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大気浄化法ってどんな法律?全米の環境法をリードするカリフォルニア州

アメリカには、大気浄化法(Clean Air Act)という法律があります。大気汚染防止を目的として、折しもレイチェル・カーソンの『沈黙の春』が出版された翌年の1963年という、環境問題に関心が高まった時期に制定されました。

この法律によって、大気汚染に関わる規制が厳しくなったことで、アメリカ全体の大気は人口や自動車数の増加、経済発展を考慮しても77%クリーンになったとされています。

この大気浄化法は連邦法、つまり全米レベルで適用される法律です。しかし、こうした大気汚染を中心とした環境問題の議論をリードしてきたのは、カリフォルニア州でした。ブッシュ、オバマ、トランプ、そしてバイデンと4つの政権が移り変わる中、カリフォルニア州当局の環境政策に対する影響力は国政にまで及んでいます。水資源や山火事、化石燃料の掘削と並んで、温室効果ガスの排出規制に関わるなど、全米の環境規制を牽引していると言えるでしょう。

こうした動向は日本とも無関係ではありません。菅首相が「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する」という指針を示した根拠のひとつともなっています。また、政府が推進する「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けた「グリーン成長戦略」の一環として、2035年以降はガソリンエンジンやディーゼルエンジンのみの車両の販売を禁止すると発表されました。この2035年という数字は、カリフォルニア州で提起された同様の施策と同じ年です。

では、大気浄化法とはどのような法律であり、なぜこの法律をめぐって、カリフォルニア州が重要な立場にあるのでしょうか。

大気浄化法とはどのような法律なのか

大気浄化法は産業化に伴う公害、特に大気汚染の問題から成立しました。

アメリカではもともと、大気汚染は都市や州ごとの問題とされてきました。1955年に大気汚染防止法(Air Pollution Control Act)が制定されたことで、ようやく国の問題として認識されました。ただし、大気汚染防止法はあくまでも全国的な問題としての提起にとどまり、実際の規制は州や地方レベルに委ねられていました

大気浄化法は、大気汚染の「規制管理」にまつわる全米初の法律として、1963年12月に制定されました。その後、1970年、1977年、1990年と改正される中で、具体的な規制の基準を定め、対象となる問題の射程を広げていきました。こうした改正を経て、大気浄化法はアメリカでもっとも影響力があり、また世界的に見ても包括的な環境法となっていきました。

では、大気浄化法が問題としている大気汚染とは、具体的に何を指しているのでしょうか。

大気浄化法の争点はどこにあるのか

大気浄化法がカバーする範囲は、大気汚染の防止やオゾン層の保護、騒音公害や酸性雨対策などにも及んでいます。有害汚染物質のリストアップや発電所や化学プラントなどへの規制や排出基準を定め、環境保護に向けた取り組みの法的根拠として機能しています。

特に近年、注目を集めているのは自動車の排出ガス規制における本法の重要性です。

大気浄化法が制定された当初、自動車や飛行機、機関車などの乗り物には規制がありませんでした。1965年に大気浄化法の一部を改正する形で成立した国家排出基準法(National Emissions Standards Act)や、初めて具体的な排出基準を設定した1970年の改正法(通称マスキー法)によって、全米での排ガス規制が始まりました。

こうした規制により、大気浄化法に基づく自動車メーカーへの訴訟・制裁がこれまでいくつもおこなわれてきました。例えば、1998年にはホンダが排ガス制御システムを無効化した車両の販売で、2014年には韓国のヒュンダイと起亜自動車が燃費偽装で制裁されています。また2014年以降、アメリカとEUで、数多くの自動車メーカーが排出量規制のテストを誤魔化していたスキャンダルで、端緒となったフォルクスワーゲンは、大気浄化法違反を理由に制裁を受けました

一連の訴訟・制裁を見ていくと、原告側に、連邦当局に加えてカリフォルニア州当局の名前があるのが見て取れます。冒頭にも書いたように、こうした大気汚染に関わる環境規制について、大気浄化法制定前後から議論をリードしてきたのはカリフォルニア州でした。

では、カリフォルニア州はなぜアメリカの環境規制において重要なのでしょうか。

全米の環境規制におけるカリフォルニア州の重要性

カリフォルニア州が重要な理由は、大気汚染の防止施策や規制基準の設定を、国に先駆けておこなったからです。

大気汚染に対する規制の動きは、第二次世界大戦時から始まりました。1943年7月26日、ロサンゼルスで「日本人が化学攻撃を仕掛けていると信じる」ほどのスモッグが確認され、健康被害を訴える人が続出しました。これをきっかけに市民運動が起こり、1947年にロサンゼルス郡で全米初の大気汚染防止地区法が定められました。やがて、こうした動きはカリフォルニア州全体へと広がっていき、1966年には国内で初めて州独自の排ガス規制を設定しました。また1967年には、当時カリフォルニア州知事だったロナルド・レーガンが大気資源局(CARB)を設立するなど、州独自の取り組みが進められました。

大気浄化法そのものにも、カリフォルニア州の取組みは参照されています。1977年の大気浄化法の修正には、1974年にロサンゼルスで初めて適用されたオフセット取引ポリシーも含まれてます。つまり、炭素排出量の取引を認めるにあたって、カリフォルニア州の事例とポリシーが全米での基準となったのです。

カリフォルニア州は、オバマ政権下の2013年に大気浄化法第203条を適用し、連邦の排ガス規制適用を除外を認められることで、連邦レベルよりも厳しい規制を定めています。この州独自の規制をふまえ、カリフォルニア州はフォード、ホンダ、BMW、フォルクスワーゲン、ボルボという大手自動車メーカー5社と、燃費基準について合意を結んできました。トランプ政権下でこの合意を無効化する働きかけがなされたものの、メーカー各社はこれに反発し、さらに他の13州もカリフォルニアの燃費基準に追従する協定を結びました

その後、バイデン政権発足によって、オバマ政権時代の燃費基準が回復したことで、アメリカでは脱炭素化に向けた電気自動車へのシフトや、ガソリン車の終売期限の設定を促す動きが起こっています。冒頭でも紹介したように、日本政府も同様の動きを見せています。こうした世界的な潮流の背後には、大気浄化法にまつわる一連の歴史があり、また大気浄化法の制定にはカリフォルニア州のように、国全体に先駆けた州による環境規制があるのです。

ライター:徳安慧一
早稲田大学文学部卒業後、一橋大学大学院にて修士号(社会学)取得。現在、同大学院博士後期課程に在籍中。専門は社会調査・ジェンダー研究。

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