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経営視点で見る最新エネルギー事情 ~DXとGXによる脱炭素化が競争力に直結~

企業経営層の方や事業責任者の方に向けて、「経営 x 脱炭素」にまつわるコンテンツをお届けしているMembers+。今回は2022年7月に開催されたメンバーズユーザー会(お取引先さま向けイベント)における、京都大学大学院 諸富 徹教授のご講演内容をお届けします。

諸富先生は、「DXとGXを掛け合わせた付加価値の創造が今後の産業構造を左右する」と言います。
講演では、「経営視点で見る最新エネルギー事情」をテーマに、脱炭素社会に向けた世界企業/日本政府の動きや、それによる経済・産業への影響、企業として何をどのように取り組んでいくべきなのかについてお話しいただきました。

≪ 講演者プロフィール ≫
● 諸富 徹氏(京都大学大学院 経済学研究科 教授)
メンバーズの脱炭素DX推進領域アドバイザー、環境経済学の専門家。
特に環境税、排出量取引制度など気候変動政策の経済的手段(カーボンプライシング)の分析やグローバル経済/デジタル経済下の税制改革といったテーマに取り組まれている。直近では、「資本主義が脱炭素化/デジタル化に向けて変容していく中で、市場と国家はどうあるべきか」を問う研究にも従事される。


脱炭素やエネルギー周りのビジネストレンド

諸富氏:本日は、メンバーズさんの場なので、Webやデジタル化にかかわるテーマに触れながら、脱炭素化、気候変動、カーボンニュートラルというテーマで企業経営に関わる皆さまに向けてお話してまいります。

2021年3月、アップル社が自社だけでなくサプライチェーン全体で「再生可能エネルギー100%振り替えていく」と事業構造の転換を発表したことは、大きなニュースとなりました。
インターネット産業では無形資産ビジネスの形態をとることが多いため、CO2の排出量は少なく、エコな業界だと思われがちですが、電力を多く消費するという特徴があります。Webサイトを1ページ読み込むだけでもCO2は排出されており、インターネットの利用人口が増えるにつれ、インターネット産業が排出するCO2量が問題視されるようになりました。上記のような取り組みはアップル社含むGAFAにとどまらず、世界各国の企業において電力の脱炭素化・再エネ100%化を求めるようになってきています。

また、現代の消費者意識として、社会課題やその解決に向けた取り組みに対する興味関心は強まっており、企業が大々的に脱炭素化に取り組むことがユーザーからの信頼獲得につながりやすくなってきています。このことからも、未来のビジネスを考えるうえで「脱炭素」というテーマは無視できないトレンドになっていると言えるでしょう。後述しますが、再エネ普及に向けて「水素」の活用が世界的に注目されるなど、脱炭素に向けた動きが加速しています。

しかしながら、我が国日本においては、再エネがわずか2割超しかないという実情があります。企業が電力を減らす施策に身を投じようにも、そのための設備が普及しきっていないため、やりようがない状況です。そんな日本において、再エネをどのように推し進めていくのかということを、企業が取り組むべきことや現状、立ちはだかる障壁などを交えてお話しいたします。

脱炭素社会に向けて企業が取り組むべきは「エネルギーの脱炭素化」と「事業構造の転換」

講演資料:p.07(講演資料は記事下部にございます)

では、実際に脱炭素化を進めていくにあたり、企業はどのようなアクションを起こす必要があるのでしょうか?企業が取り組むべきことは大きく以下の2つが挙げられます。

1.「エネルギーの脱炭素化」
2.「事業構造の転換」

①エネルギーの脱炭素化

自社が使用している電力・ガス・ガソリン/軽油といった化石燃料のエネルギー使用量を把握し、透明化を図る必要があります。省エネの可能性を追求するにあたり、事業のどの部分で省エネが可能かをコスト検証しながら安い手段から順に着手することで、使用電力の再エネ比率を引き上げていくことが大切です。
もし、どうしても化石燃料を使用しなければならない場合や化石燃料からの脱却が難しい分野では、代替可能ならCO2排出の少ない燃料(石炭>石油>天然ガス)に転換するなどの工夫も必要です。

②事業構造の転換

前提として、今後、政府だけでなく投資家や取引先、消費者から脱炭素を求められる時代になるということを理解することが重要です。脱炭素化をコスト要因とだけとらえる見方からいち早く脱却し、脱炭素化を新たな付加価値の創出手段としていかに転化できるかがビジネス成長の鍵になってくるでしょう。具体的な手段や施策、事例に関しては後述いたします。

経済産業省「クリーンエネルギー戦略中間整理」

講演資料:p.8~17

それでは、国の戦略について最新の状況をご説明していこうと思います。経済産業省による「クリーンエネルギー戦略中間整理」のお話へ進むにあたり、脱炭素化の経済・産業への影響(講演資料:p.2~6)も交えながらお話しいたします。
 
ロシア軍によるウクライナ侵略を受けて、改めて「エネルギー安全保障の確保」が諸外国でも重要な課題として浮上しました。欧州は短期的にロシア依存を急速低減させ、ガスの共有先の多角化や原子力の有効活用などを進める方針を示しています。また、中期的には、化石燃料への依存を段階的に低減させ、「クリーンエネルギー」への移行を加速させる方針です。特に、域内の排出量取引(EU-ETS)と炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入により、国際的な産業競争のゲームチェンジを実施し、それと同時に大規模な政府支出による産業競争力の強化を目指しています。
 
この背景から、国際的な資源・エネルギーの価格の高騰に加え、円安の進行によるエネルギーコストの負担増加が考えられます。そのため、日本においても石油ショック以来の大幅な構造転換を進めていく必要があると言えるでしょう。

「電化/省エネ」は脱炭素に向けた重要なファクター

実際に、企業が脱炭素に向けて取り組みを進めていくにあたって押さえるべきは「電化/省エネ」の重要性です。これらは特に、エネルギーの転換や産業、交通の3部門において特に力を入れて推進されることになります。
 
電化とは、化石燃料を燃やして行われる経済活動を電気に置き換えることです。たとえば、従来型の自動車をEV(電気自動車)に置き換えることでCO2の排出をゼロにするといった動きが挙げられます。実際に、ガソリン車・ハイブリッド車の販売を禁止する国がかなり多くなってきており、EV推進に向けた動きがどんどん強まってきています。日本においてもガソリン車の販売禁止やEV推進に向けた取り組みが進んではいますが、諸国とは違いハイブリッド車の禁止にまでは至っていないという現状があります。このような状況の国は世界的に見ても日本と中国くらいしかなく、世界情勢と比較すると日本の自動車産業の在り方を見直す必要が出てきています。
 
なかには、「仮にEV社会が実現したとしても、電源において化石燃料を燃やして電気をつくっていたら意味がないのでは?」という声も上がります。このような意見は、その限りで見ると正当な批判ではあります。しかし、いまの世の中が求めている究極は「カーボンゼロ」であるということから目をそらすことはできません。それに向けた取り組みのあらを捜し、否定をして実施してはならないとなってしまうと何も変わらないため、それよりも、EVを「使う局面」でも「元の電気を作る局面」でもいかに脱炭素を進めていくことができるか、を考えるほうがはるかに重要です。そういう意味では、結果的にEV社会を実現せざるを得ないという事実に変わりはないでしょう。

※1 講演資料:p.11

また、省エネとは作ったエネルギーを無駄なく効率よく使用することを指します。しかし、従来の建築物省エネ法は、※1からも読み取れるように「省エネ基準はできているが、その基準を守らなくてもよい」という法律で、そこに記された断熱・省エネ・創エネの水準も国際比較すると非常に低いものでした。建物の構造的に風通しの良さを追求する建築は日本の伝統とも言えますが、現代では空調による冷暖房が主流になってきているということからも、時代に即した法律への変革が求められていました。
 
そこで、21年8月に行われた国交・経産・環境の3省合同の検討会において「新築住宅の約6割に太陽光パネルを搭載する」という法案が出され、22年5月の国会で通るなど、建築物省エネ法における省エネ対策の強化が図られています。これまでは届出義務のみで省エネ基準との適合義務をかけていない状態だったものが、いまになってようやく守られるようになり、今後省エネに向けた社会の動きがより一層加速していくことになるでしょう。東京都でも、「新築住宅あるいはビル、建築物すべてに太陽光パネルの搭載義務付ける」という条例が可決に向かっており、大きな動きとなることが予測されます。
 
これらの要素からもわかるように、「電化/省エネ」は脱炭素に向けた重要なファクターとして位置づけられています。

電力需給の構造変化と新たなビジネス誕生の可能性

脱炭素化社会を実現するには、自社だけでなくサプライチェーン全体で取り組んでいく必要があります。その影響により、生産・物流でガソリン/軽油を用いていたり、電力を大量に使用していたりする場合は、既述の政策により当面のあいだ生産コストやエネルギー価格が上昇に苦しむことになるでしょう。
 
しかしながら、脱炭素に向けた取り組みに対応できない、あるいはしなかった場合には、金融機関・投資家が投融資を引き揚げたり、取引企業から取引解消されてしまったり、カーボンプライシングが導入される場合はその費用的負担ものしかかってくることになります。このような動きからも、脱炭素社会の実現が急務であること、業種問わず再エネ・脱炭素電源への移行が必要です。脱炭素と企業ないしは経済の成長・発展を同時に実現するためには、産業構造に加えエネルギー需給構造も転換させ、その仕組みに新たなビジネスを交えて発展させることが求められます。

講演資料:p.10

エネルギー需給構造の転換では、「DR(ディマンドリスポンス)」による再エネの最大活用と電力系統増強のための大規模投資が必要です。
 
東京電力管内の停電危機が22年3月に起こり、経済産業大臣がテレビで「今晩、とにかく節電お願いします」と急遽呼びかけました。この一件は、小売り電気事業者が個別に需要家と契約を結ぶDRによって、電力の需要側を柔軟に動かす工夫や仕組みを構築することの重要性を再認識させる機会となりました。
 
DRでは電力需要パターンを変化させ、電力需給のバランスをとることが可能です。その需給構造にDXやGX*を組み込み、要素をビルや家庭、工場に取り入れることで、市場価格に連動して自由かつ柔軟かつスマートに電力需要をコントロールできる仕組みを構築できます。そのため、図のような電力需給構造が実現すれば、テレビで消費者に呼びかけるという、ある種アナログな方法をとらずとも、無駄なく確実に電力をコントロールすることができるようになるでしょう。この分野はDX技術が入り込んでいくべき特に重要な領域と言えます。

*GX(グリーントランスフォーメーション)
2050 年カーボンニュートラルや、2030 年の国としての温室効果ガス排出削減目標の達成に向けた取り組みを経済の成長の機会と捉え、排出削減と産業競争力の向上の実現に向けた経済社会システム全体の変革。

参考:経済産業省「GXリーグ基本構想」
※2 講演資料:p.12
講演資料:p.13

また、今後日本の再エネを増やしていくための切り札となるものは「洋上風力発電」です。日本における洋上風力促進区域の3区域を三菱商事さんが総取りをしたというニュースはご存じの方も多いでしょう。※2で示された辺りは世界でも有数の風況の良い地域として知られており、外資が虎視眈眈と狙っているという状況です。
 
そして、洋上風力発電により作られた電気を日本各地で効率よく使用できるようになるには、20世紀型の「集中型電力システム」から「分散型電力システム」に切り替えていくことが必要です。実際に、このような社会へ移行するための技術はすでに確立され、原理的には解決可能とされていますが、実現に向けて電力系統を増強するための大規模投資が必要ということで資金面の課題を抱えています。
 
しかしながら、電力系統増強に向けた取り組みは徐々に加速していく見込みです。これにより再エネの活用がDRで活発化する社会が実現すれば、多種多様な蓄電池や蓄熱、あるいは系統をコントロールするための情報のやりとりが必要になります。たとえば、電気価格が変動するため、その変動に合わせて需要を上げ下げしたり、マッチングさせたりするためのデジタル技術などが必須です。このように、DXとハードな部分をうまく組み合わせていかなければ、上記社会の実現は成しえられないでしょう。
 
動く蓄電池でもあるEVのように、多彩な蓄電設備が誕生していく社会を迎えるにあたって、それらをどのように組み合わせて電気を最適に動かしていくか、いかに持続可能なサイクルを生むことができるか、というような考え方がいまにない新たなビジネスの誕生につながっていくと確実視されています。

講演資料:p.14

エネルギー集約型/素材産業の「脱炭素製法」への転換と注目される「水素」の価値

電気のCO2排出量を使う局面だけでなく、作る局面でも減らしていく必要があると前述したように、電源分野における化石燃料の脱却は不可欠です。しかしながら、エネルギー集約型産業/素材産業における「脱炭素製法」への転換が壁として立ちはだかっています。

典型的な例は、鉄の製造です。現在は高炉(溶鉱炉)という製鉄法が主流ですが、製造量1kg当たり約2.2kgという大量のCO2を排出してしまうという特徴があり、CO2発生の原因である「コークス」を使用しない製造方法への転換が求められています。

そこで、近年注目を集めている製鉄方法が、「水素還元製鉄」です。コークスの使用をやめ、製鉄所内で発生する水素を直接高炉に吹き込むことで鉄を取り出す方法で、世界中が「水素」の利用価値に関心を寄せています。

とは言うものの、現在の高炉ではそのまま水素還元製鉄に置き換えることはできないため、大幅な製法転換とそのための莫大な投資が必要です。経産省は各産業鉄鋼やセメント、紙パルプといったエネルギー集約産業の製法をまるっきり脱炭素に置き換えたらどうなるのかという研究を進めています。そして、もし現在知られている技術によって脱炭素の施策を取り入れた場合、どれぐらいのお金・投資が必要になるのかという観点から、後ほど説明する「グリーンエネルギー戦略に関する有識者会議」で発表された「150兆円の投資」という数字が出されました。

再エネの安定化には電気を売買する仕組みづくりが必須

前述のような施策を進めていくには、それはもう大量の水素を作る必要があります。しかし、現在の水素製造法においても化石燃料の間質で作られる場合がほとんどという課題があります。水素に切り替えて鉄を作るところでは脱炭素できるが、水素を作る段階でまだCO2を排出している、というイタチごっこの状態です。
 
水素の製造段階でも脱炭素を目指すためには、「水の電気分解」による製法へと切り替えが必要となりますが、この辺りは再エネ先進地域である欧州が早くから先鞭をつけています。欧州地域の戦略は一言でいうと「大量の再生可能エネルギーで電気を作る」というものです。再生可能エネルギーは変動電源のため、たとえば風が吹くときは一気に電気を作ることができますが、逆に風が弱い日は電気の製造が止まってしまうため、実際のマーケットの価格動向は振幅しています。
 
そこで着目すべきは、欧州のマーケットは「マイナス価格を許容する」姿勢があるということです。風が強くたくさん吹いている瞬間は電気市場価格がマイナスになる、つまり電気を買う人がお金もらえる状態になります。水素製造者たちはそこに狙いをつけ、お金もらいながら電気を引き取り、水素を作っています。これは、廃棄物などを「お金を払うから引き取ってください」と言っているのと同じ状態です。電気は貯められない、蓄電できないという特徴があるため、作った瞬間に消費してもらわないと困る「同時同量」が必要な財サービスです。しかし、水素は電気と違い貯めることができるため、電気がマイナス価格のときにたくさん作っておいて、電気価格が高いときなどにジワジワ消費していくという仕組みをとっています。
 
これは、電気の変動電源である再生可能エネルギーを安定化させるために重要な仕組みです。電気を作りすぎたときは水素がいわば貯蓄貯蔵庫のような役割を果たし、逆に風が吹かなくて電気が足りないときは水素倉庫から出すことができる、という持続可能なサイクルが生まれます。
 
このようなエネルギーの循環を生む社会に移行することこそ、脱酸素化された世界の実現につながると言えるでしょう。

GDPは上げつつCO2排出量は下げていくというデカップリングの実現

欧州では祖業がどうであるかはこだわらず、CO2大量排出しているこのビジネスから脱却するため事業構造自体を転換し、より付加価値の高い業種・業態・ビジネスに変革する企業が多く出てきています。それらの取り組みの社会的影響も現れ始めており、欧州の国々の過去30年間ぐらいの動向をみると、GDPは右肩上がりを続けながらもCO2の排出量は下がっていくというデカップリングが起こっています。このようなデカップリングを起こすための経済構造の整備を先進的に進めてきた結果と言えます。
 
一方で日本は、残念ながらごく最近までGDPとCO2排出量は絡みついてほぼイコールの状態でした。この現状から考えると、20・21世紀型の経済構造になれてないということがわかり、脱炭素社会の実現に向けた対応の遅れによる格差が、より顕著になってきたと言えます。日本においてもカーボンニュートラルを目指した産業構造の転換を図り、産業を構成する企業体や各企業の経営・組織戦略を「高度経済成長期の稼ぎ方」からCSV経営のような「経営によって脱炭素を実現する新たな稼ぎ方」にアップデートしていくことが必要です。

講演資料:p.17

脱炭素社会実現に向け、注目すべき政策動向

講演資料:p.18~21

日本では「地球温暖化」や「脱炭素化」という話題は、少し前まではビジネスのメインストリームとして語られることはほとんどありませんでした。しかし、2020年10月に行われた菅 義偉前首相の所信表明演説の際に「カーボンニュートラルの実現」が表明されて以来、非常に大きなテーマとしてビジネスメインストリームの話題の1つとなりました。
 
そして、その後すぐに「カーボンプライシング」という形で炭素に格付けを行う指示が下りました。このときはまだ検討段階でしたが、おそらく今年の夏以降、下記2点についての議論が繰り広げられるようになるでしょう。
 
●      炭素税
●      GXトップリーグ

新規国債発行による「炭素税」の導入

今年5月に開かれた「グリーンエネルギー戦略に関する有識者会議」にて岸田 文雄首相は、脱炭素化に向け今後10年間で官民合わせて総額約150兆円の投資を行い、そのうち約20兆円の政府資金を調達するため「約20兆円規模のGX経済移行債の発行を検討する」と、新たな国債の発行を表明しました。
 
岸田首相は「従来の本予算、補正予算を毎年繰り返すのではなく、複数年度にわたり民間の巨額投資の呼び水とするため、政府が支援資金を先行調達し、コミットメントを示す」と述べ、「GX経済に移行するための国債」という名目で政府資金を調達したのち、それを世界的に投資残高が右肩上がりを続けている「ESG投資」によって住宅ZEH化支援や再エネ普及といった民間投資支援に回していくとしました。
 
官邸は、約20兆円規模のGX経済移行債の発行と炭素税などの「成長志向型カーボンプライシング構想」を一体的に検討すると声明を出しています。

講演資料:p.21

GXリーグ参画企業による排出量取引

GXリーグとは、経産省が産学官金一体となり2050年のカーボンニュートラル実現を目指すことを目的として立ち上げた議論・取り組みの場を指します。「GXリーグ基本構想」への賛同企業は22年8月現在で総計440社にのぼり、この記事を読まれている方のなかにもすでにご加入の企業さまがいらっしゃるのではないでしょうか。
 
GXリーグは、自主参加自主取引で始まることが特徴で、参画企業や産官学を集めたのち3つの取り組みを提供するとしています。

  • 未来社会像対話の場:2050年カーボンニュートラルのサステイナブルな未来像を議論・創造する場

  • 市場ルール形成の場:カーボンニュートラル時代の市場創造やルールメイキングを議論する場

  • 自主的な排出量取引の場:自ら掲げた目標の達成に向けて自主的な排出量取引を行う場

 GXトップリーグでは参画企業が掲げるCO2排出削減目標に応じた「排出権」が配分され、企業は目標の達成に向けて許容された範囲内で総量排出をコントロールします。自社が得た排出権の枠を超えて排出してしまった場合は、排出量取引を行う場において穴埋めの排出権を購入する必要がありますが、逆に総量排出を抑えて余らせることができれば売却できるという特徴があり、排出源の売買というマーケットが形成されます。
 
この排出量取引は、政府がゼロから取り決める「税」とは違い、排出量取引制度や排出量取引所における権利の売買を通じて価格が決まっていくため、「規制+市場創出」の2側面を持たせることが可能です。最近では、東証でもマーケットを開設するというニュースが発表されました。上記のような仕組みづくりは、すでにヨーロッパ等が先進的に取り組みを進めていることではありますが、遅ればせながら日本においても積極的な姿勢が示されるようになってきたと言えます。
 
また、カーボンプライシング実現に向けたGXトップリーグは、22年秋に本格化していく見込みですが、経産省が最終的に十分なパフォーマンスではないと判断した場合には、国の削減目標と整合する形で総排出量の規制がなされる「EU-ETS」のような強制力のより強い排出量取引制度に移行することが予測されます。

【事例紹介】産業競争力としての脱炭素トランスフォーメーション ~経済の「非物質化」と「脱炭素化」の同時進行にどう対応するか~

講演資料:p.22~26

最後に、企業が具体的にどのようなアクションを起こしていく必要があるのかについて、事例を交えながらお話しします。

DXとGXを掛け合わせた付加価値の創造が今後の産業構造を左右する

アップル社が日本企業に求めてきているように、脱炭素の実現には企業が自社事業の使用電力を100%再エネでまかなうことを目指す「RE100」の達成はマストです。逆にそれを達成できない、再エネ100%で供給できない国日本となってしまうと立地危機に陥ることになるでしょう。
 
しかし、日本企業がRE100の達成を目指していくにあたり、工場を国内外のどちらに設けるべきかという課題が挙がります。これまでお話ししてきたように、日本ではまだ再エネを普及していくための仕組みが整っていないため、いま国内に工場を作ってしまうと化石燃料を増やしてしまうことになり、本末転倒です。そのため、RE100に加盟している村田製鉄所さんはフィリピンに工場を作るなど、再エネ100%ですべての電力供給がまかなえる国に工場を建設するという動きが日本国内でも出てきました。

講演資料:p.24

スウェーデンの親興電池メーカー「ノースボルト」は、EV用電池の大規模工場用地の建設場所について、さまざまな候補地のなかからスウェーデン北部の北極圏に近い田舎町シェレフテオを選びました。その理由は、前述した村田製作所さんの事例と同様に、電池製造に必要な大量の電力をすべて再生可能エネルギーでまかなうためです。
 
スウェーデンは全体の発電量の約4割を占めるほど水力発電が盛んで、水資源が豊富な北部を中心に発電されています。水力発電所は燃料費がかからず、設備の減価償却が進めば発電コストが下がっていくため、特に活発な北部地域の電力市場価格は20年に1キロワット時当たり0.15クローナ(約2円)と、日本の約5分の1という特徴があります。つまり、ノースボルトでは、バイオマス発電か何かで少し補えば100%再エネでまかなうことができる国ということです。
 
さらに、ノースボルトでは再生エネ利用に加えて、30年までに電池の材料の半分をリサイクル品でまかなう「世界でもっとも環境に優しい電池」を目指す取り組みも行っています。これは、その取り組み自体が良いというだけでなく、「我々ノースボルトは製造過程から100%再エネで実施する」という強い姿勢を示す重要なメッセージでもあります。EUはサーキュラーエコノミー(循環型経済)を構築しているため、電池の寿命がきた後も分解・再生することで、中のレアメタルを回収し再び使っていくというサイクルが構築されています。
 
このサイクルでは、同時に経済安保にも繋がっていくストーリーを確立していることが特徴です。日本においても再エネ利用によるサーキュラーエコノミーを実現し、事業の更なる発展を遂げるストーリーを生み出していくことが重要であり、DXとGXを掛け合わせた付加価値の創造が今後の産業構造を左右することになるでしょう。

【経済の非物質化】ビジネスの中心は有形資産から無形資産へ

今後の産業では、経済の非物質化と脱炭素化が同時進行していくと予測されます。これまで日本が力を入れてきた、工場を作り、物を作り、それを売って儲けるというビジネススタイルはこれからも経済の根本であることに違いはありません。ただ、GAFAを始めデジタライゼーションのさなかでまったく違う次元の利益を上げる企業も出てきており、そこにビジネス経済の中心がだんだん移っていっています。
 
では、製造業とサービス業で2分化されるのか?というとそうではありませんが、実は製造業もサービス化しつつあるということが注目されており、アカデミアの世界で分析されています。つまり、製造業はモノ作りを通じて顧客との関係を取り結び、同時に開発サービス提供することで収益を上げていく、そしてそのプロセスのなかで脱炭素化に対応していく、というような動きやビジネスが注目を浴びるようになっています。
 
そして、「経済の非物質化」はコト消費を中心としたサーキュラーエコノミーで実現可能です。典型的な事例でいうとGAFAのようなビジネススタイルを指すことになりますが、日本企業においてはGAFAのように有形資産をまったく持たない、ハードウェアとの関係を一切なくすというものではなく、ハードウェアを活用しつつも既存のものを発想転換し活用することで新たなビジネスを生み出していく、あるいはそのお金の回し方や費用の投じ方を工夫し、サーキュラーエコノミーを構築していくことが大切になってきます。
 
たとえば、Airbnbのようなサービスがこれに当たります。宿泊ビジネスでありながら自社で宿泊施設を建設することはせず、「宿泊空間を提供したいような人たち」と「ホテルや旅館などよりは安い宿に泊まりたい人たち」を、デジタルを通じてマッチングさせるサービスによって非常に高収益のビジネスを展開させることに成功しました。このように、ハードウェア(ここで言う宿泊施設など)を作り、活用したビジネスよりも遥かに高い収益率を上げられるビジネスは、10年以上前の日本ではなかなか想像しがたいものでした。既存のものに対する価値を見直し、発想を転換させることで従来型のビジネスとは違う非物質のサービスを提供していくという、違うお金の回し方、循環のさせ方に転換することが今後のビジネスにおいて肝となるでしょう。
 
また、上記で述べた経済の非物質化の中核を担う「無形資産」ビジネスを展開するには、人や研究という「知的財産」にかける投資が最重要です。昔はテック・テクノロジーというとハード技術のことを指していましたが、近年は無形のテクノロジーのことをテックと呼ぶようになりました。このように、「技術」という言葉1つにとっても無形化しつつあり、無形技術に対する研究によって開発された「新しい技術としての知的財産物」をベースにビジネスを展開していく動きが強まっています。
 
経済学では、昔から土地・資本・労働を生産関数としていましたが、土地はもうほとんど重要な部分を占めていないため、実情資本と労働を組合せたものを生産関数と考えていました。しかし、ここで言う「資本」すら、工場・ビルを建てるというようなハードウェアを指していたため、現在、そして未来のビジネスを考えるには合わなくなっています。つまり、ハードウェア(有形資産)ではなくなり、無形資産へ移行する現代を担うのは究極的に言うと「人」にほかなりません。そのため、人的資本投資というものが決算ビジネスを伸ばすうえで極めて重要ということです。
 
人的資本論の重要性というのは1960年代後半から話されてきました。それがようやく実を結び、「無形資産ビジネスを振興するためには、ハードなインフラに公共事業として投資をしたり、工場を作ることに対して減価償却のための優遇税制をかけたりすること」が経済成長であった時代が終わり、「人・研究開発という知的財産への投資」が経済成長を担うという認識に社会が追い付いてきたと私も実感しています。
 
そして、これからはGAFAだけが無形資産ビジネスを行うのではなく、製造業を含めたすべての事業が無形資産ビジネスと結びついていく、という脱炭素社会に一歩近づいた次の時代が訪れるでしょう。

ー 諸富先生ご講演資料 ー

文責:倉田亜季

※取材内容および所属・肩書等は2022年7月収録当時のものです

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