「社会・環境価値を伸ばし、それに応じて経済価値も拡大していく」 日立製作所:Social Good Company #20
※この記事の情報は2018年06月21日メンバーズコラム掲載当時のものです
Social Good Companyでは、企業のCSVの取り組みについてインタビューを行っております。今回は、日立製作所 サステナビリティ推進本部 企画部長 増田 典生様にお伺いしました。
英国での27年半の長期におよぶ鉄道事業の受注は、社会・環境価値の提供による他社との差別化が要因。
事業を売上や利益等の経済価値で評価するのと同様に、社会・環境価値も可能な限り定量的評価を実施。
社会イノベーション事業は、Society 5.0および、SDGsが目指す持続可能な社会の実現に貢献。
1910年に創業した国内最大の電気機器メーカー 日立製作所。現在では、電力・インフラシステム、情報・通信システム他、オートモティブシステム、ヘルスケア等の社会イノベーション事業を展開し、様々な社会課題の解決に取り組み、社会と自社の持続的な発展を実現するサステナビリティ戦略を掲げています。
今回は、日立製作所のまさにその戦略推進企画の部門長である、増田部長にお話を伺いました。
● 初めに、サステナビリティ推進本部の役割や設立の目的を教えて下さい。
私たちのサステナビリティ推進本部は、2018年4月に発足した新しい組織です。3月までは、CSR・環境戦略本部という部署名でしたが、活動の実態に即して組織名称を変更しました。
私たちのミッションは、グローバルで約800社、約30万人の日立グループのサステナビリティ戦略の構築です。言い換えると、弊社の長期戦略を創ることだと理解しています。また、環境への取り組みは、2016年9月に発表した、日立環境イノベーション2050により、2050年までの方針も策定しました。
3年ごとの中期経営計画(以下、中計)はありますが、私たちは、中長期での自社のありようを検討する部門となります。
● 中計をまとめているのは、従来の経営企画部門ですか?
中計のとりまとめは、戦略企画本部で行いますが、私たちはそれとは別の役割を担っています。もちろん、中計のなかにもサステナビリティの視点を含める必要がありますので、戦略企画本部とは連携を密にして取組んでいます。
● 2017年4月には、サステナビリティ戦略会議を発足しています。
社長の東原が議長となり、経営幹部や事業部門長をメンバーとして、サステナビリティ戦略の最高意思決定機関として立ち上げました。そして、会議の下部組織として、2つの委員会を組織化しています。
1つは、「サステナビリティ推進委員会」で各事業部門や各主要グループ会社の主に事業企画本部長や部長クラスが委員として参加しています。自社の事業をサステナビリティの観点からどう考えるか、またSDGsやESGとどう関連付けるかを描く実行部隊となります。
そして、サステナビリティのなかでも重要なテーマの1つである「環境」については、「エコマネジメント委員会」を組織化しています。ここでは、環境面での長期目標の達成に向けた具体的な施策を検討や実行を進めています。
● こうした戦略会議を立ち上げた意味を教えて下さい。
私たちが掲げるサステナビリティ戦略は、SDGsのようなグローバルトレンドを踏まえて、弊社が進める社会イノベーション事業が社会にもたらす価値や影響、つまりプラスとマイナスの両面から明らかにし、中長期にわたる社会と弊社の持続的発展を実現することとしています。
戦略会議の立ち上げには、東原社長が旗振り役となりましたが、その際に、会長の中西にも報告しています。そのとき、中西から「SDGsは経営のメインストリーム、事業そのものである。決して傍流ではない」とのコメントがありました。
また、弊社では、社会イノベーション事業を通して社会課題に向き合っていますが、その事業を立ち上げたのは、中西の社長時代のことでした。当時から中西は、社会イノベーション事業の目的は、持続可能な社会の実現であると言っています。そういう意味で、社会イノベーション事業とSDGsが目指す方向性は持続可能な社会の実現で一致しています。
● 中西会長がそうした考えに至った経緯の様なものがあれば教えて下さい。
中西はダボス会議はじめ、様々な機会で海外の要人と会うことも多く、また、社長就任前もグローバルで外部との接触も多い部署にいましたので、持続可能な社会の実現といったグローバルのトレンドに触れていたことが挙げられるかと思います。
海外の人脈が広く、グローバル視点から経営・事業を考えることが当然になっているのだと思います。そういった意味では、経営幹部層の強いリーダーシップにより、サステナビリティ戦略会議を進めています。
● サステナビリティへの取り組みに関して、グループ会社の経営層や自社の部長クラスの理解はいかがですか?
中長期でのサステナビリティ戦略は非財務指標への取り組みも含まれますので、売上・利益といった財務指標での評価を中心とした事業戦略を考えがちのなかでは、理解の浸透に時間は掛かりました。
繰り返し事業部門を訪問し説明することで理解を深めることができましたし、経営幹部がその意向を持っていたことが大きかったと言えます。
2019年から次の中計がスタートしますが、年2回のサステナビリティ戦略会議で議長の東原社長から、「次の中計には、SDGsとの関連性やサステナビリティ・イシューを必ず含めること」、そして「社会・環境価値を定量的に測定できるように」との指示が出ています。
次期中計では、弊社が行う事業がどれだけ社会にインパクトを与えられるのかの視点を重視しています。どれだけ収益を上げられるかということではなくて、提供する事業がどの位の社会・環境価値を提供できるのかをまとめていくことが重要であると考えています。
現在は、各事業部門や経営企画部門と連携し、注力する事業の特定を行っています。当然ながらマーケットニーズも含めて検討していますが、マーケットニーズには、SDGsやESGの考え方が含まれます。また、特定した事業を進めることにより、その事業の規模と合わせて、社会・環境価値を可能な限り定量的に算出することを進めようとしています。
● これまでに無い新しい取り組みですね。
環境価値に関しては、CO2排出量の削減やエネルギー消費の抑制等、比較的算出しやすいのですが、社会的価値の定量的な算出は難しいと考えています。
たとえば、現在の弊社の風力発電事業は800億円の売上があり、国内トップシェアの事業に発展しています。800億円の事業規模であれば、年間で約50万世帯の一般家庭に自然エネルギーを提供できることになります。また、同等のエネルギーを化石燃料で生み出す場合と比べたCO2の削減量は、約77万トンになります。つまり、50万世帯が社会価値であり、77万トンが環境価値と言えます。
一方で、事業内容によって、定量化の取り組みやすさも異なります。風力発電や鉄道等、モノが存在する事業であれば、比較的算出し易いと言えます。しかし、中間素材の事業や、ITソリューション系の事業は測定しにくいと言えます。ただ、測定できないものは改善できませんので、そうした事業分野での取り組みも積極的に行っています。
● 事業を進めるうえで、3つの価値を並行して意識し評価することはとても重要なことです。
社会・環境価値は事業の規模にリンクします。売上目標、つまり経済価値が目標に届かなかった場合、社会価値でそれをカバーできるかと言えば、そうではありません。経済価値が基本となり算出されるのが社会・経済価値です。
しかし、グローバルでの社会・環境の要請は、77万トンの削減では足りない、100万トンの削減が必要であると言われるかもしれません。では、追加で23万トンの削減をするためにどういった事業を展開するのか、外部の要請による社会・環境価値の見直しやそれにともなう事業規模の見直しも当然議論すべきでしょう。
社会・環境価値 両辺を伸ばし、それに応じて経済価値も拡大していく、そんなトライアングルを目指していきたいと思っています。また、経済価値、つまり事業を考えるうえで、どれだけの売上を目指すのかだけではなくて、その事業が社会・環境にどれだけの価値や影響を与えるのを考える事が重要になります。
東原社長からは、こうした社会・経済価値の定量的な計測を継続すること、そして、継続的なモニタリングによって、社会・経済価値の最適なKPIが見えてくると言われています。
● ますます、社内でのサステナビリティへの理解や浸透が重要になります。
弊社では、サステナビリティ戦略会議の設立に合わせて、昨年度から社内でのシンポジウムを開催し、外部有識者を招いた講演を開催したり、自社の事業がSDGsの達成にどう貢献するのかという新事業の可能性等をテーマに事業部門別のワークショップを開催したりしてきました。
また、隔月程度のペースで、サステナビリティ、SDGs理解のためのニュースレターをグローバルでの社内報として英・日版で発行しています。
● 今年の春には、日立SDGsレポートも発行しています。
昨年1年間かけて、事業部門やグローバルの関連部署さらには、海外も含めた社外有識者の意見も伺いながら、日立とSDGsの関係についてまとめました。
この結果を「日立SDGsレポート」として公開しています。ここでは、弊社の事業戦略で貢献する目標を5つに絞り込り、また、事業内容には関係なく、会社として社会的に責任を持つべきものということで、6つの目標を掲げています。そしてこの企業活動全体で貢献する6つの目標が全体をカバーすることに意味があります。
たとえば、健康を提供するヘルスケア事業は、その事業だけを行うのではなく、企業活動全体で貢献する目標であるジェンダーや人材育成等も必ず責任を持って取り組むことを意図しています。
● SDGsと事業との関連性で特徴的なことはありますか?
私たちが、こうしたとりまとめを行ううえで特に意識したのは、各事業の事業リスクです。事業リスクには事業が外的要因、つまり社会・環境から受けるリスクと、事業が社会・環境に与えるリスクの2つがあると思っています。
これまでも、前者の社会・環境から受けるリスクは考えてきましたが、後者の自社の事業が社会や環境にどう影響を与えるかは事業部門ではあまり考えられてきませんでした。今回、この事業を行うことにより、どんなネガティブ・インパクトがあって、その対策は何かを明確にしました。事業を行うことによるプラス面と併せて、ネガティブな側面も明らかにし、その対策や今後の対応も含めて開示することは極めて重要であると考えています。
また、気候変動への対応も紹介したいと思います。バリューチェーンでとらえたとき、弊社のCO2の排出量は、製品化されたあとの使用時のCO2排出が、全体の90%近くを占めています。一方で、工場での生産時におけるCO2排出の割合は、全体の3%程度にすぎません。
つまり、私たちの事業として低炭素・脱炭素ビジネスをより一層促進し、環境にやさしい、CO2排出量の少ない製品を提供することが必要です。そうしたことが社会・環境価値の創出であると同時に、事業機会であり、ビジネスの伸長に貢献できると考えています。次の中計の重要なテーマのひとつにも、脱炭素・低炭素をあげています。
こうした動きは、2016年9月に策定した弊社の環境長期目標「日立環境イノベーション2050」も大きな役割を果たしています。この目標では、低炭素社会、高度循環社会、自然共生社会の大きな3つの柱を掲げていますが、低炭素ということであれば、2050年には、2010年比で、CO2排出量を80%削減するという野心的な数値を掲げています。
● 2050年をゴールとしたCO2削減の現在の進捗状況はいかがですか?
ほぼスケジュール通りに進んでいます。今後も技術革新の動向も見極めながら、前倒しで進めていく必要があります。先程もお伝えした通り、社内の生産設備の省エネでの削減ではブレイクスルーはできませんので、自然エネルギーへの積極的な取り組みやCO2排出権取引等を進めていく必要があります。
また、現在、主要各国や主要国の中央銀行やIMF等が参加する金融安定理事会には、気候変動にどう向き合うかを検討するタスクフォース「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」があります。そこでは、気候変動が企業の財務面に与えるポジティブ・ネガティブ要素を洗い出すことや、対応のためのシナリオを明確にすることをガイドラインとして定めています。
また、経済産業省が主導となり、TCFD対応のため、グリーンファイナンスと企業の情報開示のあり方に関する「グリーンファイナンス・TCFD研究会」が今年8月からスタートしています。目的は、企業の持続可能な成長を図るうえで気候変動に対してどう向き合うか、企業戦略の開示が求められますが、その対応を検討しています。経団連会長企業として、弊社も参加しています。
気候変動や再生可能エネルギーに対する省庁の取り組みも以前と比べて積極的になっていると感じています。
● 企業のサステナブルな対応の本気度は企業価値向上にも繋がります。
弊社もESGの対応無しに、財務面でのリスクは避けられないと感じています。ESG評価・投資に対応しないことは、財務戦略上ありえないということを財務部門のトップも認識していますし、こうした非財務指標への取り組みを財務部門でも真面目に取り組んでいます。
● サステナブル社会の実現に向けて、既に様々な取り組みをされていますが、まさに社会課題解決型のビジネスとして成果を上げている事例があれば教えてください。
たとえば、英国での鉄道事業が挙げられます。都市間高速鉄道の運用保守、メンテナンスまで含めて、27年半にわたる長期の受注をしています。なぜ競合他社ではなく、弊社だったのか。その理由は、この事業を通して生まれる社会・環境価値が大きかったからと言えると思います。
これまでの英国の鉄道は一部で老朽化が進みエネルギー効率にも問題があり、日本では当たり前の定時運行も十分ではありませんでした。そうした課題を、弊社は車両だけを納めるのではなく、国内で培った鉄道運行制御のノウハウ等も踏まえてシステムとして提供しています。それらシステムを開発するときのキーワードは、社会・環境価値の提供でしたので、それに集約されていると感じています。
環境価値の観点では、いかにエネルギー効率を向上しCO2排出を抑えるかということでした。たとえば、アルミ製の軽量車両の開発であったり、エネルギー効率のよいモーターを開発し最先端技術の車両にしていくことです。また、運行制御システムの提供により、定時運行が可能となって社会的価値も上がります。
そうした取り組みが、競合他社と比べて優れていたことが評価されたと言えるでしょう。社会・環境価値が他社との差別化に繋がっていると思います。決して弊社が競合他社と比べて安いといった、経済価値だけで優位に立っていたとは思いません。つまり、経済価値だけで鉄道事業が伸びたというよりは、社会・環境価値を上げることにより、結果的に経済価値も拡大したと言えます。
先程の社会・環境・経済価値の三角形に置き換えれば、社会・環境価値の二辺の伸びにともない、経済価値も上がったと言えます。そういった意味では、社会・環境価値の向上に務め、社会課題を解決したからこそ、鉄道事業というビジネス成果が向上に繋がったと考えられます。
● グローバルの大きな潮流のなかで、競合他社も環境に配慮した車両やエネルギーの効率化は進めていると思いますが、貴社が選ばれ、評価されたその源泉は何でしょう?
そもそも、創業者 小平浪平の「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という、100年以上前からの理念が今でも受け継がれているからだと思います。
現在、弊社では、ITとOT(オペレーション・テクノロジー)で社会に貢献することを掲げています。OTとは制御技術のことですが、弊社には100年以上のOTの歴史があります。弊社は1910年にモーターの修理工場から事業をスタートしていますが、まさにそれはOTです。
他社ももちろん環境配慮型製品開発の技術は持ち合わせていますが、弊社は、100年のOT技術と50年のIT技術、これにプロダクトを掛け合わせてものづくりをしています。単に技術力があるだけではなく、そうした技術を社会・環境価値に結びつけているからだと思います。
● 先程の企業理念ですが、「優れた技術・製品」ではなく、「優れた自主技術・製品」としているところが、ものづくり企業としてのプライドを感じます。
1910年当時、国内でのものづくりは定着しておらず、海外からたくさんの製品が入ってきました。そのときに、創業者の小平は西洋製モーターの修理工場ではなくて、自分たちの力でモーターをゼロから作りたいといった考えていたようです。そうした想いが 「自主」という言葉に込められているのだと思います。
● 最後になりますが、貴社では、Society 5.0という社会像の発信にも力を入れています。
経団連では、Society 5.0は、SDGsの発展におおいに貢献するものとして、「Society 5.0 for SDGs」 を活動指針のひとつとして掲げていますが、これは弊社会長の中西の強い思い入れもありスタートしています。
社内でも最近、サステナビリティへの取り組みが加速化していますが、中西の経団連会長就任が1つの大きなきっかけになっているのは事実です。
弊社が標榜する「社会イノベーション事業」を通じて「社会のサステナビリティ」を実現することが「日立のサステナビリティ」の実現にも繋がる。このことをサステナビリティ戦略の礎とし、社内外の様々なステークホルダーと協創しながら戦略を進めたいと考えています。
※この記事の情報は2018年06月21日メンバーズコラム掲載当時のものです
この記事を読んだあなたへのおすすめ
▼ セミナー/ホワイトペーパー(無料公開)
≪ メンバーズへのお問い合わせはこちら ≫