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富山市のコンパクトなまちづくり

富山市は全国の自治体に先駆けて、2000年代はじめ頃からコンパクトなまちづくりに取り組んできました。中心市街地の空洞化や人口減少と高齢化などにより、将来的に住民の暮らしが困難になるおそれがあったためです。そしてそのようなまちづくりは、脱炭素にも結びついています。2021年3月に、「ゼロカーボンシティ宣言」を発表した富山市の歩みを取り上げます。

なぜコンパクトなまちづくりなのか?

富山市は、約40万人が暮らす北陸の中核都市のひとつです。2005年に旧富山市を含む複数の市町村が合併したことで、富山県全体の約3分の1の面積を占めるようになりました。しかし、広い地域に住民が分散して住んでいることや、郊外の宅地開発が続いていたことから、人口密度は全国の県庁所在地の中で最も低い状態にありました。そのため、自動車への依存度も全国で2位という高さだったのです。将来的には、人口減少により人口密度はさらに低くなり、中心部の空洞化も進むことが明らかでした。

人々が広い面積に分散して住むと、インフラを維持するための行政の支出が増えます。富山市の計算によれば、人口密度が半分になれば、道路や下水道などの維持管理のための支出は約2倍になるとされました。また、自動車に依存する地域では、高齢になり運転できなくなった人々は、社会生活に支障が出るようになります。このように、人口密度が薄く、車に依存した社会は持続可能ではありません。そのため、富山市は2000年代前半から従来のまちづくりを見直し、持続可能なコンパクトなまちづくりに取り組んできました。

キーワードは「串と団子」

コンパクトなまちづくりのキーワードは、「串と団子」です。「団子」とは、人々の生活圏をいくつかの「居住推進地域」に誘導し、限られた財政を薄く広くではなく、それらの地域に重点的に投じて、効率的なまちづくりを進めることです。「串」とは、その団子同士をつなぐように公共交通を整備することで、自動車がなくても歩いて暮らせるまちを目指すというものです。公共交通の充実と、公共交通を利用しやすい距離に人々が住むことを促進することによって、中心市街地の活性化を含む持続可能なまちを実現するという構想になります。

「串と団子」イメージ(富山市)

居住推進地域(=団子)と、それをつなぐ公共交通(=串)のイメージ図(富山市資料より)

「団子」についてさらに見ていきましょう。富山市は現在、公共交通沿線の13カ所を「居住推進地域」に指定しています。市の中心部に商業施設を集めるだけでなく、「居住推進地域」から徒歩圏内に公共施設や市の出先機関を増やしたり、公共交通機関の駅を増やすなど、利便性を高めてきました。また、この地域への移住を誘導するため、住宅の購入やマンション建設への補助金も出しています。

こうした政策の成果もあって、市の中心市街地の人口は、2008年以降は転入超過に転じるようになりました。また、富山市民のうち居住推進地域に暮らす人々の数は、2005年の28%から、2019年の38.8%に上昇しています。富山市はこれを、2025年に42%にすることを目標としています。

参考:富山市資料
富山市事例紹介

日本初の本格的LRTの導入

「串」となる公共交通についても見ていきます。居住地域がある程度固まっても、移動で自動車に乗り続けるのであれば、本質的な問題は変わりません。そこで「団子」をつなぐ形で、公共交通機関の本数や駅を整備しています。富山市では、日本で初めて次世代型の路面電車(LRT=ライトレールトランジット)が導入されました。LRTは従来の路面電車に比べ、速度が比較的早い、車内に段差がない、騒音が振動が少ないといった特徴があります。

公共交通での移動については、富山駅をはさんで市街地が南北に分断されていることが課題となっていましたが、2020年3月には鉄道の高架化とLRTの南北直通運転が実現し、利用者の利便性が増しました。また市は公共交通の利用促進のために、様々なサービスを用意しています。例えば高齢者を対象にした「おでかけ定期券」です。これは、公共交通で出かけるときに、途中下車しなければ料金が1回100円となるものです。こうした誘導策の影響もあって、2006年と2019年とでは、一日あたりの平均の利用者数が約5000人ほど増えました。LRTが、住民の日常の足として利用されるようになってきたのです。

富山市がコンパクトなまちづくりを決めた当初、日本では公共交通をまちづくりの軸となる「公共財」ととらえる考えは主流ではありませんでした。しかし当時から欧州では、自動車に過度に依存したまちづくりへの反省から、公共交通を軸に歩いて暮らせるまちづくりを実践している地域がいくつもありました。富山市の取り組みは、そのような動きを参考としたものでした。

富山市内を走るLRT−1

富山市内を走るLRT

成果が出るまでには時間がかかる

それでも、持続可能なまちづくりが短期間にできるわけではありません。市にできることは「居住推進地域」に住んでもらうよう誘導することであり、それ以外の地域の宅地開発を規制できるわけではありません。実際、現在も民間の事業者により「居住推進地域」以外に新しく住宅が建てられてしまっている現実があります。また、人口の少ない中山間地域などが「居住推進地域」に含まれないため、こうした地域のインフラ整備が後回しになる懸念も出ています。

公共交通については、整備されたといっても、広い富山市の全体をカバーしているわけではありません。こちらも中山間地域を中心に公共交通の利便性は低く、自動車を利用しなければどこにも行けないエリアが残っています。また、自動車の利便性は定着しているため、公共交通の利用者が増えたと言っても、その割合は限られています。

2019年の市民意識調査(回答者4,102名)では、主な交通手段が「自動車」と答えた人が80%以上にのぼりました。また、公共交通を「ほとんど利用しない」と答えた人も44%と半数近くいることが明らかになっています。もちろん、富山市の側も短期間で成果が出るとは考えていません。自動車交通への依存度の低減や、居住推進地域への移住については、長い時間をかけて徐々に移行していく必要がありそうです。

参考:富山市の公共交通に関する市民意識調査について

脱炭素に向けた取り組みはどうか?

富山市のコンパクトなまちづくりは、同時に環境負荷の少ない脱炭素のまちづくりにも結びついています。脱炭素といえば、一般的にはエネルギー源を化石燃料から再生可能エネルギーに切り替えることと考えられがちですが、それだけは実現できません。無秩序に郊外に住宅が建てられ、多くの人が自動車を利用すれば、それだけCO2排出量も増えてしまいます。また人々がバラバラに住んでいれば、余分なエネルギーが大量に使用されてしまいます。市街地で効率的なエネルギー利用を実現するためには、人々がある程度集まって住むことがポイントになってくるのです。

富山市は2021年3月に「ゼロカーボンシティ宣言」を発表し、2050年に向けてCO2排出ゼロをめざすことになりました。それは社会の流れを受けて突然決まったことではなく、これまでCO2排出量を減らしエネルギー効率の良いまちづくりに挑んできた延長線上にある政策ということになります。

富山市のエネルギー消費状況は、ゆるやかには減少していますが、このままでは大きな転換ができるわけではありません。そこでゼロカーボンシティ宣言とともに策定された「富山市エネルギービジョン」では、再エネと省エネのさらなる推進、EV普及やカーシェアリング、民間のエネルギー事業者や金融機関など他の組織との積極的な連携などを掲げています。

再生可能エネルギーについては、富山市は大規模なダムがつくる水力発電所がある影響で、全国平均よりも導入率は高くなっています。電力消費量のうち、再生可能エネルギーの割合は41%(2021年現在)です。ただ、そのうち大規模水力発電の割合が90%と、それ以外の再エネ電源の割合がまだ少ないため、今後はその部分をどう増やしていけるかが課題となります。市の目標では電力消費量における再生可能エネルギーの比率を、2030年には47%、2050年には65%に増やしていこうと構想しています。

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水力発電も行う黒部ダム。黒部湖の一部は富山市に属している

人口減少と人口密度の減少、財政難、自動車依存とCO2排出量の増加など、同様の問題を抱える自治体は全国に数多くあります。そうした中で、数十年後の将来を見据えて総合的な対策を立てている富山市の先駆的な取り組みは、大いに参考になるのではないでしょうか。

参考:富山市ゼロカーボンシティ宣言
富山市エネルギービジョン

ライター:高橋 真樹 
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。サステナブルをテーマに国内外で取材、執筆を続ける。新刊『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)をはじめ、著書多数。

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