「リスクを許容し攻め続ける企業がリードする」2023年、ついに『脱炭素』実践フェーズへ―。|Members+対談#07
「経営x脱炭素」に関するトピックについて、京都大学大学院の諸富 徹 教授とメンバーズ専務執行役員である西澤が意見を交わし合うシリーズ企画。
脱炭素に向けた動きについて、先進国内でも遅れを見せている日本ですが、2023年はようやく実践フェーズへと移行するターニングポイントとなりそうです。我々、日本企業は何を備え、どう動けばよいのでしょうか?#07では、2023年の脱炭素と経営について議論しました。
正しく世界を読み解くことが、企業の持続的な繁栄を生む
西澤:脱炭素を目指す経営が、これからの企業の命題であることは世界の流れからも明らかです。しかし、そうした経営を進めようとなったときに、具体的な実践の指標となるような資料が意外と少ないのではないかと感じているのです。
たとえば、グローバルなコンサルティング機関が調査・研究するレポートのなかには、「なぜ日本のDXが遅れているのか」といったような問いに対し、根拠を示しながらきちんと応えられる分析レポートも存在しています。すごく読み応えがあって面白くもあるのです。
しかし「なぜ日本の企業が脱炭素をやり切れないのか」とか、「脱炭素化における日本企業における影響」などをしっかりとまとめた研究レポートは、あまり見当たらない気がしているのです。
諸富:同感です。そうした情報こそ有益なはずなのですが、なかなか出てこないのは、いかに現状の基盤を活用し生き残らせるか、つまりは既存産業の保護を重要視してきた日本の政策のあり方と、関係があるのかもしれません。
また書き手側の問題として、既存の産業に利害関係のある書き手が、対象産業に忖度してしまって「筆が鈍る」ことがあるのかもしれません。つまり、当該産業にとって耳の痛い改革を提言することを、書き手がついつい避けてしまうわけです。こうして言説が一歩、二歩、遅れていくことによって、対応が三歩、四歩と遅れてしまうのです。そこで正しい情報というか、世界の正しいとらえ方を提示できる分析があれば、当該産業にとって耳の痛い分析/提言であっても中長期的な視点に立ったときには必ず役に立つはずなのです。
企業にダメ出しをするということではなく、収益化を最大化できるような真にビジネスの正しい方向を示す、ということです。「現時点では遠回りに見えるけれど、そちらへ進むことでより未来が開けますよ」というメッセージを発信できるシナリオをちゃんと提示できていれば、たとえ短期では嫌がられても、少し時間が経ったときに「やはり、あの分析は当たっていたな」「世界はだんだん、あの分析の展望通りになっているな」となるはずです。
そうした分析はどうしても、日本の常識から外れたいわゆる尖った主張になってしまうはずなので、最初は「現実的ではない」と批判にさらされるリスクを負うことになるかもしれません。たとえば、脱炭素社会への道筋の1つとして世界各国で電気自動車へのシフトが始まったとき、日本では「現状で自動車のEV化なんて無理だろう」と言われたものです。もっと言えば、EVは非難の的という感さえありました。航続距離が短い、給電設備がないなどの課題が次々と挙げられ、だから無理、非現実的、と決めつけられてしまったわけです。
ところがその後、どうなっているでしょうか。2年前から世界各国で指数関数的にEV市場が急速に立ち上がっていることがデータで明瞭に出てきました。その急拡大する市場で日本の自動車メーカーの存在感はほとんどありません。世界全体で、EVは自動車総販売数の約1割に達し、前年度の1.5倍に急伸しています。そのなかで、日本車のシェアは5%にも満たないのです(2022年1月~11月の期間で集計した数値)。
西澤:振り返ってみれば、当時は「EV化のデメリット」に関する記事のほうが多かったように思えます。
諸富:しかし、世の中が変わったらそういう声も消え、やっぱり自動車メーカーの利害という点では耳が痛くても、ちゃんとEVの将来性を言い当てた書き手の評価が上がってきます。特に、自動車業界は日本で産業の裾野も広く、膨大な雇用者数を擁しています。書き手も自動車の業界紙に執筆して原稿料を稼いでいる側面もあるでしょう。そのため、自動車メーカーに批判的な記事は出にくい。サプライヤーや販売店など、関係する団体も人も膨大な数ですし、そのすべてを敵に回すような主張をすれば、オンラインニュースのコメント欄を見ると分かりますが、バッシングの対象にもなることでしょう。そのような構造が、日本の言説を遅らせているというのがあると思います。事実、時間が経てば経つほど、世界はEV路線をより強固にしていますから、そのなかでガソリン車やハイブリッドに固執していると、気づいたら自分の立っている場所の周辺にヒタヒタと水が迫ってきて孤立してしまう、というような状況になりつつあります。
西澤:だからこそ、分析やデータに基づきながら「ちゃんと世界を見るとこうなっていますよ」「ビジネスはこっちを向かないといけないですよ」という情報が大切ですね。
企業が動いていくためには、「今はこのビジネスが儲かっているけれど、このまま未来永劫この状況が続くわけではない。企業の持続的な繁栄を考えると、時間がかかっても方向転換をする時期なのだ。」ということを経営陣が判断できる指標となるような情報がもっと必要であるということは明確です。
諸富:直感や想いだけで経営を進めるのではなく、やはりデータや分析を踏まえた情報であれば、より強固な判断材料になるのではないでしょうか。
西澤:はい。ただ、日本でそれを実行/発信していくのは、勇気が要ることですが…。
諸富:誰もがいつかは気づくのです。
たとえば、自動車部品メーカーは、供給先の自動車メーカーの動向を見てこれまでついてきたわけですが、彼らから直接話を聞くと、実はすでに不安に駆られている様子です。内燃機関車の時代が長く続くとは思えないと分かっているので、メーカーの要求に応えて今はハイブリッドやガソリン車の部品を作りながら、そこで得た利潤を投資してEV用の製品開発などに取り組み始めている会社もあると聞きます。ガソリン車関連の発注がなくなったとしても、将来生きていくための別のオプションを作ろうという経営判断をしているわけです。
日本の脱炭素・再エネ活用は、いよいよ実践フェーズへ
西澤:そうした状況の俯瞰からも、企業にとって2023年は脱炭素の実践フェーズになるととらえています。日本政府が「2013年比で46%削減」を掲げた2030年まで、残り7年しかありません。いよいよ本腰を入れて取り組む時期だと思うのです。
私自身も、実践フェーズで企業の皆さんと共創できるような取り組みを進めていきたいと考えています。たとえば、企業の実践を後押しできるような研究や具体的に参考になる海外事例の提示、カーボンプライシングを導入した際の業績インパクト予測などを、提案できたら、と。
諸富:なるほど。それは非常に素晴らしいですね。
基本的に研究というのは課題解決のための方策なので、課題設定ができれば半分は解けたようなものです。テーマを見つけて課題を設定する部分こそがもっとも難しいのです。そういう課題設定能力――「ここが課題だ」「ここが解決できれば先に進める」というのを見出すチカラが、これからはますます重要になっていくのではないでしょうか。TCFD*が要求しているのも、実はそういうことなのだと思っています。
西澤:確かに、そうかもしれません。
諸富:TCFDの本質は「将来のシナリオ」を描くことにあります。それを描くために、現在の状況を企業に問う役割を担い、TCFDは企業に対してリスク評価を求めています。ここでいう評価とは、電気使用量・化石燃料使用・CO2排出量のデータを把握したうえで、その数字をどう読み解き、気候変動にともなう自社のリスクをどう評価するのか?ということです。
たとえば、近年のカリフォルニアでは、山火事が多発しており、日本では台風の大型化による風水害が激しくなっています。その結果、企業がどんなリスクを負うのか、ということなどを自己評価し、将来のビジネス戦略策定のシナリオを描きなさいと言っています。
西澤:少なくともプライム市場に相当している企業は、それを考えていく必要があるはずです。そして、プライム市場の企業全体でCO2排出量を半減させることができれば、2030年までに政府が掲げているような目標により近づけるのではないかとも思います。
ところが、そうした取り組みの指標となるような、プライム市場全体の企業の脱炭素化の動向を網羅的にとらえているデータや情報は、あまり見当たらないのが現状です。せっかく脱炭素に直接的に貢献できるような製品やサービス、そして技術があるにも関わらず、その取り組みを上手に生活者に取り組みを伝えたり、自社の変革のセンターピンに掲げていたりする企業は多くないと思います。
諸富:表層的な取り組みやメッセージだけでは限界があるということですね。グローバルなコンサルティング機関のレポートを見渡してみても、納得できるような気候変動周りの分析は見当たらないな、という印象を持っています。たとえば、そうした機関の1つが、EV化を否定的にとらえる分析結果を発表したこともありました。膨大かつ国際的なデータに基づきつつ、です。しかしご承知の通り、世界はやはりEVの方向へと進み続けています。
つまり、どれほど正しいデータを集めても、誤った見通しのもとで分析されては誤った処方箋しか出ない、ということです。
西澤:正しく将来を見通せる分析力も重要、ということですね。
諸富:どういう方向に社会が向かおうとしているのか、脱炭素がどんな社会変革を意味するのか、そうしたことに感度が高く、ビジョンをきちんと持っている人材が必要です。出てきたものを叩くというスタンスでは、どれほど情報を集めても、重要なメッセージを拾うことはできないでしょう。
脱炭素時代をリードするのは、リスクを許容し攻め続ける企業である
西澤:ロシアによるウクライナ侵攻や世界的なインフレなど、2022年は脱炭素の動きにも影響をおよぼすような大きな出来事の連続でした。その後に続く2023年は、2022年に起きたことの影響を強く受ける年になるのだろうと感じます。
諸富:一時期のピークを越えたとはいえ、化石燃料は高騰したままです。これがノーマルになるのか、一時的なことなのかは脱炭素化に向けた大きな分かれ目かと思います。ウクライナが不安定な状況になったことで、ヨーロッパではガスの安定供給が難しくなっています。この冬は何とか越せそうという予測になっていますが、それが持続可能かはわからないという状態です。時代に逆行するかのように、化石燃料をかき集めるという事態が起こっています。
その一方で、化石燃料の高騰は、全般的にエネルギーの価格高騰に直結していますから、再エネ加速のきっかけにもなり得ると見込む動きもあります。
西澤:もはや、高い高いと言われてきた再エネの方が安くなるということになりますからね…。
諸富:いよいよ本格的にそういう時代が来るのではないでしょうか。今は苦しいけれども、苦しみはそこから免れる努力を引き出すものです。視点を変えてみるきっかけにもなります。
今まで、再エネは環境のための方策でしたが、実は経済のためなのだというとらえ方が、重みを増すのではないかと思います。平たく言えば、「経済的に安い方を選んだら再エネだった」という時代になる、ということです。再エネ自体の価格が下がってきたことも理由ですが、同時に化石燃料が高騰してしまったことも背景にあります。
西澤:その二重の効果によって、再エネの加速がどんどん進むんじゃないか、ということですね。
諸富:IEA(国際エネルギー機関)は、そういう展望を確信するようになっています。2022~2023年は、将来振り返ったときに、2023年は脱炭素化のターニングポイントになるのではないでしょうか。
もう1つ忘れてはいけない課題は、エネルギー安全保障です。ウクライナの状況などを見れば明らかですが、自国で生産できる再エネを持っておくことは、中東やロシア依存の危険性から免れることにつながります。そういう意味でも今後、再エネは経済安保やエネルギー安保の視点からも、ますます評価されるようになっていくでしょう。
そのような流れをうけて、2024~2025年には、パリ協定の約束に向けて再エネ加速の動きが表面化、それ以降は完全に再エネの時代に入っていくだろうとみられています。
西澤:国レベルだとエネルギー政策の転換期というか、本当の意味でのスタートが切られる年だといいなと思っています。
諸富:菅元首相が脱炭素宣言をしたのが2020年10月。そこから様々な議論や準備を経て、昨年の12月末に開催された「GX実行会議」でカーボンプライシングの導入方針が決定されました。2023年は、自主参加型の排出量取引制度が4月に開始されるなど、いよいよカーボンプライシングの実行フェーズに入っています(ただし、「炭素賦課金」は2028年度から実施予定)。
仕組みそのものはツッコミどころ満載でプライシングレベルも低く、何より遅すぎるともと感じています。けれども、過去10年、20年と議論していながら何も進捗がなかったことが実行されることについては、評価すべきだろうとも思います。企業にとっては、だんだん外堀が埋まってくることを実感する元年、といってもいいかもしれません。
西澤:そういった点では、日本もようやく一歩踏み出す、まさに実践フェーズの年になりますね。
脱炭素時代をリードするのは、リスクを許容し攻め続ける企業です。日本政府はこれまでの社会発展に貢献してきた企業や権力のある大手企業をいかに残すか、いかに既存の基盤を活かすか(生かすか)という保護政策に走りがちですが、企業のありかたも同じであってはいけないと強く感じます。繰り返しにはなりますが、我々企業はこれから、脱炭素時代の基盤を創る身として、リスクを許容するキャパシティを持ちながら脱炭素/再エネにかかる事業構造転換を実践していかなければなりません。
メンバーズも、まさに再エネ活用の取り組みを加速しようと考えていますので、さまざまな業種の日本企業のお客さまとともに脱炭素時代を切り拓いていくという想いでリーダーシップを発揮していきたいと思います。
諸富:メンバーズさんのこれまでの取り組みの成長や新たな取り組みともに期待しています。
文責:岡 小百合(5Ps)
※取材内容および所属・肩書等は2022年12月取材当時のものです
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