ゼロカーボンシティに挑むニセコ町のまちづくり
世界的なスノーリゾートとして知られる北海道ニセコ町。観光地でありながら、過度な開発に制限をかけ環境を重視してきたこの町では現在、全国に先駆けてカーボンニュートラルをめざす取り組みが始まっています。本記事では、ニセコ町の持続可能なまちづくりを紹介します。
積極的に脱炭素を進めるニセコ町
2050年までにカーボンニュートラル、つまり脱炭素を実現すると表明する自治体が増加しています。そうした「ゼロカーボンシティ」を目指す自治体の数は、現在464にのぼっています(2021年9月30日時点。都道府県40、市区町村424)
参考:環境省ゼロカーボンシティ一覧図
https://www.env.go.jp/policy/zero_carbon_city/01_ponti_210930.pdf
その中で、とりわけ積極的な取り組みを進めている自治体の1つが、ニセコ町です。人口約5000人のニセコ町にとって、国内外から多くの観光客が訪れる観光業は大きな収入源です。コロナ禍以前の2019年には、観光客は約170万人でした。
その一方で、環境を重視する姿勢を持ち続け、周囲の自治体では大型リゾート開発が相次いだものの、ニセコ町では過度な開発を可能な限り抑制してきました。また、新たな開発事業にあたっては、住民の主体的な参加や合意形成が大切にされてきました。そのような経緯もあり、国から「環境モデル都市」(2014年)や「SDGs未来都市」(2018年)に選定されています。
また、CO2を削減する取り組みもいち早く手がけてきました。2014年には、当時としては野心的な「2050年までにCO2排出量を86%削減」を目標にした「第1次環境モデル都市アクションプラン」を策定し、実行しました。日本では通常、小規模な自治体には、都市計画や自らの地域から出るCO2をチェックする体制がありません。人口5000人の小規模自治体にも関わらず、国と相談して計画をつくり、CO2排出量をチェックする独自の体制を整えていたニセコ町は、その点だけでも突出していると言えるでしょう。
しかし、ニセコ町の観光客数は2013年の約140万人から2019年の約175万人まで増加し、計画策定後からのCO2排出量は増えてしまいました。コロナ禍を受けて、この2年は減少しているものの、観光業を続けていく中で、CO2排出を減らすことは簡単ではありません。そこで、アクションプランは見直され、専門的な事業者とともに計画実現を目指すことになりました。
ニセコ駅の写真
総合的に見直した第2次アクションプラン
第2次アクションプランの策定を委託した先は、ドイツ在住の環境ジャーナリストである村上敦さんが代表を務める一般社団法人クラブヴォーバン(略称:CV)です。CVは、世界的な環境都市として知られるドイツ・フライブルク市の「ヴォーバン住宅地」を模範とし、日本国内での持続可能なまちづくりをめざす専門家たちが集うコンサルティング組織です。
CVとニセコ町は、住民との対話集会を繰り返し、ニセコ町の将来をどのようにすべきかについて意見を交わしました。そして2019年には第2次アクションプランができあがり、5年かけて実施されることになりました。
この第2次アクションプランの特徴は、2つあります。1点目は、プランの内容を住民参加型でつくったことです。そして2点目は、個別の対策をバラバラに進めるのではなく、再エネ、省エネ、交通、住宅、暮らしといった観点を総合的に組み合わせたことです。いままでは、できるところからやるという姿勢でしたが、その方針が大きく変わりました。
村上さんは言います。「第1次アクションプランでも、個別の施設にヒートポンプや地中熱などの高効率設備を導入するといったことは行われていました。しかし、そうした取り組みを倍に増やしたところで、CO2排出量はあまり減りません。僕たちが取り組んだのは、2050年にCO2排出量をゼロにする所からバックキャスティング(逆算)して、個別ではなくニセコ町の社会システムとしてCO2をどう減らしていけるかという仕組みづくりです(※)。」
※2019年の第2次アクションプラン策定時には、2050年の目標はCO2の86%削減というものだったが、2020年に100%に修正されている。
羊蹄山の風景写真
もっとも大切にしたのは、建物の断熱による省エネです。これから建設や改修する公共施設は、2050年にはCO2排出量をゼロにできるようにすると決められました。トリプルガラスの窓など徹底した断熱をすることで、冷暖房などにかかるエネルギーを大きく削減します。その上で、必要なエネルギーをまかなうため、高効率設備や再エネ設備を導入していく方針が立てられました。
その方針のもとに2021年4月に完成したのが、ニセコ町役場の新庁舎です。省エネ性能は、全国の庁舎の中でトップレベルになりました。また、新庁舎は災害時の防災拠点としての役割も担うことになります。また、民間事業者が建てる住宅やホテルについても、施主側にエネルギーがどれくらいかかるかという説明を行うよう促す条例をつくり、省エネ化を促進しています。
ニセコ町新庁舎の写真
参照:第2次ニセコ町環境モデル都市アクションプラン
第2次アクションプランパンフレット
広報ニセコ(2021年5月号)
まちづくり会社の誕生と「SDGs街区」
新たに開発が始められているのが、町の中心地に建設される「NISEKO生活モデル地区」(通称:SDGs街区)です。13棟の集合住宅からなるこの地区には、450人規模の人々が暮らす予定で、最初の棟の完成は2025年から26年にかけてとなっています。ニセコ町では、住宅が慢性的に不足しているので、このプロジェクトはその解消も目指しています。
SDGs街区の開発の主体は、地域まちづくり会社「株式会社ニセコまち」です。この会社は、住宅開発をどこが主体になるかという議論の末に、2020年7月に設立されたものです。同社は、ニセコ町とCV、そして複数の地域事業者で共同出資するPPP(公民連携=Public Private Partnership)と呼ばれる仕組みです。
PPPにもさまざまな形態がありますが、この会社はニセコ町の出資比率が38%で、自治体の意向も一定程度反映させつつ、民間のノウハウを活かすことのできるスタイルになっています。なお、「株式会社ニセコまち」では、SDGs街区の立ち上げのほか、公共施設の管理運営や、電気や熱など地域のエネルギーサービスを担う事業も手がけるとしています。
SDGs街区では、建物の高断熱化はもちろん、太陽光発電や蓄電池なども導入しながらCO2を削減します。さらに公共交通を充実させ、自動車に頼らなくても快適に暮らせる環境をつくることで、高齢者が安心して住み替えられるような場所になる予定となっています。
SDGs街区予定地の写真
事業を担うことになった村上敦さんは言います。「現在のニセコ町では、マイカーに頼りたくないと思っても、冬は雪が多くて自転車は使えませんし、公共交通も不便です。そのためマイカーが大人1人に1台必要なのですが、総合的なまちづくりの見直しとカーシェアリングの導入などによって、マイカーなしでも快適に過ごせるエリアをつくりたいと思います」。
ニセコ町の人口はいま、約半数が町の中心に、残りの半数が郊外の里山に暮らしています。そのため、乗合バスやスクールバスにも多額の費用がかかっている状況です。将来的にはある程度、町に集中して人々が暮らすようになることで、持続可能とは言えない現在の仕組みを見直していく必要があるはずです。
快適な集合住宅に暮らし、自動車を所有する必要もない、そしてCO2を出さない街区ができたら、画期的です。人口5000人のニセコ町で、約1割になる450人がそのような暮らしをすることができれば、CO2排出削減だけではなく、大きな影響を与えるようになるのではないでしょうか。
ライター:高橋 真樹
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。サステナブルをテーマに国内外で取材、執筆を続ける。新刊『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)をはじめ、著書多数。
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