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脱炭素の切り札?いま注目の「太陽熱温水器」とは

 皆さんは、「太陽熱温水器」をご存知ですか?太陽光発電と同じように、住宅の屋根などに載せて使う再生可能エネルギー設備ですが、日本では使用している世帯数は少なく、知名度もほとんどありません。ところがいま、脱炭素や燃料高騰の時代を迎え、太陽熱温水器が日本社会の切り札になる可能性が出てきました。その知られざる実力を取り上げます!

知られざる太陽熱温水器の実力

まず、太陽熱温水器とはどのようなものでしょうか?太陽光発電は、太陽の「光」を電気に換えるものですが、太陽熱温水器は太陽の「熱」で水を温め、お湯に換えるものです。昼間に沸いた水は夕方や夜まであまり冷めず、電気やガスに頼らなくても、お風呂やお湯を使えます。暖かい季節や地域だけでなく、追い焚きをすれば冬場や寒冷地でもエネルギー消費を大幅に減らすことが可能です。

仮設住宅に設置された小型の太陽熱温水器

「なんだ、お湯を沸かす設備か」と思うかもしれません。しかし、給湯は家庭内で消費されるエネルギーとしては最大で、3割を占めています(※1)。また家庭によっては、光熱費でも給湯が最大になります。太陽熱温水器は、一般的にはガスなどの燃料を半分以下に削減することができるため、日本全体に普及すれば、脱炭素社会に貢献することは間違いありません。

特徴としては、太陽の熱をそのまま熱として利用するシンプルな仕組みなので、コストが比較的安く、メンテナンス費用もあまりかからないことが挙げられます。導入費用は、本体価格で30万円代前後から。それだけ見ると「高い」と感じるかもしれませんが、30万円代のシステムであれば、平均的には年間で約3万円の燃料費の節約になるため、ほぼ10年で元が取れることになります(※2)。それに伴い、CO2も削減できます。一般家庭からは年間約2,800KgのCO2が出ていますが(※3)、太陽熱温水器を使えば、そのうち500Kg前後を削減できます。

また、一世帯が使うお湯をつくるための設置スペースは小さく、太陽光発電をあまり載せられないような都市部の小さな屋根でも、十分に機能します。また、エネルギー変換効率にも優れ、40%から60%ほどと、太陽からの熱エネルギーを有効利用しています。さらに、もしものときの安心にもつながります。停電や災害などで、電気やガスの供給が止まっても、水さえあれば温かいお風呂に入れます。

実は世界では、太陽熱温水器は家庭で使われている再生可能エネルギーにおいて、太陽光発電をはるかにしのぎ、圧倒的に普及しています。筆者自身も、先進国はもちろん、アフリカや中東、ラテンアメリカなど、世界各地で太陽熱温水器が家々に設置されている様子を見てきました。国際的な設置台数は右肩上がりで、今後もその数は増加するとみられています。世界の太陽熱温水器市場は、2019年に47億ドルでしたが、2027年までに67億ドルに達すると予測されています(※4)。

世界で拡大する太陽熱温水器(出典:環境エネルギー政策研究所「自然エネルギー白書2018/2019」より)

※1:経済産業省:令和元年度エネルギーに関する年次報告(2020)では、家庭の消費エネルギーのうち、給湯に使われているのは28.4%
※2:社団法人ソーラーシステム振興協会が発表する「ソーラーシステム・データブック2021年度版」を参照。一般的なガス給湯器でガスを消費した場合で、天候や地域にもよって変わってくる。
※3:世帯あたりの年間CO2排出量(2020年環境省)
※4 :Report Ocean.com 「太陽熱温水器の市場調査レポート」2021年1月より

活用されている意外な場所とは

世界中にこれだけ普及している太陽熱温水器。実は日本には、1950年代に世界で2番目という速さで商品化した老舗メーカーがあります。それが、愛知県知立市に本社のあるチリウヒーターです。副社長の川合英二郎さんは、「脱炭素時代に、太陽熱温水器は大きな役割を果たせます」と語ります。

「家庭で使われるエネルギーは、電気だけではありません。温水や熱の要素は意外と大きい。家庭の脱炭素をぜんぶ太陽光発電でやるのは大変ですが、太陽熱温水器も併用すれば、かなりの部分をまかなうことができます」(川合さん)。

太陽熱温水器を設置するチリウヒーター副社長の川合英二郎さん

チリウヒーターの太陽熱温水器は、さまざまな施設でも活躍しています。相性が良いのは、昼間から温水需要がある施設です。例えば福祉施設では、午前中からお風呂に入る人も多いため、太陽熱利用にとても向いています。

「家庭では昼にお湯を沸かしてタンクに貯め、夜のお風呂に使うのが一般的です。そのためタンクをある程度大きくする必要があります。でも福祉施設は昼間に沸かしてすぐ使うので、大きなタンクは不要となり、コストダウンできます」と川合さん。

チリウヒーターが太陽熱温水器を設置した甲府市のグループホームでは、ガス代の50%を削減しています。また、別の福祉施設では、太陽熱で温めた温水を床暖房にも利用しており、利用者から喜ばれています。

甲府市のグループホームに設置された太陽熱温水器

さらに、集熱板100枚を設置した浜松市のスイミングスクールでは、プールの加温のためではなく、大量に使われるシャワー用に設置されています。こちらは、24%の消費エネルギーを削減しました。

災害時にも活躍しました。東日本大震災が起きた際、チリウヒーターは、岩手県住田町に建てられた全110戸の仮設住宅に、小型の太陽熱温水器を寄贈しています。一般的にガス管が敷かれない仮設住宅では、割高なプロパンガスを使用しています。しかし太陽熱温水器があることで、春から秋にかけてはガスをほとんど使用せずに済みました。また、冬も多少の追い焚きをすればすぐに温かいお湯が使えたと、入居者からは喜ばれました。試算では、太陽熱温水器を使わなかった場合と比較して、ガス代の半分以上を削減できたとのことです。

東日本大震災の仮設住宅でも重宝された

太陽熱で温めたお風呂に入っているのは、人間だけではありません。埼玉県東松山市にある「埼玉県こども動物自然公園」では、冬になると「カピバラ温泉」を実施しています。本来、暖かい地域に暮らすカピバラは寒さが苦手。そこで、太陽熱温水器でお湯をつくり、水浴び場の水を温めたり、床暖房として活用しています。これにより、動物園の燃料費も大幅に削減できています。冬場の太陽熱でも十分に水が温まるのがすごいですね。

現在、川合さんが取り組んでいるのは、離島のプロジェクトです。離島は、燃料を運んで来る必要があるため、どうしてもコストがかさみます。少しでも島でエネルギーを自給できれば、経済的に大きなメリットがあるのです。お湯はどんな場所でも必要とされているため、太陽熱温水器の需要はまだまだ増えていきそうです。

補助金を増やせば普及する?

しかし残念ながら、日本の太陽熱温水器の導入量は、国際的な動向とは真逆に、1980年以降ずっと右肩下がりです。こんなに貴重な太陽熱温水器が、なぜ日本では広まらないのでしょうか?

「日本でも、1970年代のオイルショックの後に一気に広まった時期があります。しかし、1980年を境に、石油価格が下がり、またガスや灯油の給湯器が安く普及したことで、わざわざ屋根に載せなくてもいいのでは、と考えられるようになりました。政府が省エネ機器を積極的に広めようとしなかったことも、影響したのではないでしょうか。いまでは一般の方には知られていませんし、昔設置したことがある方は、古くさいイメージを持っているかもしれません」(川合さん)。

日本の太陽熱利用は右肩下がり(出典:環境エネルギー政策研究所「自然エネルギー白書2018/2019」より)

ではどうしたら普及できるのでしょうか?あまり知られていませんが、東京都をはじめ、太陽熱温水器に補助金を出している自治体は少なくありません。その補助金の額をさらに増やす必要があるのでしょうか。川合さんの意見は異なります。「東京都はすでに、太陽熱温水器に最大半額までの助成をしています。それでも売れないのは、存在が知られていないからです。大切なのは、補助額ではありません」。

補助金よりも、まずは国や自治体が太陽熱温水器の本当の価値を理解し、積極的にその存在をアピールしていくことが大切になってくるのかもしれません。川合さんは、補助金については複雑な思いも抱えています。「買う側からすれば、少しでも補助金が高い方が良いというのはわかりますが、補助金が多いか少ないかだけで損得を判断する社会になってしまうと、本質的な議論から外れてしまいます。他の設備には補助がついているので、太陽熱も一部の自治体で補助をしてもらっていますが、個人的には補助金がなくてもいい仕組みをつくる必要があるのではないかと考えています」。

確かに、10年ほどで故障するような給湯設備でも、その業界団体の存在が大きいため、多額の補助金が出ている例もあります。行政の側からすれば、いわゆる「エコ」と呼ばれている機器に補助金を出して「環境対策をやっています」とアピールするのは極めて簡単ですが、それが社会に広まることでどのような影響を与えるのかをもっと精査する必要がありそうです。川合さんの実感としても、設置費用の大半を補助金でまかなった施設の場合、その後あまり活用されないケースもあるようです。

床下に温水をめぐらせるパイプを埋め込めば、床暖房としても活用できる

その上で川合さんは、導入時に補助金を出すよりも、太陽熱温水器を継続的に使用してガス消費量を削減している家庭や施設に対して、固定資産税を減免するなどの優遇処置をとる方が、CO2削減には効果があるのではないかと考えています。

普及については、「これさえやれば」という簡単な方法はありません。しかし、せっかく良いものがすでにあるのに、それを使わずにわざわざ化石燃料を海外から購入して燃やし続けるのは、とてももったいない話です。また、現在の燃料価格高騰を考えても、エネルギーをできるだけ国内や地域でまかなえるようにすることは大切です。そのためにも、いまこそ忘れられていた切り札を活用すべき時ではないでしょうか。

ライター:高橋 真樹ノンフィクションライター。サステナブルをテーマに国内外で取材、執筆。著書に『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)、『こども気候変動アクション30』(かもがわ出版)ほか多数。

高橋 真樹によるこちらの記事も合わせてご覧ください。


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