脱炭素と循環型のまちづくり−日本初のエコタウンから学べること
私たちが過ごす家や建築物が冬も夏も快適に過ごせるかどうかということは、実は脱炭素とも深く結びついています。以前の記事『どうする「住まいの脱炭素化」!これからの住宅・建築物に求められる性能とは?』では、脱炭素を進めるためにも、住宅を含めた建物の性能を高めることが大切、ということをお伝えしました。
記事からもわかるように、日本の住宅の性能を世界の他の先進国と比較すると、残念ながらとても遅れています。冬寒く、夏は暑く、そしてエネルギーをたくさん消費するというものです。それでも、一部地域では先駆的な取り組みが始まっています。
その中から今回は、高性能なエコハウスが並ぶ、未来を先取りしたような住宅地を紹介します。
日本初のエコタウンは「循環型」
エコハウスとは、しっかりと断熱がされていて、冬も夏もわずかなエネルギーで適温を維持できる住宅を指します。これまではエコハウスをつくるにはコストが高くなり、たくさん建てるとなると、施主の予算もあって簡単ではないと思われてきました。
ところが岩手県紫波町には、エコハウスが50棟以上連なるエリアがあります。しかも、大手ハウスメーカーが大量生産したものではなく、地元の工務店が一棟ずつ注文を受けて建てた家々を、比較的リーズナブルな価格で実現しました。このエコタウンは、従来のエコハウスの常識を覆すものとなっています。
断熱性能の高い住宅地が並ぶ、紫波町オガール地区のエコタウン
エコタウンがあるのは、岩手県紫波町のオガール地区です。町有地であるオガール地区は、JR紫波中央駅に隣接する便利な場所です。しかし、かつて計画された開発が予算不足などにより中止となり、除雪する際の雪捨て場となっていました。転機となったのは、2009年から自治体と民間が協力し合う「公民連携」という新しい仕組みで、補助金に依存せず再開発を始めたことでした。
そして、すべての事業棟が整備された2017年ごろには、町の新しい中心地としてすっかり人気エリアに生まれ変わります。なお、「オガール」という名称は、「成長する」という意味の方言「おがる」と、フランス語で駅を意味する「Gare(ガール)」を組み合わせた造語です。
オガール地区には、エコハウスが連なる住宅地のほか、歩いて回れるエリアに広場や図書館、産直市場、さらにおしゃれな飲食店などが連なり、人で賑わっています。また、新設された町役場や保育園、クリニックなどもあり、子育て世帯や高齢者にもストレスがありません。
いつも人が賑わうイベントが開催されている
オガール地区のコンセプトは、「循環型のまちづくり」です。使われるお金や資源、エネルギーなどを、できるだけ町内で循環できるよう工夫されています。また、それらを担う会社、家を建てる工務店やエネルギー事業者なども、地域の事業者を選んだり、新たにつくったりすることで、地元の産業を育てようという狙いがありました。
例えば、建築物には地元産の木材がふんだんに使用されています。また、地中にパイプを埋め、熱供給を行うシステムを導入しています。地域の木材を細かくチップ状にしたものを燃やし、その熱を利用して温水や冷水を作り、パイプを通して循環させて、冷暖房の熱として利用する仕組みです。これを「地域熱供給システム」と呼びます。これにより、地域の外から燃料を買う必要がなくなり、地元産の木材で冷暖房ができるようになりました。
チップを燃やし、冷暖房を供給するエネルギーステーション
地元産の木がふんだんに使われた町役場も、省エネ性能が高く冷暖房は「地域熱供給システム」でまかなわれている
これは、地域資源の活用やお金を内部で循環させるというだけでなく、石油やガスのエネルギーコストが急に値上がりしても、地域の木材が原料なので、安定した価格でエネルギー供給を受けることができるというメリットもあります。
冬の東北なのに室内では裸足
エコタウンのエリアには、高気密高断熱のエコハウスが55棟並んでいます。この土地は、町が住宅建築の際に条件を付けて個人に販売したものです。条件とは、建てる業者を町が指定した地元の工務店の中から選ぶことや、地元の木材を80%以上の割合で使うこと、そして高気密高断熱のエコハウス仕様で建てることなどでした。
高性能にすることで、初期投資は一般の住宅に比べてやや上がりますが、光熱費などのランニングコストが大幅に下がるため、長期的にはむしろ断熱を重視した住宅の方が、経済的にもプラスになります。なお、オガール地区のエコハウスの断熱性能の基準は、現在の日本の基準(省エネ基準)のおよそ倍の性能があります。国際的にも見劣りしないレベルとなっています。
一見するとわからないが、いずれも真冬でも寒くないエコハウスの仕様になっている
実際にエコハウスに暮らすご家庭の話を伺った際も、外気温がマイナス10度を超えても室内は寒くないだけでなく、温度ムラがないので子どもたちは一年を通じて裸足で過ごすなど、驚くほど快適な暮らしをされていました。さらに必要とするエネルギーも少ないので、光熱費も安く済んでいるとのことでした。省エネと快適性の両立を実現しています。
また、エコタウンでも地域熱供給による暖房と給湯システムを使用することができます。現在は約8割の家庭がこのシステムを利用しているとのことです。エコタウンでも、資源(木材)やエネルギー(省エネ、暖房)、雇用(工務店)といったものを、できるだけ地域で調達するというコンセプトが徹底されています。
エネルギーステーションから各家庭や公共施設に温水を送るパイプ
大工さんの常識も覆した家
55棟のエコハウスを建てたのは、複数の地元の工務店です。しかし、高性能のエコハウスを建てることのできる工務店が、最初から紫波町にあったわけではありません。町役場の呼びかけを受けて名乗りを上げた工務店は、これを機会にこれからの時代に合わせた住宅建設を手掛けようと熱心に講習会に参加し、試行錯誤しながら建てていきました。
当初は、「ここまで高性能にする必要があるのか?」という疑問が、現場の大工さんたちからも出たと言います。例えば、エコタウンに建つ住宅の窓の多くは、ガラスが3枚入ったトリプルガラスと呼ばれるものです。また、サッシもアルミではなく樹脂が使用されています。こうした高性能な窓は、ここで住宅建設が始まった2014年当時はまったく使われていませんでした。それどころか、樹脂サッシのペアガラス(ガラス2枚)の窓でさえ一般的ではありませんでした。
いままでの住宅業界の常識では考えられないスペックの家を、しかもそれほど価格を上げずに、経験の少ない地域の工務店が建てる、というのは大きなチャレンジになりました。しかし、実際に工事が進むにつれて、冬でもわずかな熱で室温を維持する性能を誰もが体感できるようになります。次第に大工さんたちの間でも、その性能が話題になっていきました。
建物の多くでは、トリプルガラスと樹脂サッシの高性能な窓を使用
住宅地は2018年には完売となりました。魅力的な立地はもちろん、高性能で快適な住まい、そして経済的にもランニングコストが安く済むといった理由から、実際にエコタウンに住まわれている方の評判は上々です。オガール地区では他にも、新設された町役場や保育園などの公共施設がエコハウス仕様できちんと断熱されて建てられました。そのため、役場利用者や子どもたちも冬でも快適な環境で過ごすことができます。また、町の光熱費も大幅に削減することができています。
オガール地区の建物の建設は終了しましたが、紫波町の担当部署では、今後新たに建てる公共施設や宅地の分譲などでも、ここで得た知見を活かして断熱を重視していきたいと構想しています。
脱炭素をめざすお手本に
日本で初めての本格的なエコタウンをつくることになったこのプロジェクトで、建築物の設計や工務店への講習を手がけてきた建築士の竹内 昌義さんは、紫波町でやったことを全国で真似して広げてほしいと言います。
「いま国や自治体が脱炭素に向かっています。そうであれば、このようなエコタウンをどんどん広げればいい。高性能住宅をエリアで建てて、さらに太陽光発電も載せて、エネルギーを自給できる仕組みをつくればいいんです。これで家庭で消費されるエネルギーの、3分の1から2分の1を減らすことができます。しかも大手事業者に一括で開発させるのではなく、紫波町のように地元の工務店がやれるようにすれば、地域内の経済循環もできる。やらない理由はありません。役所が動かなければ、地方の工務店がまとまって町に要望を出すなど、やりようはいろいろあるはずです」。
竹内さんは、既存住宅をDIYで断熱リノベーションする方法も広めている
竹内さんは、少なくとも各都道府県に1つくらいはエコタウンがあって当たり前の社会にするべきだと考えています。冒頭で紹介したように、これまでエコハウスは「コストが高い」「そこまでのレベルは必要ない」と言われてきました。しかし、冬寒く夏暑い日本でこそ、これくらいのレベルの家が必要とされています。
オガール地区のプロジェクトが画期的だったのは、普通の地域の工務店が今ある技術を使って、高性能な住宅を比較的安価に建てられることを実証したことです。しかも、補助金に依存していません。
先を見据えた循環型のまちづくり、地域産業の振興、自治体と民間の協力関係など、このエコタウンは、日本で脱炭素をめざす町がお手本にすべき点がいくつもあるはずです。
※オガールの話も含めた竹内 昌義さんのインタビュー記事はこちら(高橋 真樹執筆)
※オガールプロジェクト全体についてはこちら
ライター:高橋 真樹
ノンフィクションライター。サステナブルをテーマに国内外で取材、執筆。著書に『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)、『こども気候変動アクション30』(かもがわ出版)ほか多数。
高橋 真樹によるこちらの記事も合わせてご覧ください。