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気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)って何?企業に求められることとは?

今年10月から11月にかけて、英・グラスゴーで国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催され、各国が改めて気温上昇を1.5度に抑える目標を確認しました。世界的に気候変動への対応が急務となる中、企業からも注目を集めているのが「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」です。

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)とは何で、企業にどのような取り組みが求められているのでしょうか。

TCFDとは?

気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD)とは、2015年のG20で設けられた気候関連の情報開示および金融機関の対応を検討するためのタスクフォースです。気候変動がもたらすリスクと事業機会を企業の財務情報として開示することで、市場の透明性と安定性を確保することを目的としています。

TCFDは、2017年に最終報告書を公開して、以下の項目を企業が開示するべきだと推奨しています。

・ガバナンス:気候関連リスクと機会に関する組織のガバナンス
・戦略:組織の事業・戦略・財務への影響(重要情報である場合)
・リスク管理:気候関連リスクの識別・評価・管理の状況
・指標と目標:気候関連リスクと機会の評価・管理に用いる指標と目標(重要情報である場合)

すでに多くの企業にとって、気候変動が大きなリスクであり、同時に事業機会となっていることは明白です。

たとえば、気候変動との因果関係が疑われる水害や山火事によって、企業の資産が直接的に被害を受ける可能性もあれば、再生可能エネルギーによって事業機会を得る企業と失う企業が出てくることも予想されます。他にも、炭素税などの法規制の変化や雇用、原料の調達などに影響が生まれる場合もあります。

TCFDは、このうちリスクについて「移行リスク」と「物理的リスク」の2つにわけ、企業に分析・対応を求めています。

「移行リスク」は、

・法や規制に関するリスク
・テクノロジーリスク
・市場リスク
・レピュテーションリスク

の4つに分類され、低炭素社会への移行で生じる様々なリスクを含んでいます。
一方で「物理的リスク」は、気候変動がもたらす自然災害などによるリスクを指します。

また機会については

・資源の効率
・エネルギー源
・製品およびサービス
・レジリエンス

の4つに分類され、気候変動への緩和策・適応策への取り組みが機会(ビジネスチャンス)をもたらすと指摘されています。

企業がTCFDに取り組むべき理由

企業にとってTCFDに対応する必要性は高まっていますが、日本企業も例外ではありません。特に、東証再編によって誕生するプライム市場では、TCFDに基づいた開示が必須になることが大きな影響を持っています。

東証は、来年4月4日から新たにプライム・スタンダード・グロース市場に再編されますが、このうち最上位に位置づけられるプライム市場では、特にコーポレートガバナンスの強化が重要課題として挙げられています。TCFDに基づく開示もこの文脈に位置づけられ、いわゆるESG投資の流れが強まる中、気候変動と自社事業の関連性を明確化していくことは必須条件になるでしょう。

実際、日本からは多くの企業がTCFDへの賛同を示しています。経済産業省によれば、11月30日時点で世界全体で2,785の企業・機関が賛同を示し、日本では601の企業・機関が賛同を示しています。

もちろんESG投資に向けられた巨大マネーについても、企業にとっては無視できません。今年10月には、環境問題対策に使い道を限定したグリーンボンド(環境債)をEUが初めて発行しており、120億ユーロ(約1兆5,700億円)を調達しています。こうした投資資金を日本企業が呼び込むためには、国際基準となっているTCFDに対応した開示が求められていきます。

企業に求められること

では、具体的に企業はTCFDに対応するため何をするべきなのでしょうか。TCFDの報告書によれば、「戦略」の開示にあたってシナリオ分析を行うことが求められています。

シナリオ分析は、前述した「移行リスク」と「物理的リスク」に関する自社への影響および対策などを提示するものです。日本では環境省が「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド」を公開しており、そこでは以下6つのステップが示されています。

1.ガバナンス整備
2.シナリオ群の定義
3.リスク重要度の評価
4.事業インパクト評価
5.対応策の定義
6.文書化と情報開示

詳細は同ガイドを見ていただくとして、大枠としては業界・企業に沿ったリスクを洗い出し、複数のシナリオを想定し、そこから導き出される事業インパクトまで落とし込むという流れになります。

具体的な企業のTCFDレポート

では最後に、実際のTCFDレポートをいくつか見ていきましょう。

(1)積水ハウス株式会社

積水ハウス株式会社が2019年に公開したレポートでは、気温上昇を1.5度に抑えることを目指す社会・経済環境になりつつも、同時に4度レベルで気温上昇が発生するシナリオを想定しています。

その上で、脱炭素を指向する省エネルギー関係の法規制の強化や脱炭素住宅に対する市場ニーズの高まり、国による炭素税の導入などが生じるとして、戸建住宅事業や賃貸住宅事業などの各事業に対する影響を予見しています。

このレポートは、非金融企業としては比較的早く公開されたTCFDレポートとして注目されており、メーカーや住宅など類似業種の他企業にとっても大いに参考になる内容だと言えるでしょう。

(2)味の素グループ

味の素グループによる「サステナビリティデータブック2020」は、TCFDのシナリオ分析に留まらず、ESGやサステナビリティに関する論点を包括的にまとめています。

自社が、食や健康、そして環境分野にどのように貢献するかが豊富なデータとともに示され、気候変動に対応するだけでなく、その緩和に対してのアクションも示されており、経営と気候変動の問題が密接に結びついていることがわかります。

(3)キリンホールディングス株式会社

最後に、キリンホールディングス株式会社による報告書です。同社は、2018年には「キリングループ環境報告書2018」において、TCFD提言に沿った開示をおこなっており、早くからシナリオ分析に取り組んできました。そのため環境ビジョンや戦略への反映など、同社が発信するメッセージにも一貫性が見てとれ、事業への具体的なインパクトについても詳細なデータに基づいて記されています。

同社は、生物資源・水資源・気候変動という3つの観点からリスクを測っており、農作物収穫減による調達コストの増加や洪水による操業停止、カーボンプライシングによるエネルギー費用増などのシナリオ・ドライバーが提示されています。

6枚の端的な資料ではあるものの、事業に対するリスクと機会が全体像とともにイメージできる分かりやすいレポートとなっています。


シナリオは、現実の気温上昇がどこまで抑えられるか、法規制がどのように進むか、自然災害などの物理的リスクをどこまで織り込むかといった不確実性要素が強いため、厳密に定量化できるものではありません。

しかし、企業がどのようなリスクを認識・特定し、どこまで対処を進めているかを透明性を持って開示することが重要であり、出来る限り具体的に経営戦略への影響を示していくことが重要でしょう。

ライター:石田 健
株式会社マイナースタジオを創業後、メンバーズにM&Aで参加。現在は同社を継承した部署で、企業向けにコンテンツ・マーケティングやデジタルにおけるグロース戦略の支援などを担当。

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