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「脱炭素」があぶり出す日本企業の経営課題~人的資本投資の重要性~ Members+対談#02【前編】

「経営x脱炭素」に関するトピックについて、有識者とメンバーズ専務執行役員である西澤が意見を交わし合うシリーズ企画。#02は京都大学大学院の諸富 徹 教授と、日本企業の今とこれからについて語り合いました。その様子を#02前編と#02後編の2回にわたってお届けします。
世界各国が再エネの生産などに積極的な中、脱炭素の取り組みが今一つスローペースな感のある日本。その理由は、企業経営の在り方とも深い関係がありそうです。繁栄する企業と衰退する企業の違いを手がかりに、意見が交わされました。

≪ 語る人 ≫ ※文中敬称略
● 諸富 徹氏(京都大学大学院 経済学研究科 教授)
メンバーズの脱炭素DX推進領域アドバイザー、環境経済学の専門家。
特に環境税、排出量取引制度など気候変動政策の経済的手段(カーボンプライシング)の分析やグローバル経済/デジタル経済下の税制改革といったテーマに取り組まれている。直近では、「資本主義が脱炭素化/デジタル化に向けて変容していく中で、市場と国家はどうあるべきか」を問う研究にも従事される。
● 西澤直樹(株式会社メンバーズ 専務執行役員/EMCカンパニー社長)
2006年に新卒入社。2013年に最年少部門長として現在のEMCに繋がる成果型チーム運営の基盤を作り、2017年にメンバーズ初のCSV事例を創出し執行役員へ。2020年から現職。脱炭素xDXの両立をテーマに、脱炭素時代の新しいソーシャルバリューを生み出すことにチャレンジ中。

繁栄する企業、そうでない企業の違い

西澤:「衰退の法則~日本企業を蝕むサイレントキラーの正体~」(東洋経済新報社/2017年刊)という本をご存知ですか? 著者は小城武彦さん。いわゆるプロ経営者です。
本書によると、繁栄企業と衰退企業は、意外なことに共通点が多いのです。そこから両者の違う点を見つめることで、繫栄企業と衰退企業の特徴を体系的に理解できる内容になっています。
なおかつ、オーナー企業と非オーナー企業――今の日本企業の多くに見られるような2代目、3代目経営者による、いわばサラリーマン企業とを分けて考察し、両者それぞれの繁栄と衰退の法則のようなものを、客観的なデータも用いながら導き出しているのです。

諸富:面白そうですね。西澤さんが、その本から1番強く受け取られたメッセージはどんなことでしたか?

西澤:オーナー企業は事後調整が強く、サラリーマン企業は事前調整が強い、というくだりは印象に残りました。

オーナー企業では、オーナーの鶴の一声で物事が決まり、それに対して調整を行っていくのが特徴。一方のサラリーマン企業は、事前に根回しをした上で、経営会議では「これでいいよね」というように合意形成をはかっていく。
ただ、その違い自体が、企業の繁栄や衰退に結びついているという論旨ではありません。ポイントは、互いの管掌領域に対して自由に意見を出し合えるような経営会議の熱量に代表される、個々の従業員の当事者意識が繁栄企業にはある、ということです。

これは当社、メンバーズにも当てはまる話です。たとえば受託系のデジタルマーケティング・ビジネス、派遣型ビジネス、エンジニア中心のビジネスなど、組織の中で管掌領域が分かれていますが、自分自身の領域以外は、細かい点まではわからないというのが正直なところです。
そういうわけで、担当部門が白だといえば、そうでない者は「あぁ白なのか」と受け入れることになり議論に発展することもない、といったことが少なからずあるのです。本書によると、それは衰退の法則に当てはまるらしいのですが(笑)。事前にわからなくても、自分がその立場になった時に熱量を持って発言できる。そういう会議ができるように、変えていこうとしている最中です。

諸富:どんな企業にとっても、課題に感じている部分ではないでしょうか。

西澤:事前根回し型の組織の在り方が、この不確実性が高い現代社会において、日本企業そのもののスピード感を削いでいる、と本書は分析しています。確かに、と共感しながら読んでいました。

わかってはいるが、できない理由

諸富:脱炭素に対応できない多くの企業の悩みも、そこにあるように思います。おそらく、「変わらなきゃいけない」とわかってはいるのです。しかし、ロードマップで意思決定をして経営の道筋を固めていく内に、自分たちのセクションの存亡に関わるという話になってくると、変革に対してやっぱり「YES」とは言えないという意見が、現場から上がってくるのではないでしょうか。

日本の多くの企業で、良い意味でのポジティブなリストラが進められてこなかったことなども、そうしたことが一つの理由でしょう。
たとえば製鉄企業。コストでは中国に軍配が上がるという構図の中で、長年にわたり、商品の質では勝っているとされてきたのです。ところが質に関しても、中国に追いつかれつつあります。そのために、日本の製鉄メーカーの高炉は全部稼働ができなくなってきています。いわば生産能力が過剰な状態です。
しかしそれを整理する上では、非常に大きな軋轢が社内に生じることになります。さらに地域社会にも大きなインパクトを及ぼします。そうした中で、課題の解決を決断できず先送りにする、ということが続いてきました。

石油の元売り企業なども同様の状況に直面しています。脱炭素の観点からいえば、製鉄メーカーは高炉を整理統合するという目標がありつつ、それが迅速に実行できないために、過剰生産能力を抱えている状況が続いているわけです。そうすると、高炉はアイドリング運転をしている状態になりますから、維持管理コストはかかります。また労働者の人件費も必要ですから、お金はどんどん出ていくわけです。本来は、そこに張り付いている労働者を、もっと生産性の高い適切なところに配置転換することも可能なはずなのですが、それができず、決断を先送りしているうちに企業体力が奪われ続ける、ということの繰り返しだったのです。
それでも日本製鉄は少し変わってきたと感じています。現社長が就任してから、幾つかの高炉を閉めるなどのシビアな決断を下しています。戦艦大和の大砲を製造したという、伝統ある広島県呉市の高炉を含めてです。

不透明な時代こそ挑戦の機会

西澤:たとえば、当社のお取引先さまには世の中で注目され始めたころの「ソーシャルメディア」や、最近では「脱炭素」といった新しいテーマに早くから共感、賛同していただいて、パートナーとしてご一緒している企業があるのですが、部長・課長職の方が、そうしたことにある程度自由に挑戦できるような、企業のカルチャーを持っているように思います。ご自身の興味・関心や目標のベクトルと、変革していこうとする企業のベクトルが一致しているからこそ、不確実性の高い対象も「面白い」と感じ、チャレンジできるのだろうと思いました。

諸富:そうした企業に対して、事前調整でガチガチに固めていく組織というのは、そもそも部長・課長レベルの職責がリスクを冒すことを、あまり許されていないんじゃないかと思います。そうすると部長・課長職は新しいことやリスクをあらかじめ封じていくマインドで仕事に当たりますので、経営陣には下から変革拒否の突き上げとなって現れてきます。しかも原案が現状維持でガチガチに固められているので、トップも反論できる材料が自分自身にない限り、何でも承認するしかない、というイメージでしょうか。それでは、企業はコンサバティブにならざるを得ません。

西澤:儲かっている時期や、確実に行動プロセスを踏めば成長できた時代においては、そうした在り方が有効だったのだと思います。けれども今は一寸先が闇の時代なので、個人の工夫や、他者・他社との共創がないと、新しいものが生まれづらいところがあるのです。
ここ10年、20年の日本企業は制約ができるばかりで、想像力とか勇気が育ちにくい環境になってきている印象があります。世の中の複雑性が増しているからこそ、想像力が必要なのですが……。

諸富:トップが方向性を示せないから、下もリスクを取れないという面はあるのでしょう。それと同時に、部長・課長職レイヤーが、トップ以上にリスクを回避していることも課題だと思います。

その理由の一つは、企業の中における許容度の範囲。もう一つは、その層が世界の新しい現実に日々向き合っているのか、ということだと思っています。なぜ日本企業は、常に世界で起きていることのリアルタイムでの認知が遅れるのでしょうか。

たとえば、再生可能エネルギーが台頭してきた経緯を振り返ってみても、日本は再エネの台頭が明らかになった時点でもそれを過小評価し、原発と石炭火力に頼る現状を変えようとしてこなかったことは明らかです。日本にとって、再エネは今なお、不安定でコストも高く「頼りない電源」という認識です。しかしそれは一時代前の話なのに、再エネなどには頼れないという前提のまま、認識が固まってしまっています。
それに対して、世界ではどんどん技術が進み、コストが下がり、膨大な投資がそこへ投じられ、電力に占める再エネ比率は急速に上昇しています。世界のエネルギー情勢は、すでに大変革しているのです。

ところが再エネに関しては、日本にも挑戦の実績はあるのです。古くは「サンシャイン計画」。1973 年に起きた石油ショック(※1)を機に始まった、先見性のある国家プロジェクトでした。シャープやサンヨー、京セラなどが参画して太陽光発電の商品化に世界でいち早く成功、2010年あたりまでは世界市場でのマーケットシェアも非常に大きかったのです。しかしその後、中韓勢に抜かれて頓挫しています。高い技術力と商品力にもかかわらず、非常に残念です。

風力発電のプロジェクトも存在していましたが、現在の日本に風車を製造できる企業はゼロです。これから、という時に、日本企業は全滅状態というわけです。

脱炭素の遅れを招いた内向き体質

諸富:こうした社会の変化に対して、日本はなぜここまで反応が遅いのでしょうか。日本にはたしかに、言語の問題で不利な面があります。英語で世界の情報にアクセスしなければならないので、どうしても言葉の壁で情報遮断が起きてしまう。ミドル層がきちんと教育訓練を受けていれば、様々な英語メディアから世界の情勢を認識することもできたでしょう。しかしそれが難しいので、日本の新聞やニュースを介するため、情報入手が間接的になり、鈍感になってしまう。日本のメディアのフィルターによって、情報が遮断されてしまうのですね。

だから英語の心得がある一部の人たちが、講演やシンポジウムを担当したりはするのですが、その声は会社の組織内には浸透しない。「一部の跳ね上がった人が言っている」という認識だから、意思決定の中から排除してしまうのです。そうこうしているうちに、気がついたら世界から取り残されている。そういうことを繰り返しているんです。

西澤:現在は日本語でも、リアルタイムに世界の情報が得やすくなった時代です。英語の問題は確かにあるかもしれませんが、そもそも、情報を収集しようという意識が、かなり欠如している気がします。
特に規模が大きい企業では、会社を満足させられているから昇進しているわけですから、考え方が内向きになりますよね。上司の関心があること、上司に評価されることに取り組む、という発想になっていくのでしょう。独自に何かを調べたり、本当にエンドユーザーのことを考えて何かに取り組む、といったことをしづらい環境やカルチャーがあるのだろうと思いますね。

いってみれば、その会社でしか使えない「官僚」を生み出しやすい構造になっているのだと思います。調整役としての機能が求められるが故に、スペシャリティーを持つ専門家というのが評価されづらい環境といいますか。たとえばクリエイターなら、その価値やキャリアが大企業の中に留まってしまい、柔軟な発想力のある人材よりも、調整役やオーナーに気に入られる人の方が評価される、という構図です。

諸富:ずっと言われてきたことですが、本当にその通りだと思います。 

#02 後編では、脱炭素が日本企業に突き付けている課題について考えます。

文責:岡 小百合

※1 経済産業省 資源エネルギー庁【日本のエネルギー、150年の歴史④】2度のオイルショックを経て、エネルギー政策の見直しが進む

※取材内容および所属・肩書等は2022年6月収録当時のものです

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