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持続可能なまちづくりに欠かせないことは?

「Members+」ではこれまで、コンパクトなまちづくりを進める富山県富山市、ゼロカーボンシティをめざすニセコ町の取り組みについて取り上げました。
さまざまな課題を抱える日本の地方都市や中山間地域を持続可能にするためには、何が重要となるのでしょうか?
今回は2つの先進的なまちづくりを踏まえ、専門家に伺いました。

▼これまでの取材記事はこちら
富山市のコンパクトなまちづくり
ゼロカーボンシティに挑むニセコ町のまちづくり

日本の自治体には権限がない

人口が40万人を超える中規模都市である富山市と、人口5,000人に満たない中山間地域のニセコ町では、規模がまったく異なり、単純に比較することはできません。しかし、日本の自治体政策について詳しい千葉商科大学の田中信一郎准教授は、どちらも「持続可能なまちづくりのために取り組む最先端の町という点で共通している」と評価しています。

04田中信一郎さん(撮影:髙橋真樹)

田中 信一郎 准教授(撮影:高橋真樹)

しかし、日本で持続可能なまちづくりを進めていくには、大きな課題に突き当たります。田中さんが指摘するのは、国の法律の問題です。

「確かに富山市もニセコ町も、国から与えられた権限の中では最大限に努力しています。しかしいまの法律では、自治体に適切な権限が与えられていません。そのため、持続可能な町をつくるためのひと押しができないという問題があります。その権限とは、自治体に土地利用を管理する権限、すなわち『まちのかたち』を決定する権限のことです。欧州では、『計画なくして開発なし』の原則が貫徹され、自治体が『まちのかたち』を決めていますが、日本では決められません。」

02 富山市内を走るLRT−2

富山市内を走るLRT(Light Rail Transit:次世代路面電車)

田中さんが言うように、日本の自治体が持っているのは、限られたエリアを管理する法律だけで、すべてのエリアを総合的に管理する法律がありません。いまの法律では、土地所有者の権限が強すぎて、自由に開発できてしまいます。自治体がそのエリアには新たな宅地をつくって欲しくないと考えていても、規制する手段がなく、郊外化が進んでしまうのです。

「郊外に新しく宅地ができれば、自治体は水道やゴミ収集などの公共サービスを提供せざるを得なくなるので、予定外の支出もかさんでしまいます。富山市でも、良い計画を立てても、民間事業社の開発が続いているため、構想通りには進まない現状があります。」(田中さん)
 
例えばドイツでは、数十年先まで自治体が決めた都市計画があることが知られています。土地所有者は、建物の高さや形状、用途などがあらかじめ決められた土地を購入しています。周囲の住民も、駅前に大きなパチンコ屋や巨大なタワーマンションができるということがないので、安心して暮らすことができるのです。土地所有者の自由はある程度制限されることになりますが、その分、町全体として将来を見通した計画的なまちづくりができるという利点があります。 

03ベルリンの都市計画を反映した模型。建設前のものは白、すでに建設されているものは茶色に色分けされている(撮影:髙橋真樹)

ベルリンの都市計画を反映した模型。建設前のものは白、すでに建設されているものは茶色に色分けされている(撮影:高橋真樹)

時代にあった都市計画へ

日本はなぜ都市計画を丁寧に行えなかったのでしょうか?田中さんは、その経緯を説明します。

「戦後の日本では人口が急増し、住宅が不足するようになりました。それに対応するため、日本の都市計画法では、質を確保するための計画的なまちづくりはないがしろにされ、住宅の量を確保することが優先されてきました。道路もそうです。道路を作る権限は、市だけでなく県や国にもあり、どんどん作れるようになっている。それが統合できないと、公共交通を機能させることは難しくなります。問題は、そうした人口増加時代の法体系が抜本的に見直されることなく、いまに至ったことです。人口減少時代には、逆に量より質が大切ですが、まったく機能していません。」

現在の日本の都市計画に関わる法律は、人口減少時代に人々を暮らしやすくする町をつくることは想定されていないようです。調整するレベルの法律はありますが、それにより開発を規制できるわけではありません。いまの時代に合うように都市計画法をつくり直すことはできないのでしょうか?

「公務員には、その必要性を認識している人もいます。難しいのは政界と経済界です。必要とされているのは、公共事業の予算を減らすのではなく、別の分野に振り分けることですが、各省庁は業界団体を説得しなければならないので、現状を変えたがりません。すでに利権を握っている組織は、現状を変えられると不利益になるからです。反対を押し切ってでも変えようとする政治家もいないのが現状です。」(田中さん)

問題の根源もその対処法も明らかになっているにも関わらず、そこに向かって動いていないのは何とも残念なことです。これはまちづくりに限らず、日本社会の他の多くの分野についても言えることではないでしょうか。

05都市部では無秩序にタワーマンションが次々と建設される

都市部では無秩序にタワーマンションが次々と建設される

「苦い現実」を共有する

国が自ら時代に合わせて変えようとしない中で、持続可能な町をめざす自治体にできることは何でしょうか?

「まずは先ほどお話しした『まちのかたち』の決定権を国に求めていくことが大前提です。その上で、住民に対しては、このままでは生活も経済も困難になるという『苦い現実』を共有し、理解してもらうことが大切です。開発を規制するケースもあるので、痛みを伴うこともあります。それでも、そこを乗り越えなければ持続可能なまちづくりは見えてきません。」(田中さん)

実際ニセコ町では、将来の町のあり方をテーマに、頻繁に住民との対話集会を開くなど、田中さんの言う「苦い現実」を共有して対策に活かすための地道な取り組みが続けられてきたことが、今の取り組みの基礎になっています。

06 日本トップレベルの断熱性能を備えたニセコ町新庁舎が2021年に完成した(提供:村上敦)IMG_3814

日本トップレベルの断熱性能を備えたニセコ町新庁舎が2021年に完成した(提供:村上敦)

いま、「SDGs」や「脱炭素」というワードが流行しています。もちろんそれが広まることで良い変化も起きています。一方で、いまの社会や町の仕組みをそのまま維持して、一部だけ修正すればそのような未来が実現できるかのような幻想を抱かせてしまっている面もあるのではないかと思います。

持続可能なまちづくりやゼロカーボンシティの実現に、簡単な処方箋はありません。田中さんが述べたような包括的な視点で、町の設計図のあり方そのものを見直し、痛みを伴う部分も共有し、議論し続ける姿勢が欠かせないようです。

ライター:高橋 真樹
ノンフィクションライター。サステナブルをテーマに国内外で取材、執筆。著書に『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)、『こども気候変動アクション30』(かもがわ出版)ほか多数。

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