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社会の「当たり前」をサーキュラーで変える|ESD教育者 河内幾帆 (金沢大学准教授)

"私は学生たちに「選べるチカラ」を身につけて欲しいんです。
だってそれこそが、誰かを傷つけることなく、誰と戦うこともなく、社会の「当たり前」を変えることができる巨大な力だから。"

——金沢大学でのサーキュラーワークショップの取材から3週間ほどが過ぎ、300名の生徒たちの最終提出物の採点を終え「ようやく一息つけた」というという河内准教授に、再びお話を聞いた。
 
参考|金沢大学でのサーキュラーワークショップの様子はこちらから。

本記事は、脱炭素DX研究所外部研究員を務める八木橋パチさんによる寄稿記事です。

河内幾帆(KOUCHI Ikuho) | 金沢大学融合学域 准教授 米国ジョージア州立大学で経済学博士課程を修了後、米国やメキシコの大学で研究・教育活動に従事し、2018年より金沢大学に准教授として着任。「自分が望む社会を創るための原動力に、自分がなる」をキーメッセージに、コミュニティーベースの気候変動問題や海洋プラスティック汚染問題への取り組みを促進するための普及・啓蒙活動に精力的に取り組んでいる。

「否定」ばかりじゃシンドイ。「選べるチカラ」を身に付けよう。

“まず生徒たちに知って欲しいのは、私たちは消費しているというよりも「消費させられているかもしれない」ということ。「環境にいいもの」が次から次へと出てきて、買わされてしまっているのではないでしょうか。マーケティングに踊らされて、消費者が環境問題の片棒を担がされているという感じが私としては強いです。
そしてもう1つ知って貰いたい大事なことは、私たちの多くがそんな社会に「しんどさ」を抱えているけれど、諦める必要も、極端な運動(アクティビズム)に走る必要もないということです。”

“ものにあふれた社会で「それがなきゃ生きていけない」と思わされているから、システムに目が向かないけれど、商品がどうやって製造されて、流通して、廃棄されるかを、ある程度の的確さを持って理解できるようになれば、「選べるチカラ」が身に付くようになるのではと思っています。
そして私たちの身の回りには、すでにシステムを変えようと努力して製品作りを行なっている企業があります。私たちはそういう企業を応援すればいいんです。さらには、そういう企業と一緒になって製品を作っていければ、もっといい。"

「およそ2カ月間にわたる『環境学とESD(Education for Sustainable Development: 持続可能な開発のための教育)』講座の一番の狙いは?」という問いに河内准教授はそう答えると、「ある程度の的確さを持って製造〜廃棄時の環境負荷を理解する」ことがもたらす、もう1つの大きな利点について話した。

"中身が見えるようになると、この文明社会を維持して、便利さも享受しながら環境的にも持続可能に生きていけるサーキュラーエコノミーという仕組みの存在が、どれほどありがたいかわかるようになります。
だって、「生産と消費」という仕組みがあるから、私たちはこんなに便利に、そして安全に生活を営めるんですよ。本気で「消費しない社会」を目指そうとしたら、それがどれだけ大変なことか…。”
 
“とは言うものの、今は「無駄なもの多すぎ!」と強く思わざるを得ないのも事実です。だから、消費そのものを否定せざるを得ないように感じてしまう人も増えているんですよね…。
企業には、もっと本質的な、環境と社会にとってよい選択肢を増やして欲しいですよね。そしてそれを求めるのは、我々市民の権利です。

8週連続講座の最終回の様子

わたしたち(金沢大生)のサーキュラー戦略

ここで、学生たちの最終成果物である「わたしたちのサーキュラー戦略」のプレゼン資料のいくつかを、河内准教授と一緒に見ていこう。

堆肥になるティッシュ

日本はティッシュ消費量が世界一の国。だからこそ、学生たちが製品のライフサイクルである「原材料」「製造」「包装」「使用」「廃棄・リサイクル」という段階ごとの課題と現在の取り組みを自ら調べて理解し、業界をリードしている企業がどれだけ高いレベルで環境保全や人権保護・擁護に力を入れているかを知ることが重要なんです。
その上で、まだ足りていない部分が何かを考えることは、「単純な否定や肯定」とは違う思考回路を得ることにつながると思っています。たとえ最終的に出てくるアイデアがすでにお店にあるようなものであっても、背景に意識が向かうという変化が生まれることが重要だと思っているんです。

発電できるボールペン

日本を代表する文具メーカーはリサイクルにも積極的に取り組んでいます。しかしプラスチック廃棄量削減への取り組みが評価すべきものである一方、使い捨てにされたり、使われないままの物も少なからずあります。「使わないのなら買わない・貰わない」ことが環境負荷の面からは重要です。
学生たちはそれを自ら調査して理解し、その上でさらに「高付加価値製品で長く使い続けたくなる仕掛け」を考えています。学生たち自身はこの提案に完全に満足しているわけではないかもしれません。ただ、今回の経験を経て、今まで目に付かなかったさまざまな情報が見えるようになっているのではないかと思います。

左上から時計回りに「堆肥になるティッシュ」「発電できるボールペン」「ソーラー歯ブラシ」「汚すTシャツ」

ソーラー歯ブラシ

学生たちにはデータをしっかり集めることの重要性を伝えています。データがあることで具体性が高まるからです。その上で、このグループが特に良かったのは、サーキュラーカードがもたらす効果の1つである「強制発想」がとても効いていることですね。
「長寿命化」や「ヘッド交換」という、従来からのサーキュラー・アプローチにとどまらず、「太陽光による発電と除菌」というかなり頭を捻った発想幅の拡大が起きていること。教員として思わず「ウヘヘ」しちゃいました。

汚すTシャツ

「ファストファッションの闇」とも呼ばれる労働問題や環境問題については、すでに目や耳にしている学生も少なくありません。ただ、先進企業ではすでに具体的な改善のための取り組みが進んでいることにはあまり目が向いていないことも多いです。
今回、「自分たちのサーキュラー戦略」を考える上で、「その戦略を台無しにする消費者の行動とは?」も考えてもらいました。
この思考実験を行うことで、これまで気にしなかったり読み飛ばしたりしていた、製造サイド側からの「こう使ってください」というメッセージが、目に入ってくるようになると思います。それは消費者が、製作者たちと一緒に、より効果的に社会問題に取り組むことができることに近づいたということです。

メンバーズ「社会課題解決支援」サーキュラリティデッキ・ワークショップより、
5つの資源戦略と3つの階層からなるサーキュラーカードの紹介

売れないものを作ることの罪深さと、生徒たちに渡したかったもの

"「売れないもの・使われないものを作る」ということは、報われない犠牲を環境や資源に強いているということ。その罪深さを理解していれば、本当に必要とされる「買って貰える・使ってもらえる商品」作りが重要だということに目が向くはず。
だから学生たちには、「人は、仮定の条件においては——つまり実際とは異なる環境で、熱心な人を前にすると、つい"YES"と答えてしまう。でも、実際の行動は違う」ということをしっかり伝えています。それが、調査結果を信頼性のないものにしてしまうからです。

私は経済学出身で、博士論文は環境価値(環境・自然資源が人間社会に対して提供する価値)に対する「支払意欲」と「支払意思額」の研究でした。当時、指導教官に、「チープトーク」と呼ばれるテクニックを学び、衝撃を受けました。「こういう仮想のインタビューではみんな買うって答えるし金額も多目に支払うかのように言うんです。でも実際は買わなかったりするんですよね」と調査前に話をすると、正直に「買わない」と答える人がグッと増えるんです。”
 
“それから「インタビューするときは、言葉だけじゃなくて表情や手の動きにも注意を払うように」とアドバイスしています。そして「わからない」「判断できない」という回答にもそこで引き下がらず、「それでは、何があれば買う/買わないの判断ができますか?」と、質問を重ねていくようにとも伝えています。
それは、そうやって相手に問うことで、自分自身がより深く「問い」に居続けられるようになるからです。
「発電できるボールペン」の講評でも言いましたが、質問を重ねることで、自分の意識が変わると思っています。「あれはこういうことかもしれない」と疑問を持ち始めたり、人に質問できるようになったり。
「なぜ人は(あるいは私は)それが欲しいのか」を深掘りすることで、この授業時間だけで思考を「閉じてしまう」ことなく、日々の生活へとつなげられるようになることを期待しています。そうすると認知の幅が広がり、いろいろな情報が目に飛び込んでくるようになるんです。"
 
河内准教授が、近い将来金沢大学キャンパスで「目にしたい」と思っている風景を最後に尋ねてみた。
 
"…実は、最近もう、目にすることができています。今、金沢大学では学生たちが「大学でサーキュラーウィークを実施しよう!」と仲間を募集し、自分たちで企画を進めています。
5年前は、環境問題に意識を向けたり、留学して夢を追いたいと発言したりする学生たちは、周囲から「意識高い系」と引かれてしまいがちでした。そんな中で「浮いてしまいそうで怖い…」と相談を受けることも多かったんです。でも、ここ数年で、そういう声はずいぶん少なくなりました。”
 
“コロナ禍に立ち上げた「金沢大学ぐるぐるラボ」もその一助になったのかなと思います。
自分たちでなんとかしていこう、変えていこうという意識を持った学生たちが集まり励まし合い、自走できるようになるまでその背中を押してあげたいと思いからスタートさせたオープンラボなんですが、「社会や大学から与えられたものですべて揃えなきゃいけない」という思い込みを少しでも解いてあげることにつながっているかなと感じています。
今では「Aさんのその活動すごくいいね。でも私はこっちの活動を頑張ろうと思うんだ」なんて感じで、自主性の高い学生たちがそれぞれを認め合い、環境問題に対しても協力して活動する姿を見ることも増えてきました。これこそが、私が見たかった風景です。”
 
たしかに、自分が選ぶべきものを見極めて、やりたいと思うことを周囲に伝えてときに行動を共にできるようになれば、学生たちのウェルビーイングは大きく変化するだろう。
 
“夏休みの7月28日には、無印良品 白山北安田店で学生たちと一緒に「循環縁日」というイベントを行うんです。私は親子向けのサーキュラーデザインワークショップを、そして学生たちは、洋服のリメイクを無印良品のお客様たちと一緒に行います。
メンバーズ 脱炭素DX研究所 所長の我有さんにも、サーキュラーカードを使ったサーキュラーワークショップをやっていただき、この日は朝から晩までサーキュラーな一日を過ごしていただけます。
ご近所の方には循環縁日に是非ご参加いただきたいですね。”

お申し込み(石川県白山市でのサーキュラーデザインワークショップ参加)はこちら


参考|サーキュラーカード(5つの資源戦略と3つの階層からなるサーキュラーエコノミーの原則・戦略を、51枚のカードにしたもの)詳細紹介

ライター情報:八木橋 パチ
コラボレーション・エナジャイザーとして、日本アイ・ビー・エムを中心に、持続可能な未来の実現に取り組む組織や人たちとさまざまな共創活動を取材・実践・発信中。メンバーズとは未来デザイン・ワークショップやイベントの共創を2018年から定期的に行っている。合言葉は #混ぜなきゃ危険


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