風と太陽で刷る大川印刷の挑戦−脱炭素が中小企業の未来をひらく–
率先して脱炭素に挑み続ける中小企業があります。横浜市にある老舗印刷会社、大川印刷です。従業員はパートも含めて40名ほどと小ぶりですが、大企業にも劣らない脱炭素やSDGsに関する画期的な取り組みを次々と打ち出してきました。創業140周年を迎えた環境経営のトップランナー、大川印刷の最新の取り組みを伺ってきました!
CO2ゼロ印刷と再エネ100%を実現
大川印刷のホームページを開けて最初に目に入るのが「環境印刷で刷ろうぜ」という文字。続けて、「お客さまのおかげで今日までに削減できたCO2の排出量」が示されます。これだけでも、脱炭素にかける本気度が伝わってきます。
大川印刷は、90年代からいち早く本業を通して環境問題と向き合ってきました。例えば、インキは石油系溶剤0%の植物性インキを、製本には針金を用いない製法を採用しました。また2004年からは、印刷用紙に森林認証のFSC®認証紙を採用し、現在では印刷物の83.1%がFSC®認証紙に切り替わっています。
大川印刷が脱炭素に本格的に取り組み始めたのは、2016年から。まず、印刷業から出るCO2排出量をカーボンオフセットして「CO2ゼロ印刷」を実現しました(※1)。続いて、2019年には自社の電力を100%再生可能エネルギーにしました。本社工場の屋根に出力90kWの太陽光発電を設置したことで、消費電力の20%をまかなえるようになりました(※2)。
さらに残りの80%の電力は、新電力会社「みんな電力」を通じて、横浜市と提携関係にある青森県横浜町の風力発電の電気を購入、また再エネの環境価値も購入しました。それにより、100%再エネ電力を実現しています。「風と太陽で刷る印刷」です。
大川印刷は、以前の記事で紹介した「再エネ100宣言 RE Action」にも参加しています。詳しくはMembers+の記事やインタビュー動画をご覧ください。
これだけでも十分すごいのですが、大川印刷はさらにその上をめざしています。
取引先(サプライチェーン)とともに脱炭素・再エネ化を目指す
少し専門的になりますが、温室効果ガス排出量を算定する国際基準として、スコープ(Scope)というものがあります(※3)。スコープのカテゴリーは3つに分かれています。スコープ1は事業者自らが排出する温室効果ガス、スコープ2は他社から供給された電気、熱・蒸気の使用にともなう間接排出を指しています。そしてスコープ3は、1と2以外の間接排出のすべてで、事業者の活動に関連する他社の排出も含まれます。これまで大川印刷が実現してきたCO2ゼロは、スコープ1および2の範囲でした。
スコープ3は、原料の製造や廃棄まで含む、サプライチェーン全体のCO2排出量をゼロにすることを意味し、1社の努力だけでは実現は困難です。そのため、スコープ1および2に比べて、スコープ3でゼロを達成するのはかなり難易度が高くなりますが、大川印刷はそこをめざしています。
取り組みのひとつとして進めてきたのが、サプライチェーンとして関わるパートナー企業と続けてきた脱炭素や再エネ100%をテーマとした勉強会です。その勉強会を通じて、最近になって製本会社が再エネ100%に切り替えたり、印刷用アルミプレートのメーカーやインキメーカーが、カーボンオフセットをした製品を大川印刷に納品したりという成果も出てきました。
それにより、新型の印刷機(LED -UV印刷機)で刷る印刷物については、印刷用アルミプレートに加えて、インキのCO2のゼロ化も実現されました。これは大川印刷が使用するインキの約3割を占めています。また、大川印刷の印刷物は、従来はスコープ1と2に関してすでにCO2ゼロでしたが、2021年10月から顧客に対して有償でスコープ3についてもゼロにした印刷物を提案することができるようになっています。
脱炭素の取り組みは社会全体にも広がってきましたが、電力価格や様々な原材料の高騰により、環境経営の先行きが見通せなくなっているという面もあります。会社によっては、再エネ100%をすでに達成したのに、一時的に撤退して一般的な電源に切り替えるところも出てきています。大川印刷でも、電力はもちろん、紙やアルミプレート、インキなど、原材料が大幅に値上がりし、商品価格に転嫁しなければならない状況です。
1990年代後半から、環境印刷を掲げて経営を行ってきた大川哲郎社長は、そんな状況でもできる限り脱炭素の歩みを後退させたくないと言います。
「私たちにとって脱炭素の実現は、ひとつの使命だと思っているんです。気象災害によって、私の友人の印刷会社もあと少しで浸水する所でした。印刷機は一台1億円以上するので、それが水に浸かったらと考えるとゾッとします。そんな中、自分の会社だけは気候変動とは関係ないなどとは言っていられません。企業経営を持続可能にしたいのであれば、気候変動への取り組みは欠かせないのではないでしょうか」。
社員が胸を張って働ける会社
大川印刷の社員は、環境への取り組みをどう考えているのでしょうか。お二人に話を聞きました。印刷課の上田広さんは、入社9年目。就職活動中に大川印刷の工場を見学したことが入社のきっかけになったと言います。「一般の印刷工場はインキの臭いが強いのですが、ここでは健康に良くない石油系溶剤を使っていないので、まったく臭いませんでした。環境のことをアピールする企業は増えましたが、この会社は表面的ではなく、実を伴っていると実感できたのが入社の理由になりました」。
いまでは印刷機の担当者として、工場見学に来る顧客に説明をする側になった上田さん。環境に向けた取り組みを、日常業務の中で実現できていることが強みだと感じています。
「こだわっているお客様は、製造過程を大事にされています。大川印刷では、石油系溶剤の不使用、違法伐採による材料を使用していない紙、LEDを使って印刷時のエネルギーを大幅に削減する機械(LED-UV印刷機)など、さまざまな要素がそろっているので、無理することなく環境への取り組みを説明できています」。
もう一人は、入社10年目となる草間綾さんです。地元出身の草間さんは、パートとして入社後、2018年に正社員となりました。現在は品質保証部で働き、印刷物のチェックや環境法令などの管理を行っています。ちょうど正社員になる前後から、会社がSDGsにも力を入れていくタイミングだったことで、SDGs関連のプロジェクトでも活躍してきました。プロジェクトを始めた2018年時点では、SDGsは周囲の人たちや自分の子どもが通う学校でもまったく話題になっていなかったものの、いまでは学校でも教えられるようになり、自分たちが発信してきたことが広がってきたと喜びを感じているとのこと。
大川印刷のプロジェクト活動はとてもユニークです。義務ではないものの、現在は3つあるプロジェクトのどこかに全社員が参加しています。一般的には、こうしたプロジェクトは業務時間外で行われますが、大川印刷では、業務時間内に本業に支障が出ないよう調整しつつミーティングなどを行っています。草間さんは、現在3つあるプロジェクトの2つに参加しています。そのひとつは、働き方改革により従業員満足度を高めるものです。
「普通の印刷会社では、ノルマがあるから機械を止めるなという感じだと思いますが、うちはまったく違って、やりたいと思ったら新しいことに挑戦させてもらえる風土があります。社員同士の意見交換もしやすくて、社員の中から自発的な提案がいくつも生まれています。すごく楽しいですね」。
大川印刷の環境やSDGsの取り組みが認知されてきたことで、最近では入社を希望する学生のタイプも変わってきたと、草間さんは言います。
「環境意識の高いインターン生や、就活中の学生さんの来訪が増えています。学生さんの方が詳しいこともあるので、私たちももっと勉強しないといけないですね。それから、お客様の意識も変わりました。以前は『余力で環境のことをやっている』などと誤解されることもありましたが、いまでは本業での取り組みがきちんと評価される社会になっているので、ありがたいです」。
オープンした社会課題解決型スタジオ
最後に紹介するのは、大川印刷が最近始めた社会課題解決型スタジオ「with GREEN PRINTING」です。横浜駅近くにある大川印刷の営業所を一部改装し、動画の収録や配信、イベントの開催などができるスタジオとしてオープンしました。(2022年3月)。スタジオで使用する電力は、すべてカーボンオフセットされています。印刷会社がなぜスタジオを運営するのでしょうか?大川社長は言います。
「デジタル化とペーパーレス化が進む中で、従来の印刷業だけのビジネスが難しくなってきています。でも紙であるかないかに関わらず、社会課題を解決するための発信は必要です。そして情報が集まる印刷会社だからこそ、地域や社会の課題解決を目的としたスタジオを運営して発信の拠点をになうことは不思議なことではありません。このスタジオを脱炭素やSDGsのために多くの方が利用することで、新しい形で人と人、人と情報とをつなげ、社会課題の解決に貢献していきたいと考えています」。
今後は、これまで以上に脱炭素やSDGsについてのコンサルティング事業も行っていくとしている大川印刷。新しい社会環境に対応しながら、この印刷会社の活動の幅はますます広がっていっています。
高橋 真樹によるこちらの記事も合わせてご覧ください。