脱炭素しない企業は投資価値がない?ダイベストメントの話
投資判断を下す際、「ESG(環境・社会・ガバナンス)」や「SDGs(持続可能な開発目標)」に基づく企業の分析が世界的に重視されるようになりつつあります。
環境に関わる企業分析が重視されるようになった理由として、利益追求型の企業活動が持続的な成長を見込めないことや、機関投資家が環境への取り組みを評価するようになったことが挙げられます。
こうした企業分析に基づく投資判断の中で、持ち株や債券を手放したり、他社への融資を停止するなど、投資している金融資産を引き揚げる「ダイベストメント(Divestment)」の動きが注目されています。
では、具体的にどのようなダイベストメントの取り組みがあるのでしょうか。この記事では国内外のさまざまな企業・団体によるダイベストメントを紹介・解説していきます。
資産運用:世界最大手の動向、日本のパイオニア
世界最大の資産運用会社ブラックロックのCEOラリー・フィンクは、2020年の公開書簡の中で気候変動問題に触れ、同問題の投資判断における重要性に言及しました。そして、収益の4分の1以上が石炭関連収入である企業を投資戦略から完全に切り離し、今後数年間でESG関連の上場投資信託(ETF)の数を倍増するほか、化石燃料企業などへの投資を避ける投資技術を導入する方針を掲げてきました。
BPやシェル、エクソンモービルなど世界的な化石燃料企業の資産運用もおこなってきたブラックロックが、こうした発表や施策をとったことは注目を集め、環境保護団体からも歓迎されました。
しかし、石炭関連の収益が4分の1に満たない企業の株式を保有することは許可されており、また顧客が金融商品から石炭関連銘柄を除外しないケースもあることから、ブラックロックは依然として850億ドル相当を石炭事業に投資している形になっていると批判されています。
日本では、野村アセットマネジメントが非財務情報とされてきた企業の二酸化炭素排出量をコスト換算し、財務情報に組み込んで投資判断に活用しています。
同社は1990年から業界初のESG投資信託を設立しており、HSBCアセットマネジメントやAviva、アムンディといった欧州の投資会社などとともに、各国政府に気候変動対策を要求する共同声明に署名するなど、環境保全と気候変動緩和に取り組んできました。
ただし、野村アセットマネジメントはダイベストメント実施には慎重な姿勢を見せています。同社の2019年の責任投資レポートでは、ダイベストメントをポートフォリオ構築の方法としては「単なる技術的かつ表面的な対応にすぎず、気候変動の緩和や適応をはじめとする効果的な気候変動対策には繋がらない」と評しました。また、2020年の責任投資レポートでも、二酸化炭素排出量が多い投資先企業に対し、「当社は対話の機会を失うダイベストメントは原則行わない方針であり、継続保有によるエンゲージメントを通じて投資先企業に気候変動対策を働きかけています」としています。
銀行:取り組み進む欧州、遅れるアジア
アーンスト&ヤングによる2021年のグローバル企業へのダイベストメント調査によると、銀行の85%がダイベストメントに積極的であると回答し、パンデミック前の64%から増加しています。
例えば、フランスに本部を置く世界有数のメガバンクであるBNPパリバは、パリ協定を受けて、2020年1月から石炭採掘や石炭火力発電に関わる企業に対する除外方針を強化し、ポートフォリオを変更していくと発表しました。同じくフランスの協同組合所有の銀行であるクレディ・ミュチュエルは、2016年の1,900万ドルあった化石燃料事業への投資を2020年にはゼロにしました。
また、オランダのINGグループは、2007年から気候変動に対する取り組みを始め、クリーンエネルギー事業への数十億ユーロの投資や石炭発電に対する融資の削減など、脱炭素に向けた取り組みを2025年に向けて進めています。
ただし、あらゆる銀行が化石燃料企業への融資とうまく距離を取れているとも言えません。例えばカナダでは、国内の業界トップを占めているカナダ・ロイヤル銀行、トロント・ドミニオン銀行、モントリオール銀行がゼロ・エミッションを達成する計画を発表しました。しかし、目標の定義、暫定的な削減目標、従来のエネルギー源からの脱却計画などの詳細は明らかにされていません。
また、中国郵政儲蓄銀行や中国民生銀行、スタンダードチャータード銀行、三井住友銀行など、化石燃料事業への投資を拡大しているメガバンクもあります。特にアジア圏では化石燃料事業への投資が続いており、中国だけでなく、日本のメガバンクでも、ダイベストメントの歩みの遅れが指摘されています。
年金投資:クリーンな年金と投資戦略上のリスク
年金投資でも、ダイベストメントは進みつつあります。
2016年、ロンドンの自治区であるウォルサムフォレストが、英国の自治体としては初めて、年金制度ですべての化石燃料投資を売却することを発表しました。スコットランドでも、環境活動家の働きかけを受けて、議員年金基金によるダイベストメントが化石燃料投資を取りやめる動きが進んでいます。
2019年、ノルウェーの資産約1兆ドルを管理する政府系年金ファンドGPFG(The Government Pension Fund Global)は、石油・ガス関連企業への投資を段階的に取りやめることを表明しました。ただし、BPやシェルなど、再生可能エネルギー部門を持つ企業の株式は引き続き保有するとしています。また、気候変動への懸念ではなく、石油価格下落によるリスクを減らしノルウェー経済を保護することが目的とされています。
とはいえ、こうしたノルウェーの年金ファンドの動向は、他国のファンドにも波及しています。公務員の資産約5000億ドルを管理する、オランダ最大の年金ファンドであるABPは、資産ポートフォリオから化石燃料関連企業への投資を減らし、また2020年から5年間で「持続可能で安価なエネルギー」関連企業への投資を50億ドル増加させることを目指しています。
保険業界:日本でも国際トレンドへの参加
保険業界は脱炭素化を意識し、化石燃料関連事業に対するダイベストメントを活発化させています。
石炭事業に対しては、アクサやハノーバー再保険、アリアンツといった世界的な保険企業が撤退する動きを見せています。また、チューリッヒ保険は、オイルサンド、オイルシェールといった石油代替エネルギーに対しても、削減や取引停止に取り組むことを宣言しています。
石油・ガス事業については、2020年8月、オーストラリアの大手保険会社サンコープが、今後5年間で保険引受を終了し、2040年までには直接投資も完全に停止する方針を示しました。また、スイス・リーも同様の発表をしており、化石燃料事業に対するダイベストメントは領域を拡大しつつあります。
日本では、日本生命が2017年に国連責任投資原則へ署名し、2018年には国内金融機関として初めて国内外石炭火力発電プロジェクトへの融資停止を打ち出しました。第一生命も運用ポートフォリオの脱炭素を目指す国際的なイニシアチブに、国内機関投資家として初めて加盟しました。
ただし、日本の大手損保企業である東京海上、SOMPO、MS&ADなどは、依然として化石燃料事業への保険引受・投資を続けています。2020年の世界の大手保険企業の化石燃料事業への保険引受に関する調査では、方針の不十分さが指摘されています。
ダイベストメントの道徳的・経済的意義
ここまで、さまざまな業界と企業によるダイベストメントの取り組みについて紹介・解説してきました。
ダイベストメントの重要性は、2011年にロンドンのシンクタンクであるCarbon Trackerが発表したレポートで既に指摘されていました。このレポートでは、投資先の金融商品の構造上、多くの投資家が短期的なリターンを重視することで、化石燃料事業をめぐる現状を維持していることが示されていました。そして、金融の安定性に対するこの重大なリスクを評価し、より長期的で透明性の高いシステムを実現するために、化石燃料の埋蔵量とこれらが将来的にもたらす炭素排出量の開示を要求すべきと主張しました。つまり、長期的で透明性の高い市場システムの実現に向けて、国家や企業による環境配慮の情報開示に基づく投資判断の重要性が指摘されていたのです。
このレポートが示したダイベストメントの意義は、10年後に改めて補強されることとなりました。ブラックロックとメケタが2021年に発表したレポートによると、化石燃料事業からのダイベストメントは投資の収益率を弱めるのではなく、改善につながりさえするという結論が出されています。
気候変動問題への関心が高まっている中、脱炭素化に向けたダイベストメントは、もはや社会的・経済的に責任ある投資判断において欠かすことのできない方針となりつつあるのです。
ライター:徳安慧一
早稲田大学文学部卒業後、一橋大学大学院社会学研究科にて修士号・博士号を取得。専門は社会調査・ジェンダー研究。
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