日本政府によるガソリン車販売禁止方針と、求められるEVシフト
2020年末、日本政府は2030年代にガソリン車の販売を禁止し、電動化をめざす方向性を打ち出しました。なぜガソリン車を禁止にするのでしょうか。日本の自動車メーカーに電気自動車(EV)へのシフトが求められる背景や、現在のEVの課題をどう捉えるべきかについても合わせてまとめました。
日本政府はどのような方針を掲げたのか?
日本政府の経済財政諮問会議のもとに設置されている成長戦略会議は、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を採択しました(2020年12月25日)。その中で、自動車については電動化の推進が強く打ち出され、「遅くとも2030年代半ばまでに、乗用車新車販売で電動車100%を実現できるよう、包括的な措置を講じる」とされました。また、「商用車についても2021年夏までに検討を進める」としました。
なお「電動車」の定義には、電気自動車(以下、EV)だけでなく、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)も含まれています。
(経済産業省:「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」PDFファイル、P28–29 )
この方針には、年限を定めていないことや、強制力を伴わないことなどから、あいまいな部分も残されています。しかし、脱炭素社会をめざし、ガソリン車の販売を将来的に廃止する方向性が示されたことは確かです。
方針を決めた背景にあるものは?
2050年に脱炭素社会を実現するためには、交通、運輸部門から発生する二酸化炭素(以下CO2)を大幅に削減することが欠かせません。運輸部門のCO2排出量は、日本全体の18.5%(2018年国交省)を占めています。中でも、もっとも多くのCO2を排出している自動車は、運輸部門の86.1%(日本全体の16.0%)となっています。旅客分野では、自動車は、バスや鉄道などの公共交通に比べ、輸送量あたりのCO2排出量が格段に多くなっています。そうした影響力の大きさもあり、自動車の規制が急がれています。
(環境省:運輸部門における二酸化炭素排出量−輸送量当たりの二酸化炭素排出量 旅客及び貨物をもとに作成)
EVシフトが日本の自動車メーカーに与える影響は?
電動化の方針は、日本の自動車メーカーにどのような影響を与えるのでしょうか?政府が定める「電動車」の定義は幅広く、先述したようにハイブリッド車なども含まれています。日本の各メーカーはハイブリッド車を量産してきたため、今後はハイブリッド車をさらに増やしていけば対応できるように思われるかもしれませんが、そう単純な問題ではありません。
国内外の自動車をめぐる環境は、激変しています。例えば、日本全国のガソリンスタンドは、ガソリン需要の変化や人手不足を理由に減少を続けてきました。ピークだった1994年度以降、25年で半減しています。EVシフトを機に新規のガソリン車販売が減れば、ガソリンスタンドのさらなる減少は避けられません。そうなれば、ガソリンを利用するハイブリッド車の利便性は低下し、相対的に家庭でも充電できるEVの利便性が向上していきます。
(資源エネルギー庁:揮発油販売業者数及び給油所数の推移(登録ベース))
そして、日本の自動車メーカーにとってもっとも大きな懸念は、欧米を中心にガソリン車廃止の動きが加速し、EVシフトが明確に打ち出されていることです。日本とは異なり、欧米ではハイブッリド車も禁止の対象となっています。
国際的に、日本の自動車メーカーはハイブリッド車で優位に立ってきましたが、EV開発には大きく遅れをとっています。例えばトヨタ自動車は、2021年に初めて北米市場にEVを投入する予定ですが、「消費者に多様な選択肢を用意したい」との立場から、ハイブリッド車という選択肢をなくすつもりはありません。
肝心なことは、日本の自動車メーカーの販売台数は、国内向けよりも海外向けが圧倒的に多いことです。販売台数では、特に北米に各社が30%前後を依存しています(SUBARUは70%以上)。大規模マーケットである米国、欧州、中国などでの規制が進めば、EV化は避けて通れません。対応の遅れは、日本の産業競争力の低下にもつながりかねません。
(東洋経済社online: トヨタさえも「崖っぷち」、新型コロナの衝撃度 記事内の「日系自動車メーカーの世界販売台数構成比」)
日本の物流業界でもEV導入が加速
脱炭素に向け、日本でも事業用EVを導入する企業が増えています。積極的な動きが見られるのは物流業界です。ヤマト運輸は、すでに2020年度にEV500台を導入済みです。また佐川急便は、2030年までに軽自動車7,200台を、太陽光発電パネル付きのEVに切り替える計画を打ち出しています。(時事通信社:物流業界、脱炭素にかじ 鉄道シフト、EV化)
日本郵政と日本郵便は、東京電力ホールディングスと提携し、郵便局集配用EVの急速充電器を地域の顧客や企業に開放したり、郵便局の使用電力を再生可能エネルギーに切り替えることなどを発表しています。21年秋から2カ所の郵便局で実証実験を行い、その後、全国約1,100の集配局に水平展開をしていく予定としています。(時事通信社:日本郵政と東電、脱炭素で提携 EV充電器、地域に開放)
EVの課題は解消されるのか?
現在のEVには、「価格が高い」、「1回の充電で走れる航続距離が短い」、「バッテリーの劣化が早い」、「充電スポットが少ない」といった種々の課題があるとされています。確かに、現時点で日本で販売されているEVには、そうした不便さがあります。しかし、EVの性能は飛躍的に進歩しており、普及とともに価格は低下し、航続距離やバッテリーの性能も加速度的に向上しているため、近い将来は問題にならなくなると予想されています。
最大の課題は、充電スポットの数と充電時間の長さです。そのあたりはメーカーの努力だけでなく、政府や自治体による支援策といった仕組みづくりが重要となってきます。なお、EVの充電は自宅でもできるため、屋根に設置した太陽光発電などと組み合わせれば、災害対策としても有効になります。
(産業技術総合研究所 安全科学研究部門主任研究員 櫻井啓一郎氏による解説記事)
EVシフトは世界で急速に進みつつあります。日本の政府やメーカーも注力し始めてはいますが、このままのペースでは欧米中などに遅れを取る可能性が高く、官民一体となってさらに積極的に推し進めていく必要があります。
ただ、単にガソリン車をEVに置き換えるだけで、電源が現在のように化石燃料が中心のままでは、交通分野からのCO2排出量を減らせても、日本全体の排出量削減には結びつきません。脱炭素を実現するためには、EVシフトと並行して、日本でも再生可能エネルギー電源を急速に増やしていくことが求められます。
ライター:高橋 真樹
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。サステナブルをテーマに国内外で取材、執筆を続ける。新刊『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)をはじめ、著書多数。
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