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ネット・ゼロ・エネルギー・ビルを上回る、中小企業が建てた「プラスエネルギー・オフィス」

脱炭素を目指す際に欠かせない、建物の省エネ化。今回取り上げるのは、住宅ではなく多くの人が利用するオフィスです。長野県の中小企業である木下建工が2020年末に建てた新社屋は、大幅な省エネと屋根に載せた太陽光発電によって、消費するエネルギーをゼロにするだけでなく、さらに多くのエネルギーを生み出す「プラスエネルギー」のオフィスです。しかも、既存の技術を組み合わせて、比較的ローコストで建てました。
なぜそのようなことができたのでしょうか?脱炭素を達成した建物の性能と、1年間使用した効果などを伺いました!

オフィスの寒さが耐えられない

超省エネ仕様で新社屋を建てたのは、長野県佐久市に拠点のある木下建工です。佐久市では、冬の朝晩は氷点下になるのが当たり前。筆者がこの建物を訪れた2022年1月末も、外気温2℃と寒かったのですが、オフィス内に入るとほとんど無暖房で、20℃前後の暖かさを維持していました。

案内してくれた常務取締役の木下史朗さんは、「12月初めまでは、暖房どころか窓を開けてしまう社員がいたくらいなんですよ」と笑います。移転前のオフィスとは、利用する人の数やOA機器、業務内容も同じなのに、建物を変えただけでCO2排出量はゼロを超え、「カーボンネガティブ」(※1)を達成しました。「建物の性能によって、温室効果ガスの排出量を大きく改善できると実感しました」と木下さん。

※1 カーボンネガティブ:CO2排出量よりも吸収する量が上回ること

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新オフィスの仕様を提案した木下史朗さん

木下建工は、橋や道路などのインフラ施設の整備や、災害時の復旧工事などに取り組んできた会社です。建設会社とは言え、これまでは住宅やオフィスの省エネ建築を手掛けてきたわけではありません。新社屋を省エネ仕様にすることになったきっかけは、木下さんが自宅を高気密高断熱の省エネ仕様で建てたことでした。

木下さん一家がその住宅に引っ越したのは、2018年末。それまで暮らしていた住まいとはまったく異なり、外気温がマイナスの日でも、室内は薪ストーブ一台つけていれば、家中どこにいっても20℃近い温度を保っていました。暖かく暮らせる上に、冬の光熱費は以前の半分以下です。住まいが劇的に快適になった木下さんは、今度はオフィスの寒さが耐えられなくなったと言います。

「冬に出社すると室内がキンキンに冷えていて、始業1時間前からガスストーブを炊かないと過ごせませんでした。室内では、エアコンに加えガスと灯油のファンヒーターを何台も稼働させていましたが、それでも寒くてじっとしていると体調を崩すのです。その頃、ちょうど新社屋の建設計画がありました。そこで、自宅のように社員も健康で生産性高く過ごせるオフィスにしたいと思ったんです。」

当時、社内ではすでに新社屋の図面までできていましたが、木下さんの説明によりコンセプトを一から見直し、高気密高断熱のエコハウスと同じ仕様で建てる方針に変えました。会社としては、光熱費を含めたランニングコストや、CO2排出量の違いも決断の大きな理由となりました。設計は、木下さんの自宅を建てた建築家の須永夫妻(暮らしと建築社)に依頼することになりました。

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国産木材をふんだんに使用したオフィス(©︎上田 宏)

コストの壁を乗り越える

完成した建物の特徴はどのようなものでしょうか。まずは極めて優れた省エネ性能です。いまは多くのハウスメーカーが「高気密高断熱」をうたっていますが、実際のレベルの差はかなりあります。木下建工のオフィスは、世界の省エネ基準の最高峰として知られるドイツのパッシブハウス並みのレベル(※2)を目指しました。

建物には基礎、壁、屋根がしっかり断熱され、すべての窓はトリプルガラスになっています(※3)。換気システムには、温度変化を抑える熱交換換気を採用。また、CO2濃度をモニタリングして、自動的にコントロールする仕組みです。

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換気装置で各所に新鮮な空気を出し入れする

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オフィスにふんだんに使われる大きな窓は、すべてトリプルガラス

太陽光発電パネルは、屋根に一般家庭およそ3軒分となる16.5キロワットを搭載し、昼間の消費電力の大半を自家消費しています。太陽光発電は、災害時にも自家発電をできるなど、力を発揮します。また、社用車として新たに導入した電気自動車(EV)は、蓄電池の機能を果たします。災害時のインフラ復旧を担う会社だけに、大きな災害があっても事業を継続できるよう工夫がされているのです。

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EVの利用で、社用車の燃料費やCO2排出量も大きく削減

さらに設計面では、用途変更が簡単に行えるような仕組みになっています。一度建てた建物は、壊してまた建てると膨大なエネルギーと資源が無駄になります。そのため、できるだけ長期間使用するのが、もっとも環境負荷が低くなります。当初の社内で作られた図面では、一般的なオフィスと同様に空間が細かく仕切られていて、時代と共に変わる使い方に対応しにくいものでした。

このオフィスは、80年から100年にわたって使用することを想定して、空間を広く開け放ち、用途変更を容易にしています。仕事の仕方も、極力部署ごとの固定席を作らず、仕事の状況などによって場所を移動するフレキシブルな働き方を採用しています。なお、こうした自由な空間作りができた背景には、建物の省エネ性能が高く、冷暖房のために空間を仕切る必要がないことが大きく関係しています。

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仕切りが少なく仕事の自由度がアップ。社員同士の交流もしやすいオフィス

こうした理念をすべて実現するとなると、問題はコストです。しかし木下さんは、工夫をして当初計画していた一般的なオフィスを建てる予算とほぼ同額で建てることができたと言います。

「高性能のオフィス用の既製品をそろえると、コストが上がってとても予算には収まりません。そこで、考え方を切り替えたんです。オフィスの広さは、一般家庭約3軒分なので、エコハウス3軒分のサイズと予算でつくればいいんだと。そうすることで、職人さんも、普段家を建てている地元の方にお願いすることができました。さらに、できるだけ住宅用の汎用品などを活用して、コストを大幅に抑えることができたのです。」

オフィスの冷暖房は、断熱気密をすることで業務用の大きな機械ではなく、家庭用の小さなエアコン3台でまかなっています。また、電気の分電盤も一般家庭と同じものを使用しました。さらに大きなトリプルガラスの窓は、既製品ではなく、大工さんが組み上げているので、ここでもコストを安くしています。

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オフィスでも家庭用の小さなエアコンで十分な暖かさ、涼しさを実現

※2 パッシブハウス基準:ドイツのパッシブハウス研究所で確立された省エネ基準で、「年間の冷暖房負荷」「気密性能」「住宅全体の一次エネルギー消費量」についての3つの厳しい性能基準を満たす必要がある。日本では、パッシブハウス・ジャパンが活動している。木下建工新本社はパッシブハウスのローエナジービルディング基準で申請準備中。
※3 新社屋の断熱気密性能:断熱性能を表すUa値は0.23、気密性能を表すC値0.13。年間暖房需要は単位床面積あたり24kWh/㎡。

ZEBの基準では不十分

新社屋が完成したのは2020年12月のこと。実際に1年を通して使用し、計画以上の性能が発揮されています。まず電力です。年間で電力会社から購入した電力消費量は約7,000kWhです。一方、太陽光発電でつくった電力量は約17,000kWhと、消費量を大きく上回りました。(2020年12月1日~2021年11月30日)。また、CO2排出量は、移転直後から以前のオフィスと比べて4分の1以下に減り、さらに太陽光発電で削減した分を入れると、排出量は合計でマイナスになりました。

11_co2比較

<CO2排出量の比較>
新オフィスは、エネルギー効率が良いだけでなく格段に快適

驚くのは、単に太陽光で発電した電力が消費エネルギーを上回っていることではありません。ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)と呼ばれる、ビルやオフィスなどの省エネ性能を表す評価基準をはるかに上回っていることにあります。ZEBは、省エネと再エネの導入によって、消費エネルギーを概ねゼロとする建物のことで、もちろん、その基準を満たすことには一定の意味があります。

12_売電量

<電力の購入量と売電量の比較>
1月を除き、ほぼすべての月で売っている量が上回る

ZEBの基準では、冷暖房や照明、換気、給湯といった、建物に基本的に設置してある機器の消費エネルギーを元にして計算します。しかし、実際にはその他にも、パソコンやプリンター、モニターやサーバーなどのOA機器を大量に使用しています。こうしたものは、ZEBの計算には入りません。これでは、本当の意味で脱炭素(ゼロカーボン)を達成しているかどうかがわからなくなってしまいます。

一方で、木下建工の新オフィスでは、ZEBの基準には含まれないさまざまなOA機器に加え、冷蔵庫や洗濯機などの家電、事務用の電気自動車の充電分(走行距離 5,500km)まで含んだ上で、CO2排出量をゼロ以下にしています。これは、日本のオフィスの従来の常識を覆すレベルの話です。これからの脱炭素時代には、ZEBの基準を上回る、こうしたオフィスをめざす必要があるのではないでしょうか。

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OA機器の消費エネルギーも見過ごせない

しかしその超省エネオフィスをつくるために、木下建工は何も特別な最新技術を多用したわけではありません。土台となったのは、断熱や気密、日射の取得といった、ある種、昔からある考え方や技術です。つまり、工夫さえすれば誰にでもできることです。また、断熱などの技術は故障することはありません。いったん建てれば、長期にわたってランニングコストやCO2を削減してくれます。こうした技術やノウハウを、もっと多くの企業が活用すれば、脱炭素社会はより近づくはずです。

もちろん、いくら高性能であっても、採算を度外視した高コストの建物であれば一般の企業は真似できません。しかし、今回訪れた木下建工の新オフィスは、脱炭素を実現する野心的な挑戦をしながら、コストを抑えるさまざまな創意工夫を行っていました。他の中小企業でも、こうした超高性能な建物を建てることは十分に可能だと示してくれています。なお木下史朗さんは現在、須永夫妻とともに、今度は個人事業として断熱性能の高い木造の賃貸住宅も建設中です。今後は、こちらにも注目していきたいと思います。

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脱炭素時代に必要な要素が詰まった木下建工の新オフィス(©︎上田 宏)

ライター:高橋 真樹
ノンフィクションライター。サステナブルをテーマに国内外で取材、執筆。著書に『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)、『こども気候変動アクション30』(かもがわ出版)ほか多数。

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