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カーボンプライシングが生み出す企業のチャンスと未来|Members+対談#05

「経営x脱炭素」に関するトピックについて、有識者とメンバーズ専務執行役員である西澤が意見を交わし合うシリーズ企画。#05では、京都大学大学院の諸富 徹 教授と「カーボンプライシング(CP)」をテーマに語り合いました。

これまでの日本では経済優先の論理から消極的だったカーボンプライシングですが、視点を変えると企業にとってのチャンスが見えてきます。

≪ 語る人 ≫ ※文中敬称略
● 諸富 徹氏(京都大学大学院 経済学研究科 教授)
メンバーズの脱炭素DX推進領域アドバイザー、環境経済学の専門家。
特に環境税、排出量取引制度など気候変動政策の経済的手段(カーボンプライシング)の分析やグローバル経済/デジタル経済下の税制改革といったテーマに取り組まれる。直近では、「資本主義が脱炭素化/デジタル化に向けて変容するなかで、市場と国家はどうあるべきか」を問う研究にも従事される。
● 西澤直樹(株式会社メンバーズ 専務執行役員)
2006年に新卒入社し、2013年に最年少部門長として成果型チーム「EMC(Engagement Marketing Center)」の運営基盤を作る。2017年に社会課題の解決とビジネス目標の達成を同時に実現させる「CSV(Creating Shared Value)」事例をメンバーズで初めて創出し執行役員へ。2020年から現職。脱炭素xDXの両立をテーマに、脱炭素時代の新しいソーシャルバリューを生み出すことにチャレンジ中。

カーボンプライシングに向けて具体化する日本政府の動き

この記事は10月19日(水)に実施した収録当時のものです。年内閣議決定予定だった炭素税の導入は11月7日(月)時点で先送りが決定していますが、「炭素税は必要」ということを前提として考え方や課題を議論しました。 

西澤:10月も後半に差し掛かりましたが、以前、諸富先生からのお話で「年内にはカーボンプライシングの計画が閣議決定される」という話題があったかと思います。実際のところ、この動きは現実的なのでしょうか?

諸富:はい、カーボンプライシングの導入に向けた動きが加速していることは事実です。しかし、10月14日(金)の日経新聞電子版に掲載されていた自由民主党・税制調査会会長の宮沢洋一氏 のインタビュー のなかでは、

「環境税は検討する。ただ年末までに、GX(グリーントランスフォーメーション)移行国債の中身が固まるところまではいかないだろう」

という内容の応答をされていました。年末は税制を決めるタイムリミットです。税という側面に関しては2022年中には間に合わないという予想を立てていますが、前向きな発言が交わされ、着々と導入に向けて議論が進んでいるものと受け止めました。

西澤:なるほど。11月の閣議決定には間に合わない可能性もあるとのことですが、今後、脱炭素に向けた具体策が実践に向けて進むと考えて良いのでしょうか?

諸富:少なくとも、議論が具体的になってきたことはたしかです。メンバーズさんのクライアント向けイベント「メンバーズユーザー会2022」で講演を行った際に、大手企業の皆さまにお話しさせていただきましたが、なにを成すにもお金がかかります。そのため、「GX経済移行債」が脱炭素へ向けた産業支援のために発行される予定です。

ただし、借金をするからには財源が必要です。その財源として、「炭素税」や「CO2排出量取引制度」などから上がる収入が充てられるとされています。政府は、産業界がこれから取り組む脱炭素事業の支援にこれらの収入を充てるとうたっていますので、産業界としてもその対価をまったく払わないわけにはいかないという論理から、財源の議論が具体的に進んでいくのではないかと考えています。

カーボンプライシングの現状と高まる日本企業のモチベーション

西澤:カーボンプライシングに関する事柄が、現在大きく盛り上がってきている背景にはどんなことがあるのでしょうか。

諸富:菅前首相が2020年10月に『2050年カーボンニュートラル宣言』を発したことが、背景の1つにあります。その宣言を機に、政府全体がカーボンニュートラル実現に向け舵を切りだしました。

また、企業の本気度が確実に上がってきていると感じます。たとえば、JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)*に集っているような先駆的企業だけではなく、どちらかといえば気候変動政策に反対してきたような企業までもが、ついに従来の立場を変えて積極的に取り組む方針に転換したという印象をもっています。

経団連も表立っては気候変動対策への反対を表明しなくなりましたし、むしろ「気候変動に対応すること=産業の生き残りのためにも必要であり、そのためには『産業構造の転換』が必要」ということを十倉会長が表明するくらいに、論理が変わってきています。これは、以前の日本であれば決してGOを出さなかったでしょうし、非常に大きな変化が起きていると言えるでしょう。

*JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)
気候危機を回避し、速やかに脱炭素社会/1.5℃目標を実現することを活動目的とした日本独自の企業グループ。脱炭素社会への移行を先導することで、社会から求められる企業となることを目指しており、メンバーズも2020年よりJCLP正会員に加盟済み。

西澤:日本企業としては、国際情勢なども鑑みて気候変動対策に関する外圧がより強まっているという感覚もあったのでしょうか?

諸富:国際的な環境変化は、大きく影響していると思います。パリ協定を契機に世界の流れが変わっていき、「気候変動に取り組むこと」「企業の成長」は決してトレードオフにはならないということが、目に見えてわかるようになっていきました。そうした事実の積み重ねが、人々の価値観や投資家の判断、さらには市場のルールにも影響を及ぼすようになってきました。再生可能エネルギーに熱心ではなかったり、温室効果ガスを大量に排出したりする炭素集約的なビジネスを続けていると、経済取引から排除されていくという流れが生じ始めているのです。

たとえば、「ESG(環境:Environment・社会:Social:・ガバナンス:Governance)」を重視するようになった投資家から敬遠されて資金調達もままならなくなり、米国のアップル社がサプライチェーン企業に要求しているRE100を達成できなければ、取引相手から外される、というように気候変動を軸とした投資家/企業による選別も起きるようになってきました。

西澤:たしかにそうですね。メンバーズでは「気候変動と企業コミュニケーションに関する生活者意識調査(CSVサーベイ)」という独自の調査を行っているのですが、近年の気候変動に関する価値観や市場ルールの変化は、加速傾向にあると思います。しかし、それもやっと波に乗り出したか・・・という感じが否めません。

▼  気候変動と企業コミュニケーションに関する生活者意識調査(CSVサーベイ2022年11月)
 ・
気候変動関心層は7割と高水準も、実購入は3割弱
 ・企業の商品・サービス開発、マーケティング戦略に課題

諸富:実は、気候変動に対するこれまでの日本企業の動きを、研究者として不思議に思っていたのです。内向き論理として「気候変動対策で負担が増えるのが嫌だ」というのは、わからないでもないですが、どんな企業であっても国際競争にさらされているわけですよね。

当の競争相手となる海外企業は、温暖化対策を早いうちから熱心に進めているため、競合企業が温暖化対策を進めつつ成長していることは、日本企業も気づいていたはずです。そうした動きを肌身で感じている企業こそ、気候変動対策に着手していくはずだと考えていたのですが、現実はそうはならず、いつまでも気候変動政策の強化に反対し続けた結果、日本企業の気候変動対策は国際的にみて後れを取ることになったのです。

では、気候変動問題よりも経済成長を優先してきた日本企業が勝てたのかといえば、結果は逆です。日本政府が強力な地球温暖化対策という縛りをかけず、化石燃料を燃やしてCO2を大量に排出する産業を許容してきたにも関わらず、日本のこうした産業は国際的な競争力を落とし続けてきました。つまり、「緩い気候変動政策=日本企業の競争力強化」の構図は成立しなかったのです。この現実をどう説明するのかという問いに、もう日本企業自身が答えられなくなっていきました。

西澤:そのような背景があるからこそ、脱炭素に向けたいまの日本の動きは加速しているように見えているのかもしれませんね。

世界における気候変動対策・脱炭素対応の本格化

諸富:世界の脱炭素へ向けた動きは本格化しています。脱炭素対応の製品やサービス、取り組みを出していかないとマーケットシェアが奪われてしまうということがはっきりしてきました。こうした現実が、日本企業の焦りを生んでいる部分があると思います。

たとえば、気候変動対策の1つとして、世界的に「EV」の存在感が増しており、EUや米国だけでなく、中国企業と韓国企業もじわじわとシェアを伸ばしています。また、2022年8月にカリフォルニア州が「2035年までに、ハイブリットを含めたガソリン車の新車販売を禁止する」というかなり大胆な政策を打ち出し、大きな注目を集めました。

これに対し日本はというと、自動車メーカー3社が「世界の大手自動車メーカー10社を対象にした気候変動対策の調査において、ワースト3を独占する結果となりました。かつて、日本の自動車産業やその技術は世界から一目置かれるものでしたが、時代に適応した変化を遂げることの大切さを顕著に示していると考えます。

世界では、すでに「GHG*スコープ3」までの脱炭素を求められるようになってきています。そのため、たとえば製造業であれば、国内外に関わらずスコープ3を達成している企業から原料調達する動きが広がっていくでしょう。そうすると、対応していない日本企業は取引先として選ばれなくなる厳しい未来が見えてきます。

*GHG(Green House Gas)
二酸化炭素やメタンなど、温室効果ガスの排出量のこと。

西澤:環境に配慮した原材料の価格は今でこそ高い高いと言われがちですが、規模の経済を考えれば、コストは次第に下がっていくのは確実だと思います。

諸富:またEU-ETS(欧州連合域内排出量取引制度)の存在も、重要な課題でしょう。日本は確実にカーボンプライシングを進めていかないと、今後、欧州への輸出すらままならなくなっていきます。つまり、欧州市場から締め出されてしまうというところまで来ているのです。

こうした状況を受けて、日本政府はカーボンプライシングに対する許容度を高めたように思います。経産省も、脱炭素に向けた取り組みを進めていかなければ、それは日本企業の衰退を意味するということにようやく気づいたのかもしれません。

カーボンプライシング導入で日本企業の構造転換は加速する

西澤:報道によれば、日本企業でもすでに280社ほどがICP*を導入/2年以内の導入を予定しているようです。価格は企業によってそれぞれですが、だいたい1万円前後の設定が多いかなという印象です。ICPの導入は、円安ということもあって日本企業にとっては負担増なようにも思えるのですが、ここをどういう風に成長戦略に変えていくかは非常に重要なポイントと認識しています。

*ICP(Internal carbon pricing=社内炭素価格)
脱炭素投資推進に向け、企業内部で独自に設定/使用する炭素価格。

とは言っても、短期的には残る企業とそうでない企業が出てくるわけで、混乱が予想されるのではないかとも思います。初期の価格調整などにもよるでしょうが、そのような状況を見据えた緩和措置のようなものは考えられているのでしょうか?

諸富: 排出量取引制度の場合、排出権の初期配分は無償で配るかオークションで配るかの2方法ありますが、日本でもEUと同じように無償配分で始めるのではないかと思います。たとえば、欧州では排出量取引制度に参加するならば初期配分は無償としており、逆に同制度に参加しない場合は炭素税を支払うという仕組みになっている国が多いです。もっとも、排出量取引に参加すべき企業は法的に決められているため、一定規模の企業は強制加入となります。

日本のGXリーグ*のように参加が企業の自主的な判断に委ねられてしまうと、排出量取引に参加しないことに対する何のペナルティもないため、カーボンプライシングの実効性が低下するでしょう。こうなると、脱炭素に向けたスピード感という面では欧州に劣る面があることを否めません。

また、初期配分を無料で配ると、保有排出権以下に排出量を削減できた企業は余剰排出権を売り、一方で十分に減らせなかった企業は不足分の排出権を買うという状況が生まれます。その取引マーケットは、誰も介入しなければ市場取引の結果として排出権の市場価格が付き、EU-ETSだと現在70ドルほどだったかなと記憶しています。国際的にこの水準価格が妥当だという認識ができてくると、ある種の競争ルールが成り立っていくはずです。つまり、このぐらいの炭素価格を払って競争するというのが公平な競争だという感覚が、常識になっていくと思うのです。

*GXリーグ
経産省が2050年のカーボンニュートラル実現と社会変革を見据えて立ち上げた、「GX(グリーントランスフォーメーション)ヘの挑戦を行い持続的な成長実現を目指す企業」と「同様の取り組みを行う企業群」が官・学とともに協働する場。

西澤:なるほど…。環境に対する悪影響を防ぐ措置を取り、その対価を払ったうえで競争するというのがフェアな競争だと認識される世界になっていく、というわけですね。企業にとって、カーボンプライシング導入を見据えた成長戦略は必須と言えそうです。

諸富:とはいえ、カーボンプライシングの導入において、企業にとっての「公正な移行」が行われる環境を整えることは、必ず取り組まれるべき政策措置だと思います。現時点でCO2を大量に排出しているため、炭素価格をフルに支払わなければならず、結果として厳しい状況に陥る企業というのは少なからず出てきます。

そのため、たんに省エネに取り組むだけでなく、事業構造の変革を見据えたリストラクチャリングに企業がどこまで取り組むかは重要なカギです。十分な対応ができず、雇用を縮小させる企業も出てくるかもしれません。したがって勤労者に対しては、適切なリスキリング・プログラムを提供して、他企業でも仕事ができるようなスキルを育成するとともに、失職している期間は失業給付や住宅手当、家族手当などの支給で移行支援を行う必要もあります。

しかしながら、こうしたセーフティネットが整備されているからこそ、企業は本気で排出量を減らす努力を行うことができるともとらえるべきです。カーボンプライシング導入がいざなう事業構造の「転換」と「移行」に企業が適応していくことは必須であり、それを政策的に支援する措置の導入が不可欠と言えます。

今後、ビジネスを「非物質的」な方向へ転換する企業も増えていくでしょう。カーボンプライシングは、そういうビジネス転換や産業転換をうながす好機にきっとなるだろうと思います。

 西澤:段階的にカーボンプライシングの価格を上げていきつつ、中期的な方針として「ビジネスの非物質化」へ向かうというのは重要なキーワードの1つだと思います。そのなかで、企業組織がビジネスモデルの転換や人材の移行をスムーズに行っていくための補助金が必要になってくるかもしれませんね。

 諸富:はい。炭素税は、そういう移行プログラム構築のための財源として活用すべきではないか、という議論になっています。

 西澤:なるほど。たとえば、炭素税の導入や排出権取引によって得られる投資資金の振り向き先が、既存産業の保護政策に向かわないようにするだけでなく、労働者のリカレントをうながしていったり、サービス系/再エネ系企業への投資を強めたりしていく、ということですね。

諸富:かつての日本では「企業や産業が構造転換すること=重厚長大産業に打撃を与え、日本経済を沈没させることに繋がる」とこれまで批判されてきました。それに対する有効な反論は難しかったというのが、約10年前までの時代です。
しかし、脱炭素に向けた対応が、

  • ちょうど良い産業転換のきっかけ

  • 新しいビジネスを開拓するきっかけ

  • 現状から脱却して付加価値の高いビジネスに移行していくチャンス

としてとらえられるようになり、世界的に脱炭素社会へと向かう時代がやってきたと感じます。

 西澤:海外は2030年に向けて具体的な計画を実行できるフェーズになっているということ、また日本においてもようやく実践フェーズに入りつつあるということを改めて感じました。11月6日(日)からエジプトで開催されるCOP27で、各国からどんな提言があるのか、いっそう注目したいですね。

次回の対談、11月末ごろ公開予定の#06では、COP27の開催を踏まえ世界が今後どのように動いていくのか、日本企業は何を行動すべきかを交えてお話しできればと思います。

文責:岡 小百合

※取材内容および所属・肩書等は2022年10月収録当時のものです

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