全ての印刷物を環境配慮型プリントに!CO₂算定からはじめる研文社の挑戦
「環境配慮型プリント」に取り組む株式会社研文社さま。印刷業における環境負荷の可視化や削減に向けた取り組みや課題、これからの展望についてインタビューしました。
事業内容について
● 御社の事業内容について簡単に教えてください。
藤田氏:私たちは大阪で創業した、総合印刷会社です。昭和21年に設立し、2024年で78期目に入りました。創業当時から、関西の自動車メーカーと金融系の都市銀行の2社を中心にお取引をいただいており、現在にいたるまで育てていただきました。
弊社の支援内容を自動車メーカーを例にご説明します。実は自動車の製造に関連する部品は2〜4万点ほどあるとも言われています。他に販売や修理に関わる知識修得、セールスプロモーションなどの様々なプロセスを支えるためには、技術系の取り扱い説明書やサービスマニュアル、SPツールなど、多様な書類・印刷物が必要です。弊社では、これらの「一般商業印刷物」の企画から制作までを一貫して担っています。
基本的に印刷業界では、大量に印刷して在庫を預かっておくというスキームが多いため、最終的に使用年限がきて使えなくなる印刷物はかなりの数にのぼっていました。そこで、無駄な印刷をしたくないということから、在庫レスの提案を始めました。必要な部数だけ作るために、例えば、お客さまに「これまで1万部作っていたのを半分にしませんか」という提案です。
結果的に、無駄なものを作らず用途に応じて適切な印刷をすることが磨かれていきました。これ自体が環境に配慮しているというのは、私たちの考え方として一つの礎でありましたが、2020年ごろに環境配慮の手法があることを知り、そこから「環境配慮型プリント」というサービスを始めることになりました。
環境配慮型プリントとは
私たちの工場は、廃棄物発電をはじめとした再生可能エネルギーで運営しており、工場で排出された分のCO₂排出量はJクレジットを購入して相殺しています。そのため、Scope1,2はCO₂排出量実質ゼロとなっています。また弊社では、印刷物を作るときのCO₂排出量を測定することができます。さらに、排出量の削減にも対応しているため、印刷物のCO₂の排出量の計測と排出量削減、2つを総称して「環境配慮型プリント」と呼んでいます。
● 紙の環境負荷を減らすにあたり、何から取り組まれたのでしょうか。
印刷物において、まずはどのくらいCO₂(GHG)を排出しているのかを算定できなければ削減に至らないため、はじめに算定することが必要だということになりました。しかし、印刷業界には、標準となるべく公開されている算定ロジックがありませんでした。
そこで私たちは、環境省が公開しているCO₂排出係数と、工場におけるガスや電気・エネルギーの使用量をかけ合わせることで、印刷物の生産工程における排出量を算出していくこととしました。
弊社の場合は、工場に電力を測定する機械を導入したことによって、生産工程の機械単位でどの程度エネルギーを使っているのかがわかるようになっています。
また、環境配慮型プリントには認証マークの表示もサービスとして行っています。例えば以下は、左側に「72.4」という数値が記載されていますが、こちらが普通に印刷した場合に排出されるCO₂排出量で、右側の「62.5」に減ったことを示しています。
製造業におけるCO₂排出量算定の最大の難所だと感じているのが、使用する「資材」の排出量精度です。例えば印刷業の場合、洋紙がCO₂排出量全体の約7割を占めるのですが、洋紙製造工程における排出係数はごく一部しかされていないため、数値の精度が完全ではないのが実態です。ですが、それを算出できない理由にするのではなく、まずは「できる範囲のことをやっていこう」ということで、弊社の場合は「これぐらいの排出量に対して、このくらい削減できています」ということを明示するようにしています。
● 環境配慮型の印刷について研究されたきっかけは何でしょうか?
長谷川氏:きっかけは、自動車メーカー様から「環境ISO14001の取得に準じた品質マネジメントシステムで工場を運営してほしい」というお話をいただいたことです。それまでは「環境」という言葉を少し遠い世界のことのように捉えていましたが、2010年頃以降に環境ISOを取得してから環境に対する取り組みを、より本格的に進めるようになりました。
もともと、印刷業に対しては、環境負荷が高いという印象がありました。例えば、主材料である紙の生産で森林伐採が想起される点や、インクの使用で「VOC」と言われる有害ガスが出る点、機械を動かすことによってCO₂が排出されることといった点です。そして、さらに「ペーパーレス」の動きが印刷業界にとっての逆風となっていました。
そこで何か打ち手はないかと試行錯誤していたところ、「カーボンニュートラル」の動きが世の中で徐々に活発になり、2022年12月に日本サステナブル印刷協会(SPA)が立ち上がり、その創設メンバーとして参画した次第です。
印刷業界全体での取り組み
● 業界としての取り組みには、どのようなものがあるのでしょうか?
長谷川氏:日本サステナブル印刷協会の発足時には8社でしたが、2年ほど経ち、現在では20社まで広がっています。月に1社くらいのペースで増えていますが、同じ志をもつ仲間が集まって、「世の中にある印刷物を全て環境配慮型プリントで対応できる!」ことを目指して活動しています。
藤田氏:協会に多種多様な印刷会社が集まるからこそ実現している取り組みもあります。例えば、私たちはカタログの製造に強いのですが、カタログを入れる封筒も必要な場合、封筒への印刷はできても封筒に仕上げる工程(製袋)は当社に機械がないためできません。しかし、その工程に強い会社がこの日本サステナブル印刷協会に加盟しているので、協会の中で補完し合いながら、環境に配慮した印刷が可能となります。
● 印刷業界では、算定ロジックの標準化やカリキュレーターの開発などの動きはありますか?
長谷川氏:算定ロジックは独自に定めるだけではなく、第三者による認証を受ける必要があると考え、日本サステナブル印刷協会でも動き始めています。国際的な標準に照らし合わせて第三者機関から認証を得ることによって、信頼性のあるエビデンスをもって営業や販売を進めていけると思っています。
● 業界として一丸となって環境に配慮することで、ペーパーレスなどといった逆風に立ち向かっているのですね。
藤田氏:そうですね。時代とともに情報伝達の方法が変わってきているので、ペーパーレスをはじめ印刷業がシュリンクしていくことは否めませんが、「紙で伝えたいもの」は存在すると思っています。
最近でいうと、2025年の大阪万博の開催に向け、デジタルチケットの配布が始まりました。しかし、利用者からは記念のため、デジタルではなく「紙で残したい」という声があったようです。会期中はデジタルチケットで利便性がある一方で、記念として紙で残したいというニーズが存在する話を聞いたとき、印刷物の必要性や価値を改めて感じました。
● 「紙だからこそ伝わるもの」「紙の良さ」は、どんなところで感じていますか?
藤田氏:手触り感やペンとの親和性から、私が一番紙の良さを感じるのは「ノート」です。また、単に情報を伝えるだけであれば、スマホベースでいいと思いますが、残したいものの中には技術書や文庫書などがあるのではないかと思っています。
長谷川氏:デジタルブックが台頭し、書店や雑誌が少なくなってきたことを皆さんも体感されていると思います。しかし、デジタルブックをはじめとする電子媒体は95%がコミックで、文藝ものなどの書籍はあまり置き換わっていないのが現状です。そこには、デジタルだと読みにくいといったことやページをめくる感覚がほしいといった声があるようで、この10年ほどである程度「デジタルと紙のすみ分け」が進んできたことを感じます。
また、電子媒体の場合は受動的になりやすい一方、紙媒体のほうがより能動的にアクセスするため、記憶に残りやすいのではないかとも思います。
環境配慮型プリントのニーズは?
● 環境配慮型プリントを開始後、お客さまの反応はいかがでしょうか?
長谷川氏:ホームページをみて環境配慮型プリントを知り、問い合わせてきてくださるお客さんが非常に増えました。例えば、ある鉄鋼会社さんでは、グループ報のリニューアルコンペにお声がけをいただき、環境配慮型プリントに価値を感じ、見事に採用されました!
印刷分野ではないですが、交通機関の選び方でもCO₂排出量が可視化され、より少ない交通手段を選べるようになっているなど、「お客さんが環境の視点で選ぶ時代」が始まっていることを感じます。
先ほどお話しした鉄鋼会社のように、社内の印刷物の排出量が全体に占める割合は微々たるものだと思いますが、副資材にも気にかけていくという企業メッセージには意味があるのではないかと思います。
最近では、食品のパッケージなどでFSC認証などのマークを目にする機会が増えたと感じる方も多いのではないでしょうか。やはりパッケージが一番目立つということもあり、一部の食料品メーカーでは、CO₂の排出量を明示できることが委託の条件にもなってきている、と聞いています。
こういう話を聞くと、やはりCO₂排出量を算出し、その算出ロジックやエビデンスが提示できる企業が生き残っていくのだと感じます。
現場でサステナビリティを実践
長谷川氏:日本印刷産業連合会という業界団体では「環境優良工場表彰」を開催しているのですが、弊社は、2023年に最上位である「経済産業大臣賞」を受賞しました。環境配慮型プリントが功を奏したと思いますが、それだけでなく、リサイクルの徹底や有機溶剤の使用による有毒ガスの排出を抑える取り組みなど、工場内で取り組める対策を積極的に進めた点が評価されました。
この環境に対する取り組みをリードしていたのは、生産部門を中心とした数名でしたが、逆に生産部門の社員からすると、あたりまえのことを業務の中で着実におこなってきたという感覚でした。
工場での取り組みは生産部門主導で現場で進められていますが、管理部門や営業部門など全社で推進していくことが課題だと感じています。今後はより一層「脱炭素経営」に舵を切っていきたいと考えています。そのためには、地域ボランティアやゴミの分別といった、「社員全員が携われること」が大切になってくると思います。
可視化の先、削減に向けて
長谷川氏:弊社ではこれまでは「CO₂排出量の算定のロジックを組み立て明示し、その精度を上げていく」ことを目標としていましたが、今後はそれらを「どう減らしていくのか」が重要課題となっています。
削減にあたり、もちろん省エネや太陽光発電の導入などによる創エネも検討していますが、それだけでなく、自助努力で削減を目指すことは大切だと考えています。弊社もSBTに登録し削減目標を明示していますが、仮にその削減目標をクリアしたらそこで終わりというわけではなく、削減目標達成後も何をどう減らしていけるのかを考え、繰り返し実施していくことが企業には求められるのではないかと考えています。
● 今後取り組んでいきたいことや課題などがあれば教えてください。
長谷川氏:一番の課題は、やはりScope3の問題でしょうか。日本の製紙メーカーは大きく4、5社ありますが、ほぼ石炭で稼働している会社もあれば、大半をバイオマス燃料でまかなっている会社もあり、紙をつくる過程のCO₂排出量には大きな差があるのが現状です。後者の企業も、環境を考えてバイオマスを採用していたというよりは、おそらく費用対効果の面での利用だったかと思いますが、排出量に大きな差がついてしまうという背景もあり、一般的に紙材メーカーの多くが排出係数を開示していません。
しかし、現状を把握してはじめて「どう削減していくか」という次のステップに進めるため、排出量算定に関する透明性が高まっていくとありがたいなと感じています。
藤田氏:一方、印刷会社におけるScope3に関して、各物流企業がGHG排出量係数を公開しているため、下流である「物流」はそれほど課題とはなっていません。やはり、圧倒的に上流が占めるCO2排出量の割合が大きいため、上流の開示が進めば、一気に算定や削減に向けた取り組みも加速すると考えています。
地球にやさしく、ひとにやさしく
藤田氏:先日、一般社団法人ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会(UCDA)のアワード2024がありました。UCDAの取り組みは、高齢社会や情報過多の時代に、ユーザーにとって分かりやすい表現をしていくことを目指すもので、今回当社は「UCD制作優秀企業賞のゴールド賞」をいただきました。これは「地球にやさしく、ひとにやさしく」という当社が大切にしていることが、評価された結果だと感じています。
また「地球にやさしく、ひとにやさしく」といった社会やサービスの実現は、1社や1部署単独では不可能であり、ライバル関係を超えて、パートナーシップを組んで社会インフラを作っていく姿勢が重要だと思っています。脱炭素を官民共創で取り組む一般社団法人OZCaF(OSAKAゼロカーボン・スマートシティ・ファウンデーション)の参加企業として「CO₂排出量の見える化プロジェクト」に参画しているのも、横の連携を大切にしたいという想いからです。これからも、印刷企業としてできることを続けていきます。
長谷川氏:環境に対する取り組みは自治体や大企業が中心に進めているというイメージを持つ方も多いかと思いますが、逆に中小企業だからこそできることもあると私たちは考えています。
地域密着型の取り組みをはじめ、日常のー個ずつの製品を環境配慮型にしていくことが、結果的に地域の改善につながり、それが日本や世界全体が少しずつ変わっていくきっかけになるのだと考えています。そして、そこにみんなが携わり、最終的なゴールにつながっていくことが理想だと感じています。
社長は「1人が100歩進むよりも、100人が一歩進んでいこう」とよく言います。環境に対する取り組みはまさにそうで、人口の多い中国やインドだけが改善したら地球全体が良くなるのかというと、決してそうではありません。先進国であろうが後進国だろうが、大企業であろうが中小企業であろうが、みんなができる範囲でできることをやっていくというのが、一つのゴールにつながり、一番の近道なのではないでしょうか。これからも、中小企業だって卑下することなく、自社でできること、自分たちができることを精一杯やっていきたいと思います。
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