エジプト開催の『COP27』現地視察で見えてきた日本と世界のズレ|Members+対談#06
「経営x脱炭素」に関するトピックについて、メンバーズ専務執行役員である西澤と京都大学大学院の諸富 徹 教授が意見を交わし合うシリーズ企画。#06では、日本の政策方針とグローバル・スタンダードとのズレについて意見が交わされました。
今回の対談では、世界と日本の脱炭素への道筋の違いが鮮やかにあぶり出されたようです。
エジプトで開催されたCOP27に参加してきました
諸富:西澤さんは、COP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)の開催に合わせて遥々エジプトまで行かれたのですね。
西澤:はい。2022年11月6日~20日にエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催されたCOP27に、JCLP*の視察団の一員として参加してきました。
今年のCOPにおける1番の議題は、「途上国支援」でした。途上国の開発を、先進国がどのように支援していくのか、という話です。先進国側には、これ以上の補償は難しいという空気がにじんでいましたが、今回はアフリカ大陸での開催で発展途上国側の立場の人が多かったこともあり、支援を求める雰囲気を強烈に感じました。
諸富:開催地の影響力は大きいですね。COPでは様々なテーマのイベントや会合が開催されますが、西澤さんはどのようなところに参加されたのですか?
西澤:パビリオンで開催された各国の展示とディスカッションを視察しました。
個別の会合では、健康問題を気候問題から考える有力医学誌「The Lancet(ランセット)」や、いわゆるエネルギー・セクターごとの脱炭素への道筋を示すシンクタンクやコンサルタント、すでに具体的にカーボン・オフセットを宣言しているデンマークのエネルギー会社「Orsted(オーステッド)社」、同じくデンマークの世界的海運企業で脱炭素への具体的なステップを公開した「A.P. Moller – Maersk (マースク)社」の会合などにも参加してきました。
諸富:COP27では、先進国および大量排出国がどのように削減目標を積み上げていくのか――いわゆる、CO2削減目標の積み上げや、日本語では「気候適応」と訳されているテーマも議題になりましたね。それから、たとえば洪水やハリケーンの到来時に水没してしまう地域など、すでに起き始めている気候変動被害にどう対応していくのかという課題も。
そして、先ほど西澤さんからうかがった「先進国から途上国への支援」、つまり現在進行形で起きている被害に対してどう補償していくのか…、これは今回のCOPで初めて本格的に取り上げられたテーマかと思います。COP本来の意義を感じるテーマでした。
西澤:2021年に開催されたCOP26は、イギリスのグラスゴーが開催地だったこともあり、ヨーロッパ中心のテーマが多かった印象がありました。ガソリン車からいかに早く脱却するかなど、先進国中心の議題が目立ちました。そういう意味でCOP27の議題は、前回のCOP26からの進捗と見ることもできそうです。
なぜ水素?COP27で議論された日本と世界のズレ
西澤:COP27の会場では、いろいろな方と直に接する機会があったのですが、日本の取り組みに対しては「なぜ日本はこんなにも水素を推しているのだろう?」という声が多かったように感じます。この意見は決して水素活用を根本から否定しているのではなく、あくまでも
というのが彼らの主張です。
前回の対談#05でも話題にあがり、メンバーズのお取引企業さまイベント「ユーザー会2022」における諸富先生のご講演でも詳しいお話がありましたが、日本の脱炭素化において世界は「洋上風力発電」に大きな可能性があると見ています。浮体式の洋上発電機を北海道と東北沖に設定していけば、現在の日本の消費量の8倍ほどのポテンシャルがあるとの試算もあるほどなので、なおさら「なぜできないのか?」と。
※洋上風力発電のポテンシャルについては、こちらの記事で詳しく解説しています↓↓
当の日本は、他国で作ったクリーン水素をわざわざ輸入することで解決しようとしています。
本来、水素は産業の上流の部分である鉄鋼や化学などの分野で使われるもの。そのため、一般消費者レイヤーは再エネを直電化すれば済む話なので、そこに水素は必須ではありません。しかし、それすらもわざわざ水素に置き換えようとしているのです。なぜ、ここまでグローバル・スタンダードと日本のスタンダードがずれてしまっているのでしょうか…?
諸富:要は、日本としては、いきなり再エネに移りたくはないのだと思います。脱炭素を目指すにあたって、再エネの前に水素を差し挟むことで、「今の発電や産業の仕組みをそのまま利用していきたい」という思惑があるのではないでしょうか。
電化の推進と再エネの増産、この2つの戦略を追求していけば、業務用やビルや住宅などは脱炭素を実現できます。自動車領域もEV(電気自動車)へ移行し、動力源を再エネなどにすれば、やはり脱炭素は完成するということになります。それが世界のスタンダードな考え方です。それに対し、「EVに移行したとしても、電源の部分で火力発電などを利用していれば結局CO2が排出されるのだから意味がない」というのが、日本国内でよく聞かれる論調だと感じます。
実は、ドイツなど一部の自動車産業が強い国々で「水素を使いたい」という考えがあるにはあります。やはり、なんらかの形で内燃機関を残したい想いがあるのかもしれません。水素はそのオプションになり得ます。
それに加え、せっかく持っている技術をなんとか生かせないか、ということも理由の1つでしょう。日本にも水素を活用した燃料電池車があります。これは脱炭素に向けた肝いりの技術ではありますが、EV社会へ全面移行してしまうと化石のようになってしまうかもしれません。産業分野で日本なりに進めてきた脱炭素化へ向けたシナリオを生き残らせるためには、自動車領域でも水素を活用していくことで水素需要を喚起することが必要という論理なのでしょう。
リスクを取らない保守的な思想が遅れを招く
西澤:なるほど…。COP27では、脱炭素を自社のビジネスモデルや収益構造のチャンスとしてとらえ真正面から立ち向かい、積極的に行動を起こした企業ほど結果的に儲かっている事例をたくさん見てきました。しかし、その事例ではどれも
と口を揃えて話されていたことが印象的でした。つまり、彼らは「不確実なリスクこそが最大のチャンス」であり、「今のビジネスモデルを維持することを諦める勇気が重要」だと身をもって示してくれたわけです。日本において、そこまで振り切っている企業はあるのでしょうか?
諸富:非常におもしろい視点です。
日本では、政府も企業も簡単にはそのようなリスクを許容しないでしょう。基本は、政府も企業も言葉では踊っていますが、その内実を見ると現状の延長線上での生き残りを図っているように見えます。日本企業に出資させて新しい半導体企業を「日の丸連合」として作って対抗する、というような状況から見ても、国が「この産業が大事」と指定したら、とにかくそこに注力し守っていこうとするのが日本ですから。言い換えれば、CO2大量排出産業とも言える製造業、そのなかでも特に「重厚長大産業」をどう脱炭素化のなかで生き残らせるか、というのが日本の至上命題となっているのです。
「なにかが消滅した結果、どこからか新しい芽が生まれてきて、結果的に2050年にはすっかり産業の形が変わっている」というのが、私が重視している産業構造転換のイメージです。そうでなければ、イノベーションが起き、まったく新しい製品・サービスを生み出す新興企業が台頭する、という変化は起きないでしょう。しかし、経産省が描いている未来の日本の経済/社会は、脱炭素化に取り組みながらも、みんなで手をつないで現状勢力が生き残り歩んでいく、というような世界に思えます。いわば「大企業は潰さない」というスタンスですね。
西澤:思想の違いの大きさ、そして日本に染み付く「失敗したくない気質」の強さを感じますね。
諸富:「失敗した結果消えていく産業が出てきても、それはそれで致し方なし」というある種の諦めができないと、国全体として産業がポジティブな方向に変わっていけないという論理が世界の底流にあります。日本はその認識が持てていないのか、はたまた持ってはいるがアクションできずにいるのか、どちらにせよそこが非常に心配です。
西澤:同感です。
諸富:また、これは前半の水素の件にもつながる話です。今の日本は、「大事な産業を生き残らせるために、当面のあいだ現在の化石燃料を使い続ける」という前提があります。結果的に排出されてしまうCO2はキャプチャー&ストレージ(CCS)*で食い止め、ある将来時点でどうしても高温の熱需要が発生する産業については、少なくとも燃焼時にCO2を出さない水素へと転換しよう、という考え方です。
CO2がどうしても排出されてしまうのに、エネルギー集約産業を残したいがためにCCSへの期待が異様に高まっているのも、日本の特徴といえます。本当にCO2の超長期的な貯留が可能なのか?採算性をとれる事業になりうるのか?という科学的・経済的な疑問は未解決のままです。水素についても、その製造過程で大量のCO2が出かねません。製造過程でCO2を出さない「グリーン水素*」を大量かつ安価に製造できるのか、これも未解決のままです。
エネルギー集約産業を縮小していって、別の…たとえば「ソフトウェアやデータの分析から新しいデザインを創出していく」デジタル産業への移行というような、根本的な産業構造転換は目指されていないことが分かります。新しいタイプのサービス産業と融合した製造業の新たなあり方を創造する産業政策にはなっておらず、古色蒼然とした産業をCCSと水素で生き残らせる、という方針で進んでいるのが実情です。
成功企業こそ陥りやすい『イノベーションのジレンマ』
諸富:「イノベーションのジレンマ」についてご存知ですか?成功した企業は、なぜ次のイノベーションを起こしにくいのか、という話です。
成功した企業とは、たとえばある支配的技術でマーケットシェアを占めて勝った経験のある企業などを指します。その技術を覆す新しい技術が出てきたときに、頭ではそちらへシフトするべきとわかっていても、それは自分たちの築き上げてきたこれまでの技術や基盤、成し遂げた市場での勝利を否定しなければならないということです。そのため、次へ行くこと=自社の基盤を自ら壊すという、大きな痛みをともなう決断をしなければならず、なかなか踏み出すことができません。
その結果、現行技術で成功した企業は必然的にイノベーションを起こせなくなり、衰退していく。成功したからこそ、衰退していくという矛盾が「イノベーションのジレンマ」という理論です。これは、20世紀に成功した日本企業が、軒並み次を切り開くことができずにズルズルと後退していく現在の状況を、非常にわかりやすく示しています。
西澤:水素中心に考える日本の自動車産業が歩もうとしている道と、重なっているようにも感じます。
諸富:世界ではやはり、EVが本流です。世界の本流に沿ってEVの方へ向かっていけば、部品メーカーは様々なEV用の部品を作り出すでしょう。
西澤:EVを中心とした産業構造ができる、というわけですね。
諸富:しかもこれからの産業構造は、これまでのようにトップのメーカーに多大な数の部品企業がぶら下がっているピラミッド式ではなく、フラットな構造であり、世界中が水平分業になっていくと考えています。そこに人も資源も金も集まるので、価格は安くなるしイノベーションも起きやすくなるはずです。
そうすると、どんどんEVの技術は進化し、使いやすくなり、さらに買いやすくもなる。EVの給電所なども増え、インフラも整備されていくでしょう。ITやエンタメ企業も自動車産業に参画し、ソフトウェアも開発されるというような世界線になれば、ますますEVは存在感を増していきます。
西澤:世界はもう、そういう流れになっていると感じます。
諸富:はい。カリフォルニア州が、2035年にハイブリッドも含めた内燃機関の自動車を完全に廃止するという州法を可決させたことは、象徴的だと思います。
西澤:アメリカの特徴の1つは、連邦がドナルド・トランプ氏を大統領としても、州単位でカリフォルニアのような政策を進められることだと思います。そういう土壌からイノベーションが生まれて、テスラのような企業が登場し、社会から後押しされて成長していく。一方日本は、国が違った方向に動くとオルタナティブが出にくいという特徴がありそうです。
『海外の情報』とダイレクトに繋がることが、企業の存続/持続可能な成長のカギ
西澤:先生に教えていただきたいのですが、たとえばアメリカだと国務長官直轄の気候変動チームが大統領直下に存在していて、すべての交渉がそこに集約されるような仕組みをとっています。英国にも同様のチームがありますが、日本にもそうした仕組みはあるのでしょうか? 日本の気候変動対応のイニシアチブがどこにあるのか、外から見てわかりづらい印象があるのです。
諸富:統合的に気候変動対策をとりまとめる仕組みは、現在の日本にはありません。そういうチームや部署がぜひとも必要で、首相官邸の中につくるべきだと思っています。もっと言えば、環境大臣とは別に「気候変動担当大臣」なるものを設けるべきだとも考えるほどです。
西澤:そうなのですね。であれば、ネットゼロを掲げる企業がさらに団結して、政府への働きかけを強めるべきだとも思います。もちろん、生活者の意識改革も必要だと感じますが。
ちなみに、現地でNHKの取材陣を見かけ、後日NHK番組でCOP27関連のニュースが放映されていましたが、そこでのCOP27の取り上げられ方が「日本の革新的な技術で地球温暖化を防止」のような形だったのは衝撃的でした。実際のCOP27ではそんな話は一切出ていなかったですし、地球温暖化ではなく「Climate Crisis(気候危機)」が世界の共通言語です。現実と報道がだいぶずれているように感じました。
諸富:英語がストレートに入ってこないことの弊害なのでしょうか。どちらにせよ、最新のニュースとして日本社会に発信しているはずですが、このままではグローバル・スタンダードとのズレが縮まるどころか、広げてしまうことにもなりかねないですね。
西澤:COPを現地で経験して、「海外と直につながる情報源」は判断を誤らないためにも非常に大事だと改めて実感しました。そこが日本の舵取りの一部を担っている企業の経営層は、ことさら意識していくべきなのではないでしょうか。そして、どんな企業も、グローバル視点から生の英語を積極的に取り入れ、内外フラットに物事を見る姿勢で脱炭素化の方向を見定めていくことが非常に大切なのだと強く思いました。
文責:岡 小百合(5Ps)
※取材内容および所属・肩書等は2022年11月取材当時のものです
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