企業の構造改革と人材育成で目指す『公正な移行』|Members+対談#08
「経営x脱炭素」に関するトピックについて、京都大学大学院の諸富 徹 教授とメンバーズ専務執行役員である西澤が意見を交わし合うシリーズ企画。
最終回となる#08では、「公正な移行」における雇用の課題について意見を交わしました。脱炭素化にともなう産業の構造転換にあたり、企業は人材育成と事業構造の転換を両輪で走らせていく必要がありそうです。
変われない日本を形作った長期安定雇用の美談
西澤:世界では今、企業に対して「脱炭素化」や「エネルギー」、「事業構造転換」への公正な移行*が求められています。そこで今回の対談では、日本が公正な移行をおこなっていくうえでの雇用について、どのような影響があるのかを考えてみたいと思います。
諸富:そもそも、「公正な移行」という言葉が登場したのは最近のことです。雇用を含め、脱炭素化の推進とともに生まれる課題に備えなきゃいけない、という意識が強まってきたことの表れでしょう。そういう意識を持つ人たちは、もっと早くから存在してはいたのですが…なかなか実践へと乗り出せなかったのです。
たとえば、アメリカではオバマ政権時に「排出量取引制度法案(ワクスマン=マーキー法案)」が提案されたことがありました。2009年のことです。まさに今で言う「公正な移行」について既に議論され、この法案のなかにはその対策まで盛り込まれていました。
西澤:10年以上も前から、公正な移行に関する原案があったのですね。
諸富:「排出量取引制度法案」には主に2つのテーマについての対策が盛り込まれていました。1つ目は、今後の化石燃料の値上がりにともない貧困に陥る低所得者たちの救済方法について。そして、2つ目は産業の移行に関する雇用問題についてです。
脱炭素化が進むと、これまで化石燃料産業で働いてきた人たちが解雇される可能性があります。その一方で、自ずと再エネ産業は成長するはずなので、どのように産業間で人材の移行をうながし、雇用を確保するか、ということが随分と前から議論されていました。今やっとこの内容が表沙汰になり、「公正な移行」の名のもとに議論されるようになってきたというわけです。
西澤:日本以外の各国は、国単位で雇用の流動性が高いということが前提にあるからか、リカレントを含む企業の衰退と脱炭素型企業への労働人口の移動に対し、政策として道筋をつくっていることを感じます。
ひるがえって、日本ではこうした話をする際に、どうしても解雇規制の問題や日本特有の問題である知識不足、勉強不足が枷となり、なかなか進まない感があります。平たく言えば、日本では「不公平な移行をおこなう」、もしくは「なにも移行しない」のどちらかを選択せざるを得なくなるのではないでしょうか…?
諸富:面白い表現ですが、核心をついていると思います。なによりも、政府に「公正な移行を議論する必要がある/そのための政策を立てる必要がある」という問題意識がないこと、または議論しようと思っても議論できる環境にないこと、これらが問題かと思います。
対策のためには、雇用問題を避けて通ることはできません。日本は国として必死で従業員の雇用を守ることで長期安定雇用を実現してきました。いわば、賃金を自主的に切り下げることで雇用を守ってきたわけです。これは美談とすることもできますが、だからこそ経済のあり方が十分に変わらなかったという側面もあります。
一部の企業がジョブ型採用を始めてはいるものの、全体に広がってはいません。「雇用流動化」という言葉をよく耳にするようになりましたが、そういうなかで、不要な事業をばっさりと切って新しい方向に踏み出すかと聞かれれば、まだ厳しいと言わざるを得ません。そうなると、西澤さんがおっしゃるとおり、「不公平な移行を行う」、もしくは「なにも移行しない」という二者択一になるかもしれません。
企業は人材育成と社内構造改革を両輪で走らせるべし
西澤:脱炭素社会の実現に向けて公正な移行は確実に進めていかなければいけない要素ですが、日本ならではの痛みが企業にともないそうですね。
諸富:その耐えがたい痛みの要因の1つとして、セーフティーネットが充分ではないという課題が挙げられます。
スウェーデンなどは福祉国家ならではの手厚い保障があることで知られていますが、福祉国家=救済国家かといえば、実は決してそうではないのです。むしろ「とにかく働いて税金を払ってね」という考え方が国のベースです。その反面、弱者にはきちんとセーフティーネットを張るので、失業者には優しい国でもあるわけです。
一方で日本の場合は、失業/転職した際にしてもセーフティーネットが弱いと言えます。たとえば、再エネ産業で働いてみようと思っても、知識やスキルを修得する場とチャンスを、国家が体系的に整備、公費で支援を受けて新しいスキルを身に着けるという流れにはなっていません。
西澤:そのような状況における現実解としては、企業内でリカレントやビジネスモデルの転換を行い、強制的に移行先事業の方へうながしていく、ということにならざるを得ないのではないかと思っています。昨今になってやっと、企業の投資もハコから人に向かっている潮流は感じられるようになってきたものの、その内容を見ると、たとえば育成という観点ではデジタル人材に目が行きがちで、人材を育成してもそのスキルを発揮する場がないというジレンマが起こっています。教育と事業の歯車が噛み合っていないのです。
諸富:なるほど。企業の中で全部を実践していくことの難しさがあるのではないでしょうか。社内でも人材育成はできるでしょうが、社内の構造改革に関してはなかなか難しいと考えられます。
たとえば、社内の紙をすべてデジタル化する取り組みを進めるにしても、大幅な人員配置の転換が必要ですし、仕事の方法や段取りも変える必要が出てきます。さらに、従来型では存続が難しいケースも生じることから仕事の発想の転換も必要です。
西澤:先に手段を変えてリテラシーを上げマインドを変革させ、結果的に業務を減らすことで強制的にこれまでとは違うことに取り組む環境を整えていく。そんな方法もありそうですね。
諸富:ただ、企業の方向性に関する意思決定はちゃんとしないといけないと思うのです。デジタル化ならデジタル化、脱炭素なら脱炭素の方向を定めていく。それに合わせて仕事のやり方や人の配置も変えていく――というように、いずれにしても、人材育成と社内構造改革の両輪として走らせ、進めていくことが重要です。
西澤:今の業務のデジタル化を通じてリソースを空け、違うことに取り組んでもらう準備を整えつつ、事業としても新しいところに空いたリソースを踏襲していく。そのように人と構造改革を両輪で回していくのが、現時点では企業ができる公正な移行というところでしょうか。
諸富:そうですね。なかには、分散人材配置は不要になっていくだろうとの予測もあります。デジタル化された仕事に関しては、何らかのセンターに集中させた方が効率的なので、良いか悪いかは別として、ある種の人材の集中化が起きるだろうと言われています。そうした現象にともなって、拠点再編が起き、社内組織も変わっていくでしょう。
西澤:人手をかけるところに人材を集中させ、省力化ができるところに関してはデジタル化を進めることで人員を削減していく、というメリハリを持った経営が必要だということですね。
諸富:しかし、公正な移行が、多少議論の俎上に載るようになったとはいえ、日本で本格的な構造改革が始まるのは2030年より後だろうと見られています。事実、現時点ではまだ政策化の気配すら感じられません。日本の国や企業の共通認識として、「そこまで激しい改革にはならないだろう」との気持ちがどこかにあり、そこから生じる遅れが徐々に重なって脱炭素に向けた動き出しに大幅な遅れを生んでいっているのかもしれません。
自由と責任のバランスが欧米のスピード感を生み出す
西澤:一方で、景気の悪化をうけて、GAFAなどは大幅な人員削減を敢行しましたが、いち早くモノからサービスにビジネスモデルを転換した新産業が、そうした対策を率先して実行することで、逆に産業的な受け皿を減らすことになってしまっている現実もあるのではないかと思っています。
結局は従来の労働者の雇用の方がむしろ守られていて、サービス転換企業の方が人材を流動的に扱い、利益の調整として機能させてしまうという側面があるように思うのですが、こうした方策も公正な移行と言えるのでしょうか?
諸富:二面性があると思うのです。北欧諸国では、そういった解雇を許容する社会であることを前提としているものの、労働者が路頭に迷わないように守る責任は国家にあるという考え方をしています。つまり、企業には解雇する権利がある。無理に不要な人材を抱え込まなくていい、という考え方もできるわけです。
また、アメリカでは、政府による保護政策が不十分なまま、会社の解雇権は認められています。失業すれば、何の保障もないところに突然放り出されるのですからハードではありますが、それがアメリカ経済のダイナミズムの源泉でもあるのです。不況が続いていますが、本格化するのはこれからだと言われ始めています。2023年は、これまで以上に失業者が増えそうです。しかし、それを乗り越えて2024年、2025年になると、また違う新しいビジネスが生まれてくるはずです。ひょっとすると、その未来でGAFAは今よりも影響力を落とす存在になっているかもしれません。その代わりGAFAを出た人材が、スタートアップで存在感を増していく可能性もあります。
そして、アメリカは資本主義を反映する場所が移り変わっていることからもわかるとおり、長い時間軸で見ると「移転」に対して自由な感覚を持っているようです。イギリスから来た人たちが居ついた東海岸がしばらくは産業の中心地でしたが、自動車産業の賑わいとともに20世紀後半には5大湖周辺へと移り、20世紀の終わり辺りから21世紀にかけてはカリフォルニアから新しい産業が興るようになりました。そして今は、テキサスの方での経済の動きが注目されるようになっています。
西澤:アメリカでは、人生で7回、8回と転職することや、転職にともなって引っ越しすることが普通の感覚とされるのは、経済の中心地が移動する特性とも関係があるのですね。
諸富:日本のように先祖伝来の土地へのこだわりなどはあまりないようで、良い仕事や給料を求めて移っていくことは当たり前という感覚です。だから産業構造の変わり方が速いのです。
西澤:そう考えると、日本は企業に解雇させないルールを課しているので、どうしても転換のスピードが遅くなってしまうと言えそうです。
ミニ・シリコンバレーの灯に見る日本企業の希望ある未来
西澤:日本では、モノからサービスに企業が移行していくなかで、多くの労働者がサービス提供側に回るのではないかと思っています。そうなってきたときに、サービス提供者自身が流動性を高めることは必然だろうとも思います。
GAFAのような企業のサービスが成長を続けているのは、大幅なリストラを経て事業構造を再編した効果の1つではないかと感じています。
諸富:西澤さんから見て、日本におけるサービス産業やデジタル周りの産業は、比較的アメリカに近いと感じられますか?
西澤:近いと思います。スキルを持っている人材が多いですし、今は市場関係も含めて転職しやすい状況でもありますから。一般的なITの企業では、20~30%の離職率が当たり前になっていますし、一部の企業ではミニ・シリコンバレーとでも言うべき動きさえ見られます。
諸富:少しずつ変わってきてはいる、ということですね。言葉を使わなくても察し合うことができる日本人の特性は、日本企業のなかに暗黙知という文化を育みました。いわば、「言わなくても分かり合える」ことは日本の企業の強みの1つであり、だから意思決定にコストと時間がかからない、というメリットもあったのです。
しかし、デジタル化時代を迎え「言葉で表さず背中を見て育つ」といった感覚が適合的でなくなってきたということもあり、若い人を中心にそうした意識も変わってきています。完全にアメリカにはなりきれなくても、デジタル化された産業や企業を中心に、徐々に変化していくのかもしれません。
西澤:政策や企業側が後押しするよりは、従業員全体がそこに目覚めて変わっていくという方に、期待したいなと感じています。
諸富先生との対談コンテンツは今回を持ちまして区切りとなりますが、デカップリングやリカレント、カーボンプライシングなど、先生とは多岐にわたって様々なお話をさせていただきました。その時々に意見交換したことが、この1年ほどで、徐々にではありますが具体的な実践フェーズに入ってきている実感があります。この対談シリーズの内容が、遅くとも3年以内には具体的な企業の取り組みとして結実している。そういう状況を創るためにも、先生から得た気づきや学びを礎にしながら、さらに取り組んでいきたいなと改めて感じています。
諸富:私は仕事柄、経済学と政府政策に焦点を当ててきたので、企業の経営にフォーカスする機会はさほどなかったのです。メンバーズさんとのパートナーシップによって、企業の経営視点で物事を考える機会をたくさんいただけたと思っています。私自身の視野もすごく広がった気がします。
メンバーズさんは脱炭素DXにとどまらず、いよいよ脱炭素化の実行段階フェーズに入られたとのことですが、その成功を心よりお祈りしています。遅いとはいえ、政策関係もだんだんそちらへ向かい、GX実行会議でカーボンプライシングのことも決まり、排出量取引も始まります。だからこそ、ソリューションを提供していける企業として、メンバーズさんに期待しています。
西澤:ありがとうございます。日本社会企業の新たなステップに少しでも貢献できるよう、今後も取り組みを進めてまいります。改めまして、8回におよぶ「経営x脱炭素」に関する対談にご協力くださり誠にありがとうございました。またご一緒できる日を楽しみにしています!
文責:岡 小百合(5Ps)
※取材内容および所属・肩書等は2022年1月取材当時のものです
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