「海水」で野菜を育てる
地球は水の惑星とも例えられるほど水に恵まれています。しかし、その97.5%が海水で、淡水はたったの2.5%だということは知っていますか?
なかでも農業は世界で最も淡水を消費する分野であり、このままでは将来、安定的に野菜を採ることが難しくなる可能性があります。
そのような状況下、持続可能な農業を続けていくためのヒントは“海水”にあるかもしれません。
淡水の枯渇問題
水はあらゆる種類のエネルギー生産に必要な資源。人口増加とそれに伴うエネルギー需要の拡大は、必然的に水資源に影響します。
しかし、世界では水不足が深刻化し、あたりまえに淡水が確保できない地域が少なくありません。
国際連合の報告によると、「世界経済の拡大にともない、淡水の使用を減らす措置が講じられなければ、 2030年には世界の水不足が深刻化する」と警告を発しています(※1)。
水資源の中でも淡水の不足は、おもに「人口増加」と深く結びついていることが指摘されています。
人口増加を背景とした水資源への影響は、生活用水として水使用量が増加するだけではなく、食糧増産による農業用水使用量の増加、産業の発展にともなう工業用水使用量の増加などが挙げられます。
なかでも農業は世界で最も淡水を消費する分野であり、全取水量の72%を占めているといいます。
今の状態が続くと、近い将来、人が生きていくための食料を安定的に調達することは難しいでしょう。
今回は、こうした淡水資源の枯渇問題を解決するために実施されている、海水を利用した栽培の事例をご紹介します。
海中で育てるレタスやバジル
水不足の深刻化の状況から、イタリアでは世界初の陸上植物を水中で生産する「Nemo’s Garden」というプロジェクトが生まれています。この水中菜園は、水面下約4.5m〜10mの深さのあるところに透明なプラスチックのドーム、いわゆる”水中の温室”が設置されています。
ひとつのドーム内には90以上の苗床が備えられ、レタスやバジルといった植物や野菜を栽培することができます。この中にはおよそ2000リットルの空気が充満し、水面に極めて近い場所に設置されているため、太陽の光が入りやすい環境にあります。育てる上で必要となる水分は、ドーム内の空気と周囲の海水との温度差によって生まれる結露(海水)を淡水化して供給されています(※2)。
さらにドームには水耕栽培の装置や植物の種、空気循環用ファンが備わっており、ソーラーパネルで駆動するなど、淡水を使用しないこと以外にも環境負荷がかからない方法で栽培をしています(※3)。
この「Nemo’s Garden」は「植物の根に栄養素や水分を供給する肥沃な土壌を必要としないこと」「再生可能なエネルギーをシステムを動かすために使用している」という2つの特徴があり、環境の負荷を減らす農業の新たな形を提示しているのではないでしょうか。
海に浮かぶ農場
日本でも、海水を活用した農法の開発が行われています。
建築テックのスタートアップ「N-ARK」では、海に浮かぶ施設農園「グリーンオーシャン」を計画中。現在、静岡県西部の浜松市と湖西市に広がる浜名湖沿岸で準備が進められています。
「グリーンオーシャン」は、海水を直接の栄養源として栽培できる海水農業技術と、海水農業を成立させる循環型の環境を作り出すフローティング建築技術を組み合わせた海上ファーム(※4)。
海水農業は、アルカリ性の海水と酸性の雨水を混ぜ合わせ中和し、淡水を使用しない農法です。品種に合わせて多様な種類の根を育成することで、地中と空中の水分と養分を吸収し、海水に含まれるミネラルと栄養素を活用できる機能性野菜に成長します。
海水農業の実証実験では、カイワレ、大根、トマト、レタスの栽培に成功しています。
さらに、淡水のみを使った栽培よりも糖度が高いトマトの生産を実現。海水農業で作られたトマトは、GABA機能性表示基準内で最も高い「睡眠の質向上」に関して、100gあたりにおいて基準値を超えることが確認できています(※5)。淡水を使用しなくとも、海水からも質の良い野菜が栽培できることが証明されたのです。
グリーンオーシャンは、将来の食生活と自然環境を守るプラットフォームのような存在となるだけでなく、既存の農法よりも良質な野菜を栽培できる可能性を秘めているといえるのではないでしょうか。
ここから見えるシグナル
日本では、蛇口をひねれば綺麗な水が出て、自由に水が飲めるため、水不足の問題を実感しにくいかもしれません。しかし、確かに世界中で水不足の問題は起こっており、私たちの生活に関わってくる重要な問題です。
ドーム内の空気と周囲の海水との温度差によって生まれる結露を淡水化し、陸上植物を水中で生産する「Nemo’s Garden」や、アルカリ性の海水と酸性の雨水を混ぜ合わせ中和し、淡水を使用しない農法の開発をしている「グリーンオーシャン」。今回、事例にあげた海水を使った農業は、技術を活かし、既存使用している淡水に依存しない、新しい農業のあり方を提案しているといえます。
また、海水農業は既存の農業と比べ、品質が劣らないどころか、より良質で美味しい野菜を栽培できる可能性も秘めていることがうかがえます。
再生可能エネルギーを素材として活用し、環境負荷を最小限に抑えた栽培方法が採用されることは、淡水資源の枯渇問題の解決や、回復力のある社会構築のヒントとなるはずです。
失われつつある資源を確保するためには、現状を見つめ直し、今あるモノにとらわれずに視野を広げつつ、技術を駆使して改善に努める必要があるのではないでしょうか。
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