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「浮体式風力発電で世界の脱炭素に貢献する」戸田建設:Social Good Company #75

  • 国家100年の構想を考えるのが私たちの仕事である

  • 適応策だけでは間に合わない、だから緩和策も手掛ける

  • カーボンプライシング導入で、CO2排出量を見える化し、社会を変える必要がある

<インタビューにご協力いただいた方>
戸田建設株式会社
佐藤 郁 氏
<プロフィール>
1991年京都大学工学部卒。戸田建設(株)に入社。
橋梁、ダム、トンネルなど、社会インフラ構造物の設計・技術開発に従事。世界初となるハイブリッドスパー型浮体式洋上風力発電施設を共同開発し、2013年に世界で3番目、日本初の商用機の運転に成功、2016年3月に実証を終了し実用化。

● 私たちが目指したのは低コストの再エネ調達

ー以前から風力発電事業に積極的に取り組んでいます。事業を始めたきっかけから教えてください。

元々、私たちは陸上風力の大型化への技術開発を手掛けていました。しかし、騒音や景観、バードストライクなどの課題に加えて、大型化による運搬の問題など、様々な課題があることがわかってきました。その頃の建設費は、1本1億円程度で、他の公共事業などと比べると大きなビジネスにはならないと感じていました。それが2007年、アル・ゴア氏の『不都合な真実』が公開された頃です。
 
その当時は、石油の枯渇が最大の課題と言われていましたが、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の必要性を強く感じていました。そうした中、風力発電を建てるには海の上しかないという考えに至りました。日本の周辺は水深が深く、着床式を建てられる場所が少ないと分かっていましたから、浮かべるしかないと。そして、発電コストをできるだけ抑えるために、鉄をコンクリートに変えることで実現できるのではないかと考えたわけです。しかし、2007年当時、海の上に風車を浮かべても採算が取れるわけがないと、世間からは全く相手にされませんでした。
 
私たちが目指したのは、浮体式の風車を作ることではなくて、低コストの再エネを調達することです。それが結果的に脱炭素につながることになります。海外のCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)に参加したことで脱炭素の重要性を肌で感じることができたこともとても大きいと感じています。
 
その後、東日本大震災により危機が訪れます。モノづくりをしようと思っても資材は手に入らず、人もいませんでした。さらに、民主党からの政権交代もあり、プロジェクトが頓挫するのではないかと懸念しましたが、自民・公明党からも応援していただけ、さらに環境省からは、再エネの推進は今後も推進すると伝えられ、現在に至ります。

● 国家100年の構想を考えるのが私たちの仕事

ー今でこそ、脱炭素や再エネは当たり前となりました。しかし、15年以上前から、こうした考えを持ったターニングポイントはありましたか?

土木には、市民のためのシビル・エンジニアと軍事のためのミリタリー・エンジニアの2種類があります。ローマ帝国の頃は、ミリタリー・エンジニアが平時の時にはまちづくりをしていたんです。平和な時はまちをつくり、戦争になると国民を守る。だから、自然災害から市民を守るのは、私たち土木エンジニアの仕事なんです。土木エンジニアがいなければ、道路や水道、下水道、そして、空港や港湾施設、発電所などのインフラも整備できませんので、人が生きていくことはできないでしょう。脱炭素や再エネもシビル・エンジニアの仕事であるということです。
 
国家100年の構想を考えるのが私たちの仕事です。昭和30年代、東京オリンピックに併せて作ったのが東海道新幹線です。当時はエジプトのピラミッドや万里の長城を例にするなど多くの批判があったそうです。しかし、今では日本の大動脈になっています。そうした事を進めるのが土木エンジニアの役割です。
 
洪水を防ぐための世界最大級の地下放水路である首都圏外郭放水路もそうです。温暖化により海水面が上がると潮位や川の水位も上がります。その度に堤防を嵩上げすることになりますが、今の堤防は江戸時代からずっと嵩上げしながら使われてきました。堤防を作るには上流から下流まで整備する必要があり時間もかかります。そうなると、堤防の嵩上げでは気温上昇のスピードには追いつくことはできないでしょう。適応策は必要ですが、それだけでは間に合わない。だからこそ緩和策も手掛けているのです。そして、日本の緩和策の技術を世界が使うことにより、日本は世界に貢献することができます。
 
2017年にドイツで開催されたCOPに参加した際に海外の参加者から言われたことを今も記憶しています。「なぜ日本はいつまでも前近代的な技術を使っているのか。なぜ再エネをやらないんだ。日本には人材もいる。金もある。技術もあるじゃないか。こんな恵まれた国はないんだ」と。とても悔しい思いをしました。一次エネルギーの1/5の電気に限ったエネルギー基本計画にしても、将来の再エネ比率は40%未満にすぎません。
 

● 電力の調達と併せて、電力を生み出すためのエネルギーをどう賄うかを考える

ー日本が掲げるエネルギー基本計画をどのように考えますか?

現在日本は、約1兆kWhの電気を必要としていますが、約5兆kWh分のエネルギーを消費しています。つまり、電気の5倍のエネルギーを日本は消費していますが、日本は電力をどう調達するかしか考えていません。脱炭素のためには、電力を生み出すためのエネルギーをどう賄うかを考える必要があります。
 
そして、浮体式風力発電の日本国内のポテンシャルは、約9兆kWhと言われています。国内の浮体式風力発電だけで総消費エネルギーを賄い、なおかつ半分近くの電力を海外に売ることができます。そして、世界の浮体式風力発電のポテンシャルは、世界全体のエネルギー全てを賄うだけのポテンシャルがあります。ちなみに、着床式風力発電の日本国内のポテンシャルは総消費電力量の3%程度にすぎませんので、いかに浮体式風力発電のポテンシャルが高いかがわかります。

-世界全体の風力発電に対して、浮体式が占める割合はどの程度ですか?

ほぼゼロと言ってもいいでしょう。現在は世界でも数えられる程度の数しかありません。ノルウェーで1基、スコットランドで5基、ポルトガルで3基、日本に2基が稼働中で、ノルウェーで8基をつくっています。これから五島で8基追加し合計9基になりますが、浮体の数であれば世界最大規模となります。

浮体式風力発電装置の写真
Ⓒ西山芳一

-有望なマーケットが拡がっていますね。

そうですね、脱炭素のためにも進めていく必要があります。これから年間数百基から千基位のペースで作っていく予定です。

● 技術開発から撤去処分まで全てのプロセスを担うことができるのが私たちの強み

-浮体式で同等の技術を持つ企業は他にありますか?

私たちは技術開発から撤去処分までを担っています。五島の風車も運転開始から今年10年目となりますが、そうした企業は他にありません。私たちがなぜ全てのプロセスを行うかと言えば、全てを把握していないと最適化ができないからです。そして、風車を作る時はもちろんですが、一番重要なのは発電期間にあります。だからこそ、オペレーションとメンテナンスにしっかりと対応できる設計にする必要があります。発電所としての機能、つまり、20年から30年の稼働期間を確保することが重要になります。浮体式を10年間動かしているのは、当社とノルウェーの国営企業だけです。そうしたことを提供できるのが私たちの強みです。
 
また、長期間動かすかためにも、多少高くても品質の良いものを導入し、交換部品もきちんと確保できることが重要です。そして、その部品を作る会社が20年後も存在している必要があります。高度で複雑な技術はできるだけ避けなければなりません。つまり、単純で作りやすくて、誰でもメンテナンスできる、そこまで考えてモノづくりをしています。

● 将来は元通りの海に戻せること、そこまで考慮して設計している

-撤去処分までを担うというのはどういう意味ですか?

福島の経験から、エンジニアは最悪の事態を想定し物事を考える必要があります。浮体式風力の発電の最悪の事態が何かと言えば、漂流と沈没です。そのため、私たちの浮体式には、漂流したり沈没した時にも回収できるような装置を備えています。沈没しないように設計していますから使うことはないでしょうが、想定外を想定した設計をしています。
 
そして、何よりも重要なことは、20年後、30年後に元通りの海に戻せるようにしておくということです。将来、風力発電よりも安全で効率のよい電源が開発されている可能性もあります。そうなった時に、設置している風力発電がゴミとならないよう、私たちの部下や次の世代の人たちが簡単に撤去しリサイクルできるようにしておく必要があります。そこまで考慮して設計しています。

-他に浮体式の特徴的なことは何でしょう?

私たちの浮体式は、Anyone、Anywhere、As required、つまり、誰でもどこでも作ることができて、どんな風車でも載せることができる“トリプルA”をコンセプトにしています。五島の浮体は長崎にもともとある鉄鋼所と五島の建設会社で作っています。離島という環境で作れるのであれば、日本全国どこでも作れるでしょう。

-地域活性化の観点からも意義深い取り組みです。

イギリスでの風力発電の入札には、「ローカルコンテンツ」と言って、いかに地元の企業が関与できるかが評価対象になっています。トリプルAのコンセプトは私たちの強みになっています。

浮体式風力発電装置の写真
Ⓒ西山芳一

● 日本の技術で世界の脱炭素化に貢献できる

-モノづくり日本の復権の可能性を秘めていますね。

日本近海は水深が深く、浅い場所は風が弱く豊かな生態系があります。風力発電を陸地から遠ざけようとすれば、浮かすしかないわけです。そして、浮体式の利点は同じ規格が世界中で売れるということです。地震が多い日本で着床式や陸上の風車を作っても海外で使うにはオーバースペックで価格も高くなり売れません。かつて日本の造船業が世界を席巻できたのは海上で浮かべてどこでも運べたからです。浮体式であれば、同じ仕様で作れるということです。
 
日本の技術で世界の脱炭素化に貢献できる。そして、日本国内のエネルギーも満たすことができる。だからこそ浮体式を進めてきたわけです。気候変動問題を考えた時に、建設会社や土木エンジニアは、高断熱のビルを建てるといった適応策を考えることになります。地下に放水路を作ったり、港湾を整備するのが本来の役割です。しかし、土木エンジニアができる緩和策は浮体式風力発電になるわけです。

● 今求められるのは、今ある技術でモノづくりをし、それを大量生産してコストを下げること

土木エンジニアとしてとても悲しいことは、大雨が降って洪水になった時に、「自分の身を守る行動をとりましょう」とアナウンスされることです。本来土木エンジニアは洪水にならないように安心安全なまちづくりをしなければなりません。国民の生命と財産を守ることが仕事です。だからこそ、緩和策として再エネを積極的に導入しCO2排出を減らすことも注力しないと間に合わないと思っています。
 
これからは浮体式風力発電の大型化と普及拡大を進めていきます。課題と言えば、コンクリートを作る時のCO2排出の削減、そして、送電の問題です。今は沿岸から200~300kmの範囲が設置場所となっていますが、効率を考えれば、今後は洋上でガスに変換し運ぶことになるでしょう。それをどうやって実現するのかが課題です。
 
今から新しい技術を開発すれば2050年には間に合うでしょう。しかし、2050年の脱炭素を実現するには、2040年には完成して普及を図る必要があります。技術開発で10年、普及に10年掛かるとすれば、2030年には実用化している必要があるのです。だからこそ今求められているのは、全く新しい技術を考えるのではなく、今ある技術でモノづくりをし、それを大量生産してコストを下げること。そうした中で技術も追いついてくるでしょう。

戸田建設株式会社 佐藤 郁 氏の写真
戸田建設株式会社 佐藤 郁 氏

● 生活を支えるという志を持つ人々が、これからは再エネのために働くことができるような人材育成や、その流れを作ることも私たちの仕事

-風力発電や再エネを導入するうえで、日本社会の課題はどういったことにありますか?

既存のものに対する固執や執着が激しいことでしょうか。当社も所属する日本風力発電協会で私が座長を務める委員会で「洋上風力スキルガイド」を作成し公開しています。そこでは、洋上風力で必要となる人材や具体的な業務内容、必要資格やスキル、関連する産業や職種をマニュアルとしてまとめています。そして、現在、石炭火力などで働く人が風力発電業界でどのような仕事があるのか理解できる内容になっています。日本の電力を支えているにも関わらず、石炭火力に携わる人たちは今、肩身の狭い思いをしているはずです。そうした人たちが、これからは胸を張ってあらたに風力発電に関わって頂くことができるよう、いかにスムーズに転換していけるかを支援しています。
 
近い将来、石炭火力はなくなっているでしょう。そうであれば、人材育成の準備しておく必要があります。今、石炭火力に関わる人は日本のエネルギーや日本人の生活を支えているという気概を持って働いているはずです。その人達が同じ志を持ちながら新しいエネルギーのための働く、そうした流れを作ることも私たちの仕事です。子供向けには、風力発電を学ぶための冊子も作成しています。建設会社の仕事ではありませんが、そうしたことを真剣に考えています。

● カーボンプライシング導入で、CO2排出量を見える化し、社会を変える必要がある

-最後に脱炭素社会の実現に向けて、メッセージをお願いします。

生活者、一人一人が意識して行動することが重要です。その食品の成分は何なのか、食品のパッケージやペットボトル、電気もそうです。そうしたものがどうやって作られているのかを意識することです。そうした感覚を身に付けるためには、消費税のように、CO2排出量によって価格が変わるカーボンプライシングの導入を進めるべきです。同じ価格であれば、カーボンプライシングの少ない方を選びましょうということです。
 
個人の嗜好も変化し、以前はあまり気に掛けなかった無添加や無農薬の商品が、見た目が悪くても販売され売れています。私たちの消費行動も変わりました。そのためには、CO2排出量を見える化すること、そして、私たちは、CO2排出量の少ない商品や電気を選ぶこと、そして、企業側はそうしたニーズに応えるモノを提供する必要があります。CO2排出量の少ない商品を買いたい、でも買えないという状況は変える必要があります。数円高くても、皆が選べば、企業も変わり、それらの商品が安くなる、そうした状況を作ることです。

ライター:萩谷 衞厚
2015年5月メンバーズ入社。様々なCSV推進プロジェクトを担当、2018年よりSocial Good Companyの編集長、2022年度からは、アースデイジャパンネットワークの共同代表を務める。

※取材内容および所属・肩書等は2022年7月取材当時のものです

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