脱炭素時代のリスキリング|社内完結型から脱する人材戦略 Members+対談#03
「経営x脱炭素」に関するトピックについて、有識者とメンバーズ専務執行役員である西澤が意見を交わし合うシリーズ企画。#03ではデジタル人材の育成に実績のあるメンバーズ専務執行役員/メンバーズキャリアカンパニー社長の嶋津も加わり、京都大学大学院の諸富 徹 教授と「脱炭素時代のリスキリング」をテーマに語り合いました。
デジタル技術の発達とともに企業にとって欠かせない取り組みとなっているリスキリングは、単なる能力開発という目的だけでなく、企業価値の向上や脱炭素社会の実現という観点からも非常に重要です。脱炭素時代において企業のリスキリングはどのようにあるべきなのか?三者とも活発な意見が交わされました。
企業のタコツボ化と日本社会のゆでガエル化
西澤:脱炭素時代を迎えた現代では、新たなスキル・知見を持つ人材の育成が求められるようになっていますね。メンバーズでは、事業ドメインこそデジタル領域であるものの、脱炭素を経営の大きな軸に据えています。社会のデジタル化が進むことによってビジネス変革につなげ、間接的・直接的に炭素排出量削減が進むのではないかという、とてもシンプルな考え方がベースです。
世の中の情勢を見ると、デジタル人材はその需要の拡大に追いつくことなく不足しており、課題視されています。そのため、メンバーズでは未経験の新卒を採用し社内で育成することに力を入れていたり、社外に向けたデジタル人材育成の取り組みを行ったりすることで、世の中にデジタル人材を輩出していこうという方針をとっています。
嶋津:圧倒的に欧米諸国に比べて…もしかしたら今ではアジア圏の中でもそうなのかもしれないのですが、日本にはデジタル領域で仕事ができる人材が圧倒的に不足しているというのが現状です。当社が社会に貢献できるとしたら、そういう人材をいかに世の中に生み出していくか、というところなのではないかと考えているのです。
ただ、比較的変化の激しい業界だという部分に課題も感じています。たとえば、インターネットやスマートフォンなどの新しいデバイスが普及したときのことを思い返すとイメージしやすいと思うのですが、環境やインフラが変化して実際に普及する以前に「普及するかもしれない」という兆しをいち早くキャッチアップしていく必要があるのです。そのためには、個々の人材のスキルが向上するような取り組みを深めていかないと、どんなに志を高く掲げても、社会に通用しない人材を輩出しているということになりかねません。
西澤:育成した人材が社会の戦力にならなければ、まったくもって意味がないと思っていますので、新しい技術にできるだけ追いついていけるような、変化の激しい時代において半歩先を常にリードしていけるような集団でありたいと考えているのです。
嶋津:だからこそ、リスキリングが重要なのではないかと感じています。新卒で入社してデジタル関連の基礎学力を修得した後の、会社にも慣れ日々業務上のミッションと向き合うことで手一杯になる、3年目、5年目…いわば中堅層の人材のモチベーションアップにつながるようなチャンスと刺激を、どう創り実践していくのか…。
西澤:会社自体が外部からの刺激を受けず、自社という殻に閉じこもってどんどんタコツボ化していく話と、日本社会が変化に疎いゆでガエル状態になっている話とも近しいと思っているので、これは日本社会全体の課題とも言えるでしょう。会社として、常に新しい水に入れ替えていくという取り組みは成されているとは思うのですが、どうしても日本社会の仕組みそのものなどが障壁になっている感があるのです。
社内完結型で終わらせない、環境変化で刺激を与える人材育成を!
西澤:他の国はどのように、こうした課題を乗り越えているのでしょうか?
諸富:おそらくアメリカの西海岸あたりでは、雇用した人材の何割かが社会に流出していくことは、織り込み済みなのだと思います。シリコンバレーの世界では、人材がぐるぐる回っている、と表現したらわかりやすいでしょうか。デジタルの世界は動きが速いので、勤める会社を変えてみることによって、「こんなこともあるのか」「こんなことも始まっているのか」という気づきを得られるんじゃないかと思います。
つまり、社内完結型でない形にすることで人材は刺激を受け、さらなる学びの必要性を感じることになるのではないでしょうか。ただ、会社の中でそれを常に喚起していくというのは、かなりチャレンジングな取り組みになるのではないかと思います。人材教育をした後で、一定数の社員に出ていかれてしまうリスクを覚悟する、ということでもありますから。
嶋津:IT業界の離職率は約30%ほどだといわれています。当社は8%程度なので、業界では低い方だと認識しています。メンバーズグループは、ミッション・ビジョン経営を行っているので、そこに共感したタイミングで新卒生が入社してくれるというのは、離職率の数字につながる大きな要素かなと思っています。
その一方で、デジタル人材は常にチャレンジできる環境を求める特性があります。そのため、新しくて、面白くて、わくわくしながらチャレンジできるような環境をいかに社内で担保するのか、ということは1つの課題だととらえています。
たとえば、実際に当社で実施している、非営利団体などとコラボレーションして日本中の小中学生にプログラミングを教える取り組みなどもその一環です。2年目、3年目の社員たちが、名古屋や北九州の学校に赴いています。このような取り組みが、「未来のデジタル人材育成をしているんだ」という彼らの実感につながっているようです。
また、今後は「プチ留学制度」も進めていきたいと考えています。これは、社会課題解決型ベンチャーのプロジェクトに、当社の若手デザイナーやマークアップ・エンジニアを参加させていただくことで、実際にものづくりを共創しながら社会課題を解決する取り組みです。
いずれも、会社の中にいながら外の刺激を得て、それを再び社内のエネルギーに還流させたいという意図があります。
諸富:すばらしい取り組みですね。おっしゃる通り、デジタル業界は常にレベルアップした仕事を求めて居場所を移っていくことを厭わないタイプの人が、一定数いる分野であることも事実でしょう。そうだとしても、本当に良い会社であれば一旦外に出たとしても成長してまた戻ってきてくれる、ということもあるかもしれません。
嶋津:当社にはまさに、そうした人材に戻ってきてもらえるチャンスと考え「リメンバーズ」という制度も設けています。
大学院レベルの教育が企業に優位性をもたらす時代に
西澤:大学院の現場などでも、リスキリングに通じるような学び直しのニーズがあると聞きますが、いかがですか?
諸富:たとえば、事例が多数集められることで、さまざまな業種の多様な事例分析が可能になります。また、世界と日本の経済・産業・金融に関する主要データベースが大学に保有されており、いつでも利用可能なので、それらを活用した分析も可能です。また、こうしたデータによる分析を行うためのツールとして統計学や計量経済学の手法を学ぶことができます。
これらを学べば、定性的にだけでなく、定量的な分析も可能になります。さらに、大学院では理論を学ぶので、客観的あるいは包括的な物事の見方を獲得できます。こうしたことは、大学院で学ぶ価値であり、大きなメリットでしょう。
社会人としては、一度実践の現場を離れて学び直すことで、全体像を把握し、そのうえで今の自分がいる場所を全体の中に描くことができる。だからこそ、「次にこの社会がどういう方向へ向かって行くのだろう」ということを考える基盤も構築できるように思います。
嶋津:実際に希望者は増えているのですか?
諸富:この20年間ほど、如実に増えています。学び直しの場としての需要があるだけでなく、出口として企業からの引きも強く驚いています。これまでの日本の企業では、「学部卒のまっさらな新卒を自社カラーに染めていきたい」というのが定石でしたが、近年ではそういう採用事情が少し変わってきたな、という感じがしています。
製造業などの分野には現在も従来型の趣向が残っているように感じますが、一方シンクタンクやIT系、金融機関など、データを取り扱ったり分析的な業務があったり、あるいはアートやクリエイティブな側面が必要な企業では、大学院レベルのトレーニングを経ている人の方が入社後に発揮できるパフォーマンスが高いと気づき始めた表れかもしれません。
西澤・嶋津:なるほど・・・!新たな流れができ始めているということですね。
諸富:これまでの多くの日本企業には、大学院を出ている人材はかえって使いにくいというイメージがあったようです。それに対し特に欧米系の企業の人材は、修士号を持っていることが当たり前、博士号を取って当たり前という世界です。国際的なビジネスの動向からすると、以前は大学か研究機関に所属していたタイプの学生が、今ではGAFAやその他IT系企業にエコノミストとしてたくさん存在しています。
現在は、データを分析して社会課題を解決するビジネスがたくさん登場しているからこそ、経済分析をはじめとして「分析できる人材」の価値が高まっています。また、この分野では高額の給与を提示されるため、学生にとっても魅力的な領域となっているという点も特徴です。そのため、企業としては、大学院卒を含めて採用する人材の幅を広げていかないと、競争で勝てないという時代になってくるのだと思います。
脱炭素経営は、社内外に拓かれた環境で相乗的に高い成果を目指すべき
嶋津:大学院卒をはじめとするそうした人材は、機会さえあれば自分自身で自由に学び直しをくり返してスキルを向上させ、伸びていくように思います。しかし、そうした一部の人材だけでなくすべての人が、自身のスキルや、刻々と変化する環境に対応していく力を向上させていくことは、これからの日本企業に共通する課題なのではないでしょうか。
西澤:感度の高い人材だけでなく、すべての人材が自らの意志で動いて初めて、脱炭素や社会課題解決の取り組みが回り始めるのではないか。そう思っているのですが…。
諸富:外部環境の変化に敏感な感覚を修得できるような環境やしくみを設けることが、企業の課題なのかもしれませんね。脱炭素でもデジタルの技術でもそうですが、直近の仕事がまだそれらの社会的課題とは無関係な状態にあったとしても、現実として変化がひたひたと迫って来ていて、それが進行したら今の流儀や方法では仕事を取れなくなっていくという危機感を、まずは外部からインプットする機会を作っていく必要はありそうです。
嶋津:裏を返せば、チャレンジしたくなるような、刺激につながる機会や環境をつくっていく必要がある、ということですね。社員がわくわくとチャレンジできるような仕事を作っていけば、おのずと外部環境の変化や情報をキャッチアップしていくようになるでしょうね。
西澤:また、それと同時に、企業としての魅力を増していくことも重要なのではないかと感じます。
嶋津:たとえば、再びメンバーズを例にお話すると、脱炭素などの社会課題解決もビジネスとして取り上げていますが、現状では「各企業の経済合理性の観点から脱炭素に取り組みましょう」といった域をまだ出ていないと感じています。
そこから一歩踏み込んで、各企業の脱炭素やグリーンエコノミーの取り組みをコンサルティングするなど、具体的な取り組みを進めていきたいと考えています。そうした取り組みはきっと、社員一人ひとりにとって、メンバーズにいることがリアルに脱炭素につながるという実感につながっていくことでしょう。それにともなって、人材にとっての企業としての魅力と価値も倍増するように思います。
西澤:脱炭素社会を目指すミッション・ビジョン経営を採用しているがゆえに、そこが最大の動機付けにならないといけないな、という風に思います。
個々の社員に、「脱炭素社会の実現に資する取り組みを自分たちが実践しているんだ」という実感を持ってもらえるかどうかが、メンバーズにとっては1番のリスキリングの外圧なのかもしれません。先生とお話しながら、そう思いました。
嶋津:そうですね。今では、企業が脱炭素に向けて取り組むことがすでに足元の課題となっています。このような取り組みは経営方針や事業構造そのものを転換していかなければならないほど大きなものです。
だからこそ、脱炭素にかかる業務を外注に任せっきりになるということは避け、さらには社内完結よりも一歩先へ進んで、産学連携しかり社外との関係の中で相乗的に高い成果を追求/創出していくことが重要だと考えます。
一企業が経営方針として当たり前のように脱炭素を目指していくということこそが、経営ⅹ脱炭素におけるリスキリングの根底になる、と言えそうですね。
文責:岡 小百合
※取材内容および所属・肩書等は2022年8月当時のものです
この記事を読んだあなたへのおすすめ
▼ セミナー(視聴無料)
≪ メンバーズへのお問い合わせはこちら ≫