を出したり、工務店への技術講習を行うことで、省エネ住宅を増やす誘導をしています(2021年から実施)。

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鳥取県が定めた独自の住宅省エネ基準と助成金のリスト

最近では、意識の高い自治体や工務店により、G2レベルあるいはそれ以上の性能を持つ省エネ型の賃貸住宅や公共施設の建設も始まっています。今後、脱炭素社会をめざすためには、そのような住宅や建築物を一部の意識の高い事業者だけでなく、当たり前につくられる環境を整備していくことが求められています。

参照1)鳥取県ホームページ
https://www.pref.tottori.lg.jp/293782.htm
参照2)環境ビジネスオンライン 鳥取県 国を上回る住宅性能基準を導入
https://www.kankyo-business.jp/news/025244.php
ライター:高橋 真樹 
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。サステナブルをテーマに国内外で取材、執筆を続ける。新刊『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)をはじめ、著書多数。

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