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「気候変動と生物多様性の同時解決が世界のトレンドである」 IUCN日本委員会 :Social Good Company 特別編 #68

メンバーズでは、2018年よりこれまで、Social Goodな企業や団体などを対象に、社会課題解決型のビジネスや取り組みを紹介するインタビューコンテンツを発信しています。今後は、noteコンテンツとして掲載しますので、よろしくお願いします。

過去のインタビューコンテンツはこちらをご覧ください。
https://blog.members.co.jp/article/tag/social-good-company       また、定期的に発行している冊子のPDF版無料ダウンロードおよび、一部冊子の購入(オンデマンド出版)も可能です。
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160ヵ国の科学者や専門家が所属する自然保護に関する世界最大のネットワークであり、絶滅の恐れのある生物リスト(レッドリスト)を作成している、国際機関 IUCN(国際自然保護連合)。現在は、生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)において、2030年までの生物多様性に関する目標作りにも関与しています。
今回は、IUCN日本委員会 事務局長の道家氏に、生物多様性の現状、企業が果たす役割に関して、お話を伺いました。

・世界の生物多様性の現状は危機的な状況である
・気候変動対応と同じように、生物多様性の分野でも企業の情報開示が求められるようになる
・生活者とのコミュニケーションを通じて企業にできることはとても大きい

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<インタビューにご協力いただいた方>
IUCN日本委員会
事務局長
道家 哲平氏

<プロフィール>
生物多様性条約のNGOにおける第一人者。国際的な情報収集・分析を行い、日本の生物多様性保全の底上げに取り組む。企業や団体、自治体など多分野のセクターのネットワーク化を行いながら、地域や企業の生物多様性戦略や、「生物多様性の10年日本委員会」、「にじゅうまるプロジェクト」、などの生物多様性保全事業を牽引、現在に至る。

●10月中旬にCBD COP15(国連生物多様性条約 第15回締約国会議)の第1フェーズが終了しました。来年の第2フェーズと合わせて、COP15では、今後どのようなことが決められようとしていますか?

現在、自然や生物多様性の危機的状況が加速化しています。そうした中、生物多様性に関する基本的なルールや目標を決めるために現在開催されているのがCOP15 であり、2021年から2030年までの世界目標を作ることが最も大きな役割になっています。

人と自然の関係は、先進国や途上国によっていろいろな考え方があります。そうした中で共通の目標を作るというのは並大抵のことではありません。しかし、第2フェーズでの合意を目指して、世界に力強いメッセージを出そうというのが10月に開催された会議となります。

自然を保護する地域を何%にしようといった具体的な数値目標は第2フェーズで議論することになります。今回は効果的で実施可能な目標設定を各国で合意しよう、重要な目標だから最後まで粘り強く皆でしっかりと進めていこうという内容を発信しています。

●今後具体的に目標として掲げられようとしていることを教えていただけますか?

COP15は生物多様性版パリ協定とも言われ、「ポスト2020生物多様性世界枠組」という名称で交渉が進められています。頭文字を取ってGBF(Global Biodiversity Framework)と略されることもありますが、目標だけでなく、同時に実施のための資金、実施状況を監視する指標の設定など、あらゆるものを含めた枠組みを作る必要があります。

その過程で、パリ協定のように広く社会に影響を及ぼすことが意識されています。パリ協定に1.5℃目標があるように、「ポスト2020生物多様性世界枠組」にも特徴的なキーワードがいくつかあります。例えば、「30 by 30」は、陸と海、それぞれの30%を、自然を守るための場に変えていこうというもので目標として掲げようとしています。

●30%という数値ですが、現在の世界の保護地域の現状はいかがですか?

世界では、陸:16%、海:7~8%程度に留まっています。日本は、陸:20%、海:13%になっており、陸には、国立公園や鳥獣保護区などが含まれています。

30 by 30の目標設定がされた場合、国内の陸は新たに10%のエリアを増やす必要があります。国土の10%にあたるため、約370万ヘクタールとなりますが、これは九州とほぼ同じ面積で相当な広さです。

こうした中で、従来の法律で定められる自然保護区以外にも、民間が守る自然保護区や自然配慮によって“結果として”自然が守られているような「自然共生エリア」という考え方が注目されています。これは企業が所有し適切な管理を行っている土地のことで、それらは必ずしも自然保護のために所有しているわけではないと思いますが、自然への配慮も含めて効果的に管理されており、絶滅危惧種の保全にも寄与するエリアもカウントされるような仕組みが構築されています。

●自然や生物多様性損失の現状も教えていただけますか?

世界では危機的な状況が続いています。2010年に採択された「愛知目標」以降、ここ10年で、IPCCと同様の組織「生物多様性と生態系サービスに関する政府間パネル」(以下、IPBES)が誕生し、世界レベルの生物多様性の評価報告書を作成しています。

人が生態系を変えてしまうようになったここ数百年で、湿地帯のような水の浄化や生きものの多様性をもたらすエリアは、すでに全体の85%失われています。絶滅危惧種の数も増え、地球に生息する800万種の生物のうち、100万種が人間によって絶滅の危機にさらされています。

●具体的には、どのような生きものや植物が絶滅危惧種に指定されていますか?

絶滅危惧種といえば、珍しくて遠い存在の生きものを想像しがちです。しかし、最近では身近で経済的にも影響力が大きい生きものにまで拡がっています。皆さんもご存じのヨーロッパウナギは以前から絶滅危惧種に指定されていますし、最近では、二ホンウナギ、アメリカウナギなど、食用ウナギは全て指定されました。ここ10年で、トナカイやキリン、コアラも絶滅危惧種になり、2020年には、マツタケが指定されました。

また、マルハナバチという蜂は、羽の振動によって受粉を行いますが、このマルハナバチがいないとトマトやブルーベリー、ブラックベリーは受粉することができません。欧米のデータでは、仲間の蜂も含め、すでに25%が絶滅の危機にあるとされています。アフリカなどのデータがそろわない他エリアを含めると更に危機的な状況であると言われていますが、詳しくは解明されていません。私たちの食物の75%は昆虫による受粉、つまり自然のメカニズムに頼っています。こうした花粉媒介生物(ポリネーター)と呼ばれる生きものが失われることによるリスクは、最大5,700億ドルにも達するとも指摘されています。

森林も危機的な状況です。2013年にはすでに針葉樹の34%が絶滅危惧種となっています。杉などの針葉樹は、植物が育ちにくい寒い環境や、標高の高い場所でも森を形成する大切な植物なのです。また、気候変動の影響により、漁業資源も今世紀末までに最大で25%減少することが推計として示されています。違法や無報告による漁獲量は、全体の最大3割を占めるという調査もあります。海洋プラスチックによる汚染もここ数年で10倍に増えました。

さらに、数値として示すことが難しいのですが、意図したり、意図しない形(船のバラスト水や、貨物コンテナに付着して運ばれるなど)で本来いなかった生きものが自然に持ち込まれる「外来種」のリスクや、新型コロナウイルスなどの新興感染症のリスクも確実に高まっています。

●このような状況の中で、陸と海の30%を保全しようという「30 by 30」 は、わかりやすいメッセージですね。

1.5℃目標のようなわかりやすいキーワードで、人と自然が共生する自然保護の場所を確保することは、今後の交渉のポイントとなります。また、面積の確保に加えて、先進国が途上国に対して、どの程度、技術や資金面での援助ができるのかも重要です。

さらに、「どのような社会を目指すのか?」という問いに対して、パリ協定ではカーボンニュートラルというキーワードがありました。ニュートラルは、中立という意味となりますが、自然の場合はネイチャーポジティブ、つまり、損失を止めるだけではなく、自然を回復させプラスに転じることを目指しています。こうしたキャッチフレーズや分かりやすいミッションを掲げることも、合意に向けた交渉のポイントになります。

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●日本政府のカーボンニュートラル宣言以降、気候変動に関する報道は増え、国内での関心も高まっています。一方で、生物多様性に対する関心は低いままであると感じています。

確かにそうかもしれません。しかし、気候変動対策をしていくことが生物多様性を守るということにつながっているため、カーボンニュートラル宣言以降の関心の高まりはとても前向きに捉えています。

今は、気候変動と生物多様性の同時解決が世界のトレンドになっています。しかし、カーボンニュートラル宣言以降、国内ではこの流れが逆行していると感じています。例えば、再生可能エネルギーの設備設置の際の環境アセスメントの手続き緩和が挙げられます。もちろん気候変動対策は重要ですが、地域や自然の声を聴く手続きを軽視してまで、再生可能エネルギーの導入を進めるのは疑問を感じています。

IPBESとIPCCは、今年、合同ワークショップを開催していますが、気候変動対策だけに注力した政策は、生物多様性の損失につながりやすいということが指摘されています。両方を同時に進めるのが国際的なトレンドであると断言できます。

●両方が国際的なトレンドであると言える具体的な動きなどをご紹介いただけますか?

最近のダボス会議では、気候変動と同じように、生物多様性の損失が世界的な危機であると企業経営者に認識されています。

今年の6月に開催されたG7サミットでは、生物多様性の損失と気候変動が議題として採り上げられ、「2030年自然協約(Nature Compact)」が合意されています。首脳レベルの会議で、生物多様性がメインの議題に上がるのは初めてのことだと思います。しかし、国内ではほとんど報道されませんでした。

●生物多様性の損失を止めプラスに転じるために、企業が果たす役割はなんでしょう?

気候変動対策でのアプローチと同様の役割があると思っています。基本的には、企業活動の中で、自然資本にどれだけ依存しているのか、影響を与えているのかを把握し、その依存や負の影響を減らしていくことが必要です。自然資本を利用する際にも自然の回復力や再生力を考慮したり、持続可能性に配慮した自然資源へのシフトを行う必要があります。

●サーキュラーエコノミーの考え方も重要になりますね。

「ポスト2020生物多様性世界枠組」の交渉過程では、サーキュラーエコノミーの考え方を入れられないかといった提案も出されています。また、生活者とのコミュニケーションで企業にできることはとても大きいと感じています。例えば、企業は様々な生きものを企業キャラクターやシンボルとして活用しています。そして、自社で使用する生きものに目を向けることも必要でしょう。

プロ野球チーム、楽天の球団名にあるゴールデンイーグル(イヌワシ)の国内生息数は500羽程度となり、今では絶滅が懸念されていますが、楽天はイヌワシが生息する森の整備を積極的に行っています。無印良品では絶滅危惧種の生きものがプリントされたTシャツを販売し、その売り上げの一部をIUCN日本委員会に寄付してくださる取り組みをされています。モノやサービスを提供する際には何かしらのコミュニケーションが生まれますが、企業が自然環境の重要性を伝えることはとても大切です。そう考える企業が増えていると実感していますし、企業からの問い合わせも増えています。

●気候変動に関しては、TCFDをはじめとして、企業による情報開示も積極的に行われています。情報開示の観点から今後の生物多様性に関する動きを教えてください。

ここ最近、気候変動の分野で起きていることが、生物多様性の世界でも起きていると言ってよいでしょう。パリ協定以降、金融機関によるダイベストメントの動きがありますが、生物多様性でも同様の動きがすでに起きています。つまり、生物多様性の損失を加速させている企業は金融市場でもリスクが高いということです。

気候変動の場合は、CO2の排出量が多い、直接的な産業が対象となることが多いのですが、生物多様性の場合は、鉱物資源の採掘を行う企業や食品・飲料や繊維、アパレル産業など対象になる企業は多岐にわたります。例えば、綿花の栽培には多くの水や肥料を必要とし、土地の劣化に大きな影響を与えています。気候変動以上に多くの産業が、生物多様性との関わりが深いと言えます。生物多様性や自然環境の観点から、財務諸表だけではわからないリスクを抱えているのではないかといった、金融機関や投資家からの視点は厳しくなるでしょう。

●業界による企業連携の動きも増えていると聞いています。

例えばファッション業界では、生物多様性や気候変動に配慮する持続可能な産業であることを宣言し取り組む、「Fashion Pact」 という団体を発足しています。

金融業界では、生物多様性の重要性から国際政策形成には働きかけを行う「Finance for Biodiversity Pledge」という組織が立ち上がっています。2020年9月の設立当初は、26の金融機関、約400兆円以上のアセット総額が、1年後の現在は、75の金融機関が参加し、総額は、1700兆円以上になりました。しかし、国内金融機関の参加は、現在、りそなアセットマネジメント1社に留まっています。この組織は、COP15でも意欲的で国際的な目標の設定を提案し、2024年までに、金融機関自らが投融資先に生物多様性に関する目標設定や報告を求めていくことを宣言しています。これが、TNFD※(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)と連携して整備されると思われます。こうした動きは今後も加速化し、後戻りすることはないでしょう。

※企業活動による自然資本へのリスクと機会を適切に評価、情報開示するための取り組み

●最後に生物多様性保全の観点から、企業の方々へのメッセージをお願いします。

生物多様性を国際的な視点で見ていますが、国内の報道や企業の動きに世界とのギャップを感じています。つまり、今まで説明した生物多様性に関する動きは、急加速化していますが、国内のメディアで紹介される機会は僅かです。これまでお伝えしたことに実感を持てないと思いますが、生物多様性と企業との関係は確実に変わろうとしています。

ルールメイキングをしようとする企業もあれば、情報収集をきちんと行い、形になった時に後れをとらないように配慮するといった戦略を選ぶ企業もあるかと思います。しかし、世界が着実に変化する中、日本企業も積極的にルールメイキングに関わって欲しいと思いますし、生物多様性をより一層プライオリティの高いテーマとして捉えていただきたいです。こうした社会の変化に対して、企業とNGOとが一緒に取り組もうとする変化を私も体感しています。これからも企業とNGOとを結ぶ仕事をさらに進めていきたいと思います。

ライター:萩谷 衞厚
2015年5月よりメンバーズ入社。様々なCSV推進プロジェクトを担当、2018年よりSocial Good Companyの編集長を務める。

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