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カーボンプライシングについて企業が知っておくべきこと:カリフォルニア州を例に

脱炭素化に向けた取り組みとしての「カーボンプライシング(炭素の価格付け)」が、日本でも本格的に議論され始めました。カーボンプライシングとは、排出した炭素量に応じて、企業や家庭に金銭的なコストを負担させる仕組みを指します。

日本政府が2020年12月に公開した、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」でも、2050年の脱炭素社会実現に向けた具体的な規制改革・標準化の施策として、カーボンプライシングが取り上げられています。

カーボンプライシングに関する主な制度として、炭素税と排出権取引制度があります。日本でも温対税の運用や炭素税の導入、東京都埼玉県といった自治体やJ-クレジット制度を利用した排出権取引がおこなわれています。

しかし、排出権取引制度に関しては仕組みの利用が進んでおらず、政府は新市場を創設することで企業の参加を促し、さらなる脱炭素化を目指しています

本記事では、カリフォルニア州の排出権取引制度を例に、どうすればカーボンプライシングが脱炭素化に向けて有効に活用できるか、そしてカーボンプライシングの問題点は何かを考えていきましょう。

カリフォルニア州の排出権取引制度

カリフォルニア州では、2013年から経済全体を対象とした排出権取引制度(キャップ・アンド・トレード制度)を導入し、州全体で排出できる二酸化炭素排出量の85%を占める排出源について、上限を設けています。具体的には、年間2万5,000トン以上の二酸化炭素を排出する発電事業者および大規模産業施設約450社を対象にスタートしており、輸送用燃料や天然ガス、その他の燃料の販売業者などにもその対象を広げていきました。

二酸化炭素排出量の削減目標も具体的に設定されています。2013年に2012年の予想排出量を約2%下回る水準で設定され、2014年には前年比約2%の減少、そして2015年から2020年までで毎年約3%ずつの減少が図られてきました。

企業は、その制限の範囲内で一定量の炭素を生産することができるクレジット(排出枠)を購入することができます。このクレジットはオークション形式で、企業間で取引することができます。

また政府は、クレジットのオークションで得た資金を、排出量のさらなる削減や気候変動の影響を緩和するためのプロジェクトに使用しています。この資金はこれまでに140億ドルにのぼり、州の歳入に貢献していることから制度的な有効性が証明されています。

また、排出する側は排出量に見合った温室効果ガス(GHG)の削減活動に投資することなどにより、事業の運営上どうしても排出されるGHGを埋め合わせることができます。具体的には、森林保護プロジェクトなどのオフセットを購入して、必要な排出削減量の一部に充てることもできます。こうした排出量の埋め合わせは、カーボン・オフセットという発想に基づいておこなわれています。

こうした排出量取引制度の運用を受けて、企業側も脱炭素化について加速する動きを見せています。例えば、カリフォルニア州の大手デベロッパーでは、二酸化炭素排出量ゼロのコミュニティの創出を目指す宅地開発を進めるなど、企業側の取り組みを刺激する側面もあります。

投資市場としての魅力

また排出量取引制度は、投資家から国際的な注目も集めています

世界最大かつ最も取引量の多い炭素市場は、欧州連合の排出権取引制度に基づくものです。ヨーロッパとアメリカの排出量取引を主催するインターコンチネンタル取引所によると、ヨーロッパと北米の両方の炭素市場を取引する参加者の数は2017年から2020年にかけて85%増加しました。

また今年5月に入ってから、ヨーロッパにおける排出量取引制度による炭素排出枠価格は、初めて50ユーロを突破して史上最高値をつけるなど、高騰を続けています。国際的に進んでいる地球温暖化対策や、投資家からの需要拡大が背景にあり、今後も市場が成長すると見られています。

排出権取引制度の課題とカリフォルニア州の対応

ここまで見てきたように、カリフォルニア州の排出権取引制度とそれに基づく炭素市場は、二酸化炭素排出量の減少にも役立つだけでなく、政府・企業・投資家とさまざまなアクターにとって利益をもたらしています。

しかし、同制度は肯定的な評価を受ける一方で、さまざまな批判を浴びてもいます。以下ではカリフォルニア州の排出権取引制度が抱える課題とその対応策を見検討していきましょう。

①気象リスク

まず、カリフォルニア州が抱える気象リスクが、間接的に排出量取引制度の障害となる点が挙げられます。

2020年8月から9月にかけて、カリフォルニアやオレゴン、ワシントンなどで大規模な山火事が発生しました。約2万平方km近くが焼失し、米西海岸の関係者からは原因として地球温暖化を懸念する声があがるなど、気候変動の影響が指摘されています。

排出権取引制度による森林保護などのオフセットは、山火事への対応にも利用されています。しかし、こうした気候災害に対するリソースはなおも不十分であり、地域での対応には限界があるとの指摘もあります。

加えて、排出権取引制度が根本的な対策になっていない点も問題となっています。乾燥気候は干ばつも招いており、水力発電量を減少させています。この結果、天然ガス火力発電への依存度上昇を余儀なくされ、天然ガス価格も上昇するため、カーボンニュートラルに向けた目標達成も難しくなっていきます

2021年5月末時点で、水力発電はカリフォルニア州で生産された電力の7%に過ぎない一方、天然ガスによる火力発電は 46%を占めています。太陽光 (23%)、風力 (14%)、原子力 (9%) と、カリフォルニア州では二酸化炭素排出量が少ない発電方法が比較的多くの割合を占めているとはいえ、火力発電の影響は二酸化炭素排出量、コスト面ともに無視できません。

二酸化炭素排出という面では山火事の影響も深刻ですが、排出量取引制度に影響を与えるのは火災気象とも呼ばれる、高温・低湿度・低降雨量といった乾燥した気候です。こうした気象リスクは、排出量取引制度で得られた経済的リソースを消費させるだけでなく、発電をめぐるカーボンニュートラルの目標達成を困難にする点で、気候変動に対するより抜本的な対策の必要性を浮き彫りにしています。

②低所得層コミュニティへの影響

次に、排出権取引制度のようなカーボンプライシングの導入が生活コストを上昇させ、低所得層コミュニティの生活を圧迫するという批判です。

地球温暖化で低所得層コミュニティに不均衡な悪影響が及んでいます。スタンフォード大学地球システム科学科のマーシャル・バーク准教授は、低所得層コミュニティが気候変動によってより大きな被害を受けることが多いと指摘しています。具体的には、熱波用のエアコンや山火事の煙用のエアフィルターなどの購入が難しい点や、医療サービスへのアクセスが難しく、気候変動がもたらす健康リスクにさらされている点を挙げています。

こうした状況下で、排出権取引制度のようなカーボンプライシングの導入により、これらのコミュニティでの生活費も不釣り合いに高くなります。化石燃料の価格があがれば、家の暖房や輸送などの炭素集約型の商品やサービスの価格が引き上げっていきます。低所得世帯では、家計の大半が暖房、輸送、その他の炭素集約度の高い商品やサービスに費やされ、裕福な世帯よりも生活費へのダメージが高くなります。低所得世帯に不当な負担を課すことになるというこの点は、炭素価格設定に反対する人々によって強調されてきました。

③規制の甘さへの批判

3つ目の課題は、排出量取引制度の規制の甘さに対する進歩主義的な立場からの批判です。

現在、アメリカではクリーンエネルギーへの移行や気候変動への対策は全国的な課題となっています。しかし、こうした政治的機運の中にあっても、排出量取引制度を含むカーボンプライシングは議論が紛糾しています

紛糾した議論の中、特にカリフォルニア州の排出権取引制度に関わるのは、進歩主義者による「同州の制度の規制は甘く、ほとんど効果がない」という批判です。

カリフォルニア州のプログラムではクレジットを安価にため込むことができるため、将来的に高い排出量を許すことになると批判されています。また、排出権の取引やオフセットの購入が可能なため、大規模な排出をおこなう事業者は、周辺地域の排出量を削減することなく、他の場所で「削減」を達成できてしまうと指摘されています。

実際、クレジットの購入が逆効果となっているとする調査もあります。ProPublicaの調査によると、カリフォルニア州の排出権取引制度に基づいて、森林プロジェクトに対して何百万もの「ゴースト・クレジット」(特別排出枠)が発行された結果、二酸化炭素の排出量を増加させていました。

④各課題へのカリフォルニア州の対応

では、上記の課題に対し、カリフォルニア州ではどのように対応しているのでしょうか。

まず、低所得層コミュニティへの影響については、政策的に回避しうるという見方があります。スタンフォード大学の環境エネルギー政策分析センター所長であるローレンス・グールダーによると、最近の調査ではすべての影響を考慮すれば、低所得世帯が過度に影響を受けることはないことが示されています。 また、カーボンプライシングは、それがもたらす収入が低所得層コミュニティの利益をもたらすよう設計することも重要だとしています。

また、クレジット価格の規制に関して、カリフォルニア州の排出権取引制度では上限が設定されており、また価格が低すぎる場合には規制当局がクレジットの一部を取り消すことができる仕組みとなっています。

さらに、同制度では地域の大気質を監視・規制するための独立したプログラムが設けられており、汚染が深刻化している地域に焦点化しています。

カーボンプライシング導入に向けて

ここまで、カリフォルニア州の排出権取引制度の概況とそのメリット、そして課題と批判を見てきました。カーボンプライシングの導入には脱炭素化に向けた効果と、関係する諸アクターへのさまざまなメリットがあることが明らかとなった一方、制度運用にはいくつかの大きな課題を抱えていました。

カリフォルニア州の排出権取引制度への批判を見ると、その多くは「排出者は変わらず二酸化炭素の排出を続け、問題から逃れる方法を買うことができるのかという点に帰着する」と指摘されています。同州では、低所得層コミュニティへの配慮やクレジット価格の規制、地域の大気質の監視・規制を図るなどして対応を進めています。

こうした批判を乗り越え、カーボンプライシングを導入・推進していくためには、気候変動の影響を受けやすい層に配慮した制度設計や、企業側への排出量規制がフェアな形で運用されることが求められると言えるでしょう。こうした制度設計・運用がなされることで、脱炭素化に向けた歩みを進めることができると考えられます。

ライター:徳安 慧一
早稲田大学文学部卒業後、一橋大学大学院にて修士号(社会学)取得。現在、同大学院博士後期課程に在籍中。専門は社会調査・ジェンダー研究。

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