「新しい資本主義の在り方“非物質化”とは?」 京都大学大学院 諸富 徹 教授:Social Good Company 特別編 #63
※この記事の情報は2021年03月29日メンバーズコラム掲載当時のものです
2010年10月、日本政府による2050年 カーボンニュートラル宣言により、社会は脱炭素社会への社会転換が求められています。今回は、Social Good Company特別編として、弊社のアドバイザーを務める京都大学大学院 諸富 徹教授に、脱炭素社会における新しい資本主義社会や経済成長、DXに関してお話をうかがいました。
無形資産を中心とする資産価値の高まりは経済成長の重要な源泉となる
脱炭素社会に向けて、企業もデカップリングが必要である
脱炭素化が直接的なビジネス成長につながる
● 環境と経済を両立させる新しい資本主義の在り方のカギが「非物質化」にあると提唱されています。
産業革命以降の世界経済を支えた大きな要素は、工場などで大量生産されるモノ、つまり物質でした。物質を中心にした投資や消費が、経済成長の源でした。それに対して無形資産、いわばコトを中心とした経済・社会の在り方が移行していくことを「非物質化」と呼んでいます。
実は「非物質化」の概念につながった「人的資本論」に関する議論は、「知識化」「ポスト産業化」「脱産業化」といったキーワードを用いながら、1950年代頃から始まってはいたのです。アメリカ経済のなかで、純粋なモノづくりではないサービス、情報、金融に関する経済活動が活発化し、なおかつそこから生まれる経済的な価値が拡大しつつあることが、統計的にも検出されたのです。
では、経済成長の源泉となる「モノではない新たな価値」とは何だろうという議論のなかで、知識をはじめとする人的資本の作用が注目されることになります。ノーベル経済学賞を受賞したポール・ローマー氏の「内生的成長理論」や、経営学者で知られるピーター・ドラッカー氏なども、そうした理論を提唱しています。
しかし、目に見える形で「非物質化」へと大きくシフトしたのは、1990年代に起こったIT革命がきっかけです。マイクロソフトやインテルなどのIT企業が台頭し始め、その後GAFAも加わり加速度的にデジタル技術が普及しました。コンピューターの普及にともない、2000年代以降はそれを使って何をやるかが特に重要になり、今で言う非接触型、非対面型のサービスやビジネスが本格的に立ち上がっていったわけです。
「非物質化」の中核は無形資産です。企業はもちろん、経済全体にとっても同様です。そして、無形資産の代表は知的財産です。ブランドや人間の知識、企業組織、ビジネスモデルなども無形資産のなかに含まれています。
無形資産を生み出すのは製造工場ではなく人間です。つまり人間が無形資産を生み出すための重要な核となっているわけです。労働はもはや肉体ではなく、頭脳で貢献する方向へと変わり、見えないコトの価値が高まるにつれ、投資の在り方も変化しています。商品の非物質化によって消費もいわゆるモノ消費からコト消費へと移り変わっています。
社会の非物質化が進んだからといって、ものづくりの重要性が低下したわけではありません。しかし、無形資産を中心とする資産の価値が高まり、そこから派生する所得が生まれ、それが経済成長のもっとも重要な源泉となる時代に入っていることは、統計的にも明らかなのです。
● そうした「非物質化」経済は、どのように環境と結びついているのですか?
これまで環境問題は、製造業から出る汚染物質で引き起こされる公害など、環境汚染の解決に主眼が置かれてきました。しかし、時代の流れとともに環境問題のとらえ方も幅広くなりました。環境を良くするという活動においても、自然を保護する、景観を美しくするなど、非物質的な側面も大事になっていくのではないか、という問題意識を持つようになったことが、私にとっては非物質化に関する研究の起点となりました。
経済のあり方が変わるなか、成長しようとすると必然的に無形資産のほうに向かわざるを得なくなっています。そうした方向へ進むと、産業の中心も製造業からサービス産業やデジタル産業に移行し、結果として脱炭素社会へ舵を切ることになっていくのです。
脱炭素化のためには、石炭火力を廃止するような取り組みも重要です。しかし、それに加えて、経済をより成長させるためには、非物質的な世界でより大きなビジネスを展開するしくみを創り出していくことが必要です。
ものづくりの世界から、そうした非物質的な世界へ転換すると、モノを生産する際のエネルギー消費は自ずと減少しますが、生産者と生活者の電気の消費量は増えることになります。だからこそ100%再生可能エネルギーによる電力供給の世界を目指すべきでしょう。
菅総理による脱炭素化宣言を筆頭に、ここへきてようやく、脱炭素に取り組むことが、コストではなく経済成長の要素として、普通に語られるようになったと感じています。
● 産業界においても、今や脱炭素化は重要な取り組みと位置づけられています。菅総理の脱炭素化宣言以外にも、潮目が変わるきっかけはありましたか?
2010年代半ばからは、脱炭素化に対する投資家の意識が非常に高くなってきたことも、きっかけのひとつでしょう。企業活動を通したCO2の排出量や脱炭素化の取り組みによっては、投資の見直しを辞さないということです。
また、アップルのように、サプライチェーンに対しても100%再生可能エネルギーを実現させると表明する企業の存在も、影響をおよぼしています。そうした企業と取引する会社は、自ずと事業における再生可能エネルギー率を増やさざるを得ませんので。
● 脱炭素社会に向けた世界の動向をどのようにとらえていますか?
1990年代以降、ヨーロッパでは本気で脱炭素に取り組み始めました。つまり、東西冷戦が終わると同時に、地球温暖化が最大の社会課題となり、それを真剣に受け止めた格好です。気候変動をもたらす温室効果ガスを減らすことを目的に国連で、「気候変動枠組条約」が採択されたのが1992年、その後、1997年に「京都議定書」が採択されました。
カーボンプライシングも、ヨーロッパではすでに1990年代初頭には取り組みをスタートさせています。そうしたヨーロッパをはじめとする世界の動きが日本の刺激にもなっていることは確かです。
● 日本が脱炭素化への取り組みをもっとダイナミックに進めるために、どんなことが必要だと思われますか?
時代の変化を見極められる、強力なリーダーシップが必要であると思います。また、産業界の主流が変わることも、大きな効果を生み出すと思います。
リチウムイオン電池の開発によりノーベル賞化学賞を受賞した吉野彰氏をはじめ、今「2025年が産業の大転換点になる」と予想する人が増えています。その頃には、リチウムイオン電池の価格が一般に普及できるほど下落するとも考えられています。
アメリカのGM社は、すべての自動車を電動化すると表明したことも、その予測と無関係ではないでしょう。同時に自動運転の技術も洗練されていくことでしょう。つまり2025年を境に、産業構造の主役が様変わりすることも起こり得るのです。
● 産業構造の変化のなかで、海外の国々では、デカップリングを実現しています。
スウェーデンの取り組みは典型的です。過去15年間でGDPは78%伸びている一方で、温室効果ガスの排出量は26%も削減しています。
その数字を支えるように、脱炭素化を進めながら成長している企業が多数現れているのです。カーボンプライシングの導入などで、省エネや燃料転換によりCO2排出量を減少させる取り組みを進めているのは当然のことながら、ビジネスの高みを時代とともに躊躇なく入れ替えるような、ヨーロッパの企業のビジネスの在り方にも、成功の理由があるようです。彼らは、より付加価値が高く、なおかつ脱炭素化できる方向へとビジネスをシフトしていったのです。裏を返せば、CO2を大量に排出するようなビジネスをリストラするわけです。
だから欧米には、たとえばシーメンスのように、気が付けば業種も業態も変わっていたというような企業が、少なくないのです。日本には祖業を守ることを良しとする風潮があります。しかし、欧米のように、企業としてもデカップリングしながら産業全体としてもデカップリングするという変化のあり方がこれからは必要なのではないかと感じます。
● ヨーロッパ企業のデカップリングの成功例に見ることもできる、非物質化が生み出す新しい価値と脱炭素化の関係について、もう少し詳しく教えていただけますか?
1つには、脱炭素自体がビジネスになる、そしてその領域がますます広がっている、ということです。エネルギーを例にとってみると、これからは太陽光や風力など自然の力を活用した発電方法が主流になるはずです。言い換えれば、そこが大きな経済セクターになるということなのです。デンマークのように大胆に舵を切れば、あのように小さな国からでも、風力発電の世界的企業が現れるのです。
日本の近海は、風力発電に適した世界有数の海域であるといわれています。特に秋田や青森、北海道の沖は、外資系の電力関連企業からも大いに注目されています。つまり、脱炭素化が経済の起爆剤になる資源を持っている、ということでもあるのです。
もう1つは、脱炭素化が直接的なビジネス成長につながる、ということです。そのためには、より付加価値の高い非物質的な方向へとビジネスの中身を変えるという、欧米企業の例に見るような柔軟さも重要です。その両方に取り組むことで、自ずと経済成長という結果も実現するはずなのです。
● 低炭素に加え、DXが経済成長を支えるキーワードになっています。
気候変動とDXを結びつけた企業レベルでの実践は、まだほとんどないように思います。企業で経営戦略を練る担当者のなかには、意識している人もいるでしょう。しかし、それを明確に宣言し、行動しようとしている企業を耳にしたことはありません。
「DX」だけでなく、「脱炭素」や「SDGs」に関しても、それに取り組み、訴求する企業はたくさんあります。しかし、それを経営戦略にもしっかりと結びつけ、産業やビジネスの構造転換に資するということを使命として事業展開する企業は、まだ少ないのです。脱炭素社会に向け、気候変動対応とDXはやはり丁寧な議論なしに一足飛びに結びつけられるような事柄ではないのがその理由です。
デジタル化、非物質化を推進し促進することが、結果として脱炭素につながることは事実です。しかし、取り組む際に、なぜ進めるか、進めなければならないのか、その本質を見ておくことが重要です。
※この記事の情報は2021年03月29日メンバーズコラム掲載当時のものです
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