カーボンプライシングは企業経営をどう変えるか?日本企業のGXを考える|脱炭素DX研究所レポート #10
脱炭素DX研究所メンバーがさまざまな専門家や実践者と対談し、これからの企業経営やビジネスのあり方を探究していくシリーズ企画。
第1回となる今回は、「GX法で日本の産業はどう変わるか」をテーマに、財政学と環境経済学が専門で国や自治体の審議会等に参加されている京都大学の諸富教授と対談しました。
2023年5月に制定されたGX法では、脱炭素社会への移行に向けて官民合わせて150兆円が投資されることが定められました。
この法整備をはじめとする政治社会動向をどう読み解き、企業経営を考えればよいでしょうか。カーボンプライシングやEV市場の動きを中心に見ていきます。
GX法で何が変わるか?専門家が見る変化の兆し
我有:今年の2月、GX実現に向けた基本方針が閣議決定され、5月にはGX法が制定されたことで、国内でも議論が活発になってきたのを感じます。ここ数年での日本における脱炭素やGXに関する政治・経済の動きの中で注目すべきポイントについて、諸富先生はどうお考えですか。
諸富:やはり2020年の10月に菅前首相が2050年にカーボンゼロを目指す宣言したことが大きな契機となりましたね。菅前首相が旗をふってエネルギー基本計画が改定され、カーボンプライシングの議論が始まり、それがGX法案の制定にも繋がっており、それによって企業の本気度がどんどん強くなっていった気がします。
最初は、お付き合い程度に脱炭素の流れをウォッチしながら、ビジネスを毀損しないようにやっていくくらいの温度感でした。ところが今は逆で、脱炭素に取り組まないとビジネスそのものが毀損してしまう、脱炭素化に遅れた企業はもう土俵の外に出ざる得なくなってしまう、というように認識が変わってきたと思います。
原:日本企業にもだいぶ危機感が醸成されてきている、というイメージですね。
我有:そうした中で、GX法は産業転換やビジネスの変化を後押しするように思います。まず、GX法とは何か、教えてください。
諸富:はい。GX法案には「GX推進法」と「GX脱炭素電源法」の二つがあります。
GX推進法は、炭素に価格をつけ排出者の行動を変容させることがねらいのカーボンプライシングを中心とした法案です。カーボンプライシングにより財源を調達し、「GX移行債」という新たな国債を発行します。それにより、日本産業の脱炭素化のための研究開発や商品開発、設備投資を補助金で支援するのです。
GX実現に向けた基本方針の参考資料では、自動車・造船・化学・鉄鋼など各業界別にやるべきことや時間軸がロードマップとして示されています。移行のプロジェクトに対して国が支援すると決めたことは、非常に大きな意義がありますね。
我有:カーボンプライシングの施策の一つに、「炭素税」があると思います。現状の温対税の炭素価格は海外と比較すると相当低いですが、GX推進法によって炭素価格は海外と同じぐらいの水準に引き上がるのでしょうか。
諸富:残念ながらそうはならないんですね。経産省によると炭素税は、企業の脱炭素化にとって十分なインセンティブとなる水準で税率を決めるのではなく、あくまでもGX法で定めた財源を調達するための補助的なスキームという位置づけなんです。つまり、150兆円のGX投資のうちの20兆円が調達できればよいという考え方です。
手計算で算出してみると、GX法で検討されている炭素税はトンカーボンあたりおよそ1,000円という数値になります。現在の289円という水準よりは高くなりますが、諸外国では既に10,000円を越していますから、10分の1にも満たないんですね。
我有:脱炭素DX研究所でも、今年の4月に日経225の企業を対象に「炭素税が適用されたらどれくらいの事業インパクトがあるのか」をリサーチしてみました(参照:メンバーズ脱炭素DX研究所「日経225銘柄企業スコープ1・2・3独自調査」)。
そのときに設定した想定価格は3,300円/トンで、これは、再エネの発電コストが化石燃料に比べて価格優位性を持つ最低水準とされています。3,300円でも最低ラインと言われているのに、今回の法案での価格設定はそもそも移行のためのインセンティブという考え方ではないというのは残念です…。
とはいえ企業の中には、カーボンプライシングの適用に備えてインターナルカーボンプライシングを導入し、試行的に自社での事業判断に役立てているところもありますよね。
諸富:そういうところは偉いですね。国際的な取引のある企業は欧州の排出量取引制度の国境調整措置などを見ているので、日本のゆるさに安心しているとグローバルでビジネスをやっていけなくなるという脅威を意識して経営されているんだと思います。
我有:おっしゃる通りですね。
諸富:次にGX脱炭素電源法についてですが、こちらは評価が分かれるものとなっています。なぜなら、主眼が「原発の復活」と「石炭火力の継続」だからです。要するに、脱炭素には取り組むけれども、旧来型の伝統的電源である原発や石炭火力を今後も使い続けたいというのが日本政府の考え方だと思います。ヨーロッパやアメリカのような、分散型電力システムに切り替えていくという発想はない、というのが今回の電源法の現状です。
しかし、カーボンプライシングの導入や行政組織の編成など、経産省は本腰を入れて動き出しており、GX法の制定で日本の産業界が動き始めているのは確かです。
GX法が企業経営に示唆していることとは?
原:GX法が、今後企業にどのような効果をもたらすのか解説していただいてもよろしいでしょうか。
諸富:はい。GX推進法は要するに、主にカーボンプライシングを中心に資金を調達し、そのお金で企業の脱炭素型産業構造への切り替えを推進していくという法案です。これにより、炭素排出を伴うビジネスは、必然的にコストが高くなってしまうというシステムが形成されました。
カーボンプライシングにより、今後企業は有償で政府から炭素排出権をオークションで購入することが必要になります。そのため、石炭火力をはじめとする炭素を多く排出するビジネスは、コスト面で強く不利になる世界が来ます。ですから、カーボンプライシングのへの対応、ひいては脱炭素型産業への転換が企業に強く求められるようになりますね。ただし、実際にそうなるのは10年先の2033年であり、遅いとは言わざるを得ません。
原:言い換えれば、企業はこの10年の猶予のうちに否が応でもビジネスを変革しないといけないわけですね。
諸富:おっしゃる通りです。一方で、脱炭素目標を定めてビジネスモデルを変えるような経営や技術革新を行えば、今度は逆にビジネスチャンスが到来します。しかもそれに必要となる様々な研究開発投資や設備投資は、そのGX推進法で用意された補助金によって支援を受けることができるような時代になるんです。
Scope3の削減まで考えると、当然取引先も脱炭素を求めてくることになりますから、脱炭素化を進めずに安閑としていると、急に取引してもらえなくなるということを覚悟しておかなければなりません。GX法が示す方向に沿って、早めに自社の方向転換を考えて、どのような研究開発や投資が必要かを、今から戦略を立てていく必要性が高くなってきたと感じます。
世界のEV市場に見る、ビジネス環境の変化
原:世界に目を向けるとどのような動きがあるのでしょうか。
諸富:特筆すべきはやはりEV市場の台頭ですね。特に中国のマーケットでは顕著で、スマート(中国語では「知能化」)技術を搭載したスマートカーが主軸になってきています。日本車は大きくシェアを落としてしまっているのが現状ですね。
原:なるほど。アメリカはどうなのでしょうか。
諸富:アメリカも爆発的にEV市場が拡大してきていますね。人口的にも世界最大のマーケットであり、今まで打ち出しが遅かったこともあって、伸び幅が大きいです。
アメリカはある種の”禁じ手”を使っているんですよ。蓄電池も再エネもEVも、アメリカ市場で販売したければ、中国をサプライチェーンに含まないようにした上で、アメリカに工場を作るよう、各方面に働きかけています。インセンティブとして、巨額の税額控除を与え、投資を呼び込んでいるわけですね。
一部報道でもありますが、インフレ抑制法(IRA)でアメリカ政府は全米50万か所で充電器の設置を公的支援する方針を立てています。最近の報道では、テスラ以外の大手自動車会社もテスラ型の充電器を採用する方針に傾いています。そうすると充電方式がおおむねテスラ型に統一され、充電設備へのアクセスがネックであったEV車の利用も非常に便利になり、さらに指数関数的に市場が伸びてくるでしょう。こうしたマーケットの動きに注目し、世界のEV工場がアメリカに引き寄せられてきています。
原:日本企業はそれに乗り遅れてしまったわけですか。
諸富:そうと言わざるを得ませんね。日本企業の多くは気候変動問題への対応がビジネスの主要なトレンドになっていくということを完全に読み誤ってしまいました。その報いがすでに中国市場における日本メーカーの没落という形で現れてしまっています。
日本企業の活路をどこに見出すか?
原:こういった現状の中、日本企業はどのように活路を見出していけば良いのか、先生の見解をお聞かせ願えますか。
諸富:ここまでお話してきた通り、一刻も早く日本の産業も、EV市場をはじめとする世界のトレンドについていけるようにしなくてはならない。しかし、研究者がいくら警告したとしても残念ながら効果は薄いのが現状です。やはり産業の中で変化を先導してくれるリーダーのような存在が求められますね。
その点では、メンバーズさんも加入していらっしゃる、JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)は非常に良い例だと思います。既に国際競争に晒されている外資系企業やサービス業など、消費者と密接に関わっていて非常にアンテナの高い企業が中心となって、日本の産業の脱炭素化をどんどん推し進めています。
我有:私自身、JCLPで世論を喚起するプロジェクトを担当しています。JCLPでは脱炭素に本気で取り組む声を産業界から政界に届けなくてはいけないという強い問題意識を強く持っています。
また、企業内部においても、「脱炭素=サステナビリティ部門の業務」といった認識があり、事業開発を担う部門や、調達部門、生産管理部門、あるいは、顧客接点をつくるマーケティング部門など、さまざまな部門を超えた取り組みには課題があるようです。カーボンプライシングの適用を見据え、いかに既存のビジネスモデルを転換していくかはあらゆる部門に関わることであり、横ぐしで推進できるような体制づくりや社内の文化醸成も不可欠です。
諸富:そうですね。これまで「既存ビジネスを毀損する」「まだ早い」「消費者が求めていない」などいろいろな理由をあげて産業の脱炭素化を避けてきましたが、急速に世界は変わっています。「失われた30年」と言われていますが、今ここで変革を起こさないと失われた40年、50年になっていきかねない。今こそ、企業が変わる良い機会なのです。
我有:今がまさに、日本の産業の分水嶺であり、事業転換のチャンスでもあるわけですね。大変勉強になりました。本日はありがとうございました。
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