本気の会社が未来を変える!カーボンニュートラル社会転換へのティッピング・ポイント
ロシアによるウクライナ侵攻は、石油やガスなどの高騰を招き、エネルギー需給の逼迫はグローバルで大きな影を落としています。未だ化石由来の原料に多くを依存する日本では、電気料金の高止まり感が続いており、私たちの生活や企業活動も負担を強いられています。また、発電設備を自ら保有せず、電力調達を卸市場に依存している新電力会社は厳しい経営環境に立たされ、最近では事業撤退を決断する新電力会社も増えています。
一方で、気温上昇を 1.5 度に抑えるという目標を達成するには、温室効果ガスの排出量を 2030 年までに半減、2050 年までにネット・ゼロにすることは、世界で目指すべき目標であることに変わりはありません。そうした中、世界の国々が将来のカーボンニュートラル社会を目指す中で、再生可能エネルギーの促進やCO2排出量の削減に寄与する企業は著しい成長を遂げ、企業価値が拡大しています。
今回のコラムではカーボンニュートラル社会への転換に向けて、その役割を果たすことで世界を席巻し、企業価値を上げる再エネ企業を舞台とした象徴的なトピックスをいくつか紹介しましょう。
飛躍的な企業価値向上を見せる再エネ電力企業
2020年10月、フロリダ州に本社を置く、アメリカ最大手の再生可能エネルギー会社のネクステラ・エナジーに関する驚くべきニュースが飛び込んできました。それは、誰もが知る石油メジャー エクソン・モービルの時価総額を、売上額がわずか1/10程度のネクステラ・エネジーが一時的に超えるという、脱炭素社会への転換期を象徴する出来事でした。
ネクステラ・エナジーの創業は1925年。化石燃料を原材料とする一般的な電力会社が再生可能エネルギー企業として事業転換したのは、2010年のこと。フロリダ州での電力の小売販売の他、風力や太陽光発電などによる再生可能エネルギー企業としては世界最大規模の企業となります。
いまやネクステラ・エナジーの時価総額は17兆円を超える規模まで拡大していますが、同等の時価総額規模の日本企業は、ソニー(14兆円)やキーエンス(12兆円)となります。そして、それらの企業は、日本企業の時価総額ランキング2位と3位を占める日本が誇るグローバル企業です。いかに再エネ企業の企業価値が世界で高く評価されているかが理解できるでしょう。
さて、エクソン・モービルのニュースには続きがあります。2021年6月に、エクソン・モービルは、アクティビストが推薦した3人を取締役に就任する人事を発表することになります。小規模投資ファンド会社でアクティビストのエンジン・ナンバーワンが、再生可能エネルギーへの投資に注力するよう求めたのに対し、ブラックロックやカルパースといった大株主がその主張に賛同し賛成票を投じたことで人事異動が実現したのです。
特筆すべきは、エンジン・ナンバーワンのエクソン・モービルの保有株式の比率はわずか0.02%であったこと。圧倒的少数株主が大企業を動かした脱炭素時代のシンボリックなトピックスといえます。
石油メジャーの風当たりが強まるトピックスをもう一つ紹介しましよう。2021年5月、オランダ・ハーグの地方裁判所は、EUの石油会社最大手であるロイヤル・ダッチ・シェルに対して、温室効果ガスの排出量を2019年比で2030年までに45%削減するよう命じる判決を出しました。
訴えていたのは、国際的な環境NGO、Friends of the Earthと17,000人以上の市民。同社の気候変動対策や温室効果ガス排出量の削減目標は十分ではないとの訴えによるものでした。カーボンニュートラル社会への転換を促す超少数派の株主やNGO、市民のパワーが、エクソン・モービルやロイヤル・ダッチ・シャルといったマンモス企業をつき動かすことになりました。
日本でも、住友商事や三菱UFJフィナンシャル・グループに対して、株主としては少数派の環境NGOなどが、パリ協定の目標に沿った事業計画の策定や定款変更、化石燃料関連の投融資を減らすことを求めて株主提案が行われるようになりました。
カーボンニュートラル社会への転換は地球環境に配慮した行動であることに加え、投資ファンドや運用会社が支持していること、つまり、ビジネス成果を上げるために、気候変動対策は合理的な手段であるとする意見が少数派から多数派への変わるティッピング・ポイントが訪れたと断言できるでしょう。
サービスシフトによる企業価値向上
新興エネルギー会社により従来の石油メジャーが時価総額で脅かされるという動きは自動車業界でも起きています。あのイーロン・マスクが率いるテスラは、2019年度の決算で、生産台数がトヨタ自動車のおよそ1/30、700億円の赤字決算であったにも関わらず、トヨタ自動車の時価総額を超えたのが、2020年7月のこと。2021年度の決算によると、生産台数は、前年比1.8倍となる94万台、売上高は、前年比71%増の538億ドル(約6.2兆円)を記録しました。
また、自動車販売と合わせて、テスラの決算において、排出権取引による収入を見逃すことはできません。米国では、カリフォルニア州をはじめとするいくつかの州で排出ガス基準を満たすことが義務付けされていますが、EV車専業メーカーのテスラは、余剰の温室効果ガス排出枠を保有し、多くの温室効果ガスを排出する他自動車メーカーにその排出枠を販売しています。
10年前の2012年には、わずか4千万ドル程度の排出枠販売が、5年後の2017年には、3億6千万ドル、2020年には15億ドルを超え、2022年には、20億ドルもの販売額を予定、その額は、10年間で50倍となりました。カーボンニュートラル社会に向かう過渡期でのルールによる排出枠の販売。黒字化までの業績を支えるインキュベーションのための資金調達をカーボンニュートラルに向かう社会全体が支援したかのようです。
そして、現時点でのテスラの時価総額は、約69兆円。日本の自動車メーカー9社(トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、スズキ、SUBARU、三菱、いすゞ、日野)の時価総額 47兆円を優に超える規模となっています。
また、企業価値が大きく増大している例として、デンマークの電力会社 オーステッドも注目に値します。デンマーク政府がデンマーク石油・天然ガス会社を設立したのが1973年のこと。設立当社は、化石燃料を主力とする従来型の電力会社でしたが、その後、資源には恵まれないデンマークが示した方向性は、国内でのエネルギー自給率を高めることでした。1991年には世界初の洋上風力発電を開発し、2008年には再生可能エネルギー会社としての移行計画を発表することになります。そして、2017年 新社名 オーステッドとして新たなスタートを切り、現在では、自らを「世界で最もサステナブルなエネルギー企業」と称しています。
オーステッドの時価総額は、約5.3兆円。これは、日本の電力会社10社(北海道電力、東北電力、東京電力、北陸電力、中部電力、関西電力、中国電力、四国電力、九州電力、沖縄電力)合計の時価総額(約4.5兆円)を上回る規模となります。デンマークの国土面積は日本の1/9で、人口では北海道と同規模の580万人。わずか日本の1/20程度の人口なのです。知れば知るほど憤りを感じる結果となりました。
2030年に向け問われる、日本の本気度
今年の11月にエジプトで開催されるCOP27。「2030年までに温室効果ガス46%削減、さらに50%の高みを目指す」ことを目標に掲げる日本政府。その本気度に世界が注目しています。しかし、日本のカーボンニュートラル社会転換へのティッピング・ポイント、そのきっかけを作るのは、脱炭素経営を目指し、サステナビリティを経営戦略に据える企業がその先導役となることでしょう。企業価値向上とビジネスとしての合理性を追求するのであれば、進むべき道はおのずとそこにあることが、すでに海外では証明されています。
※時価総額は、いずれも2022年5月中旬時点の株価を基に算出
萩谷 衞厚によるこちらの記事も合わせてご覧ください。