2023年10月16日から11月2日まで、コロンビアのカルタヘナで開催された生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)は、生物多様性保全の実施段階へと移行するための重要なステップでした。今回の会議では「自然との平和」をテーマに掲げ、企業にとても多くの学びと行動が求められる決定事項が話し合われました。また「Peace with Nature(peoples COP)」といわれ、先住民共同体への光をあてるCOPでもありました。本記事では、企業が知っておくべきCOP16の主要な決定事項と、その影響について解説します。
COP16における主要決定事項 今回の会議は、生物多様性条約の下で初めて開催されたCOP(コップ)として、重要な議題が扱われました。主に「グローバル生物多様性フレームワーク(GBF)」の実施を加速するための指標や報告の枠組み、実施資金の拡大について中心的に議論されました。しかし、交渉は時間切れとなり、これらの重要事項については合意に至りませんでした。COP16で企業が注目すべき重要な決定事項として、デジタル配列情報(DSI)の新制度についてご紹介します。
1) デジタル配列情報(DSI)の新制度 2022年のCOP15で定められた「DSIのメカニズムをCOP16までに検討・確立する」という目標は無事達成したことが確認され、遺伝資源のデジタルデータを活用することで生じる利益を保全活動に還元する仕組みが合意されました。DSIの使用者が、利益の1%または売上の0.1%を基金に拠出する仕組みが導入されましたが、COP17での見直しも決まっており、企業にとって新しい資金調達や研究開発への投資を見直すきっかけとなるでしょう。
2) 新制度導入における基金の拠出と証明書 推定2000億ドルの資金ギャップが指摘され、先進国と途上国の間で資金拠出方法について議論されました。企業としては、持続可能な資金提供の仕組みにどう関与できるかを検討する必要がありそうです。また、企業が拠出した資金については、証明書や収書を受け取れるようにすることが決定されました。これにより、企業は株主や利害関係者への説明責任を果たすために透明性を保つことが可能になります。
主要論点: ・ トリガーポイント【アクセス】【活用】【商品】【売上】・ どこから【指定産業】【あらゆる産業】・ 何を【売上高】【特定商品の売上】【利益】【DSIデータ使用料】・ どのように【義務】【任意(寄付)】・ 資金のホスト【生物多様性の枠組みファンド】【新基金】・ 資金はどこへ配分【プロジェクト】【途上国への配分】【IPLCにも直接アクセス】・ データの管理
デジタル配列情報 (Digital Sequence Information: DSI) とは? DSIは、生物の遺伝子であるDNAの解析から得られた塩基配列データのことを指します。こちらはデジタル化されており、国際核酸塩基配列データベース共同事業が運営する、公共データベース「INSDC」に主に登録・公開されています。DDBJ(日本)、ENA(欧州)、GenBank(米国)という3つのデータベースが連携した事業で、国を超えて自由にアクセスすることができます。 DSIはさまざまな産業活動で利用されており、合成生物学などの新分野の発展に貢献しています。たとえば、クレーグ・ベンター博士は、DSIをもとにした最小ゲノムを持つ生命体の作製に、世界で初めて成功しました。 またCOP15では、DSIの利用から得られる利益を公正かつ衡平に配分するための、多数国間メカニズムを創設することが合意されました。
https://www.yomiuri.co.jp/choken/kijironko/ckscience/20220802-OYT8T50009/ https://www.youtube.com/watch?v=uzTFHWEe-g8 先住民地域共同体 (Indigenous peopke and local communities: IPLC) とは? 先住民族と地域コミュニティは、先祖代々受け継がれてきた土地と深い結びつきを持ち、独自の文化的および生態学的知識を有する集団です。伝統的な知識の共有において、DSIに関連する知識の源として認識され、その地域の管理者として昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の目標に向けて大事な役割を果たします。 サプライチェーンがIPCLに与える影響: ・ 土地利用と資源採取 ・ 経済的機会と課題 ・ 文化的影響 ・ 環境悪化
https://www.downtoearth.org.in/wildlife-biodiversity/cop16-what-do-indigenous-peoples-and-local-communities-expect https://www.sustainablebrands.jp/news/os/detail/1224900_1531.html 生物多様性の危機的な状況と企業の持続可能性 企業が生物多様性保護を経営戦略に組み込むことの重要性を再確認させる場となりました。世界の評価では、4万種のうち30.4%が絶滅危惧種に分類されており、特に温帯大陸の両生類では44%が絶滅の危機に直面しています。企業は、この現状を踏まえて、生産や供給チェーンにおける生物多様性へのリスクを管理する必要があります。
モニタリングと評価として、PDCAサイクル(P:計画・D:実行・C:評価・A:改善)の重要性が強調されました。企業もまた、事業活動における生物多様性への影響を評価し、継続的な改善を行う体制が求められます。
主要な発表 自然の状態/危機/測定 (参考文献)・ More than one in three tree species worldwide faces extinction - IUCN Red List 国際自然保護連合(IUCN)が新たにレッドリストを発表した。これによると、世界の樹木種のうち、3分の1が絶滅危惧種に該当するとのこと。・ World must act faster to protect 30% of the planet by 2030 IUCNと国連環境計画世界保全モニタリングセンター(UNEP-WCMC)はProtected Planet Report 2024を発表した。この報告書によると、世界の17.6%の陸域と淡水域・8.4%の海洋が保護地域になっていると記載されている。2030年までにこの地域を2倍の大きさに拡大していかなければならない。・ IUCN welcomes 12 new sites from Brazil, China, Colombia, France, Saudi Arabia and Zambia to the Green List IUCNの自然保護エリア、the IUCN Green Listが87地域を超え、さらなる拡大を目指している。・ Nature Positive Initiative さらなる自然の損失を食い止めるために、数多くある自然の状態の測定方法を1つにする案の協議開始を発表した。
企業参加の増加と新たな動き 今回のCOP16はビジネスセクターからの参加が増加し、前回の600名から1200名に倍増しました。この動きは、企業が生物多様性保全において大きな役割を果たす時代に突入したことを示しています。
1) TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) TNFDにより、新たな情報開示の枠組みが強調され、企業は財務報告に生物多様性関連の情報を含めることが求められるようになっています。これにより、投資家や消費者の信頼を得るために、生物多様性保全の取り組みを明確に示すことが重要になります。
主要な発表 TNFD関係 (参考文献)・ Over 500 organisations and $17.7 trillion AUM now committed to TNFD-aligned risk management and corporate reporting TNFDは、自然関連の問題に関する情報開示を始めることを約束した企業や金融機関の総数が500社を超したことを発表した。そのうち、日本は130社近いTNFD採用企業があり、これは世界1位の数となっている。・ TNFD secures funding from the Government of Japan 日本政府はTNFDの戦略パートナーシップに参画した。この日本の支援で、どのような取り組みが加速していくのか、世界中から関心を集めている。・ Discussion paper on nature transition plans TNFDはGBFの目標に向けて、質の高い自然関連の情報へ市場からのアクセスを強化するために、ロードマップを発表した。
主要な発表 金融関係 (参考文献) ・At COP16, Nature Action 100 reveals results of its first benchmark assessments of corporate action on nature 投資家主導の世界的なイニシアチブである「Nature Action 100」は、開示情報を判断するため、ベンチマーク(2024年4月発表)に基づく調査結果を発表した。 ・The IAPB Framework for high integrity biodiversity credit markets was launched on 28 October at COP16 in Cali, Colombia. 生物多様性クレジットに関する国際アドバイザリーパネル(IAPB)は質の高いクレジットを確保するためのハイレベルガイダンスを発表した。 ・Fourth Update of the ‘Biodiversity Measurement Approaches’ Guide 生物多様性のためのファイナンス財団(Finance for Biodiversity Foundation)から、生物多様性測定手法のガイド第4版が公開された。併せて、金融の日(10月28日)には、署名機関が13件増え、190機関を超えたことが発表された。この誓約した金融機関(190社)の総資産は22兆ユーロに上る。 ・Sector Action Guidance for Nature: Getting Started in the Agricultural, Forestry and Mining Sectors 国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)は、農業、林業、鉱工業セクターにおけるスタートガイドを発表した。
2) 先住民・地域共同体の参画と企業への示唆 先住民や地域共同体からの参画が増加し、常設機関の設立が決定されました。これは企業にとって、地域の知識や文化を尊重した持続可能なプロジェクト運営の重要性を示しています。
3) 地域社会との協力 企業は、地域共同体との連携を強化し、持続可能な取り組みを共に行うことで、生物多様性保護に寄与できます。
今後の見通しと企業の行動 COP16の決定を受け、企業は次の具体的な行動を取る必要があります。
・ DSI制度への対応 :遺伝資源から得られるデータ利用において、利益還元の仕組みに積極的に関与する戦略を立てること。 ・ サプライチェーン管理の強化 :生物多様性に配慮した持続可能な調達を確立し、透明性を高めること。 ・ 積極的な情報開示 :TNFD基準に沿った財務報告を整備し、企業の生物多様性への取り組みを公開することで、投資家や社会の信頼を得ること。 ・ 社内教育と啓発 :従業員に生物多様性保全の重要性を教育し、全社的な意識改革を推進すること。 ・ 政府や地域社会との連携 :日本政府の発信を受け、環境保護活動での共同プロジェクトやパートナーシップを構築すること。
ライター情報:倉地 栄子 Climate Creativeを中心にSX、GXを軸に創造的なビジネスを研究。 サーキュラーデザイン・バイオダイバーシティに関するサービス開発及び実装支援を推進。 問い合わせ:kurachi.eiko@members.co.jp
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