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SDGsウォッシュはなぜ起きるのか?サステナビリティの本質に向き合える組織とは|脱炭素DX研究所レポート#09 後編

本レポートは、株式会社MIMIGURI デザインストラテジスト/リサーチャーである小田 裕和さんによる寄稿記事です。

サステナビリティの追求が企業経営に求められる中、グリーンウォッシュやSDGsウォッシュも指摘されています。こうした事象はなぜ起こるのでしょうか。「良さ」をキーワードに、本質的なサステナビリティを追求できる組織の姿を探索していきます。

前編中編では、「ウォッシュという現象」の要因を「安易な『良さの借用』が広がってしまったことにある」と捉え、良さそのものに自ら向き合うことの大切さを考えてきました。「良さ」と向き合ううえで重要な概念として「選択可能性」を挙げ、「誰のために、何を持続させていきたいのか」や「持続可能な開発とは何なのか」を問い、自ら選択していく機会を放棄・抑圧している組織の在り方に警鐘を鳴らしました。最後となる後編では、良さに向き合い続けてきた事例を紹介し、気候危機時代の組織の在り方を考えていきます。

「何が良いか」を考え抜いた、南三陸の復興の姿

南三陸の戸倉地区というところをご存知でしょうか?牡蠣の養殖が盛んに行われてきたエリアですが、震災によって甚大な被害を受け、すべてが流されてしまいました。牡蠣の養殖に取り組んできた人々は、復興に向けて様々なことを問い直したそうです。

その決断の一つが、養殖いかだの数を3分の1に減らすこと。当然、売り上げも落ちてしまいますが、対話を重ねる中で、働き方や海の環境を考えた上で決断をしたそうです。すると、海の環境が良くなったことで、本来2~3年かかっていた養殖期間は1年に短縮され、これまで以上に質のよい牡蠣が取れるようになり、働き方も改善され、責任ある水産養殖業を認証する「ASC 養殖場認証」という国際認証を日本で初めて取得するにまで至ったそうです。

こうした取り組みによって、若い漁業者の活力も増し、牡蠣の養殖で使われていた網を活用して、海でワインを熟成させるといった取り組みが広がるなど、非常に活発な取り組みが広がり始めていました。以前視察させていただいたのですが、前向きに向き合おうとする人々の姿に、とても感銘を受けました。

震災によって、すべてを海に流され、非常に厳しい状況に置かれていたことは想像に難くありません。以前と同じような姿を取り戻そうという声も少なくなかったことでしょう。そんな中でも、様々な葛藤と向き合いながら「どんな暮らしや漁業の姿を実現していきたいか」を考え続けたからこそ、今の姿が実現したと言えるでしょう。

もっとも、こうした事例を参考にして、養殖いかだの面積を減らそう!と形だけ真似するところも出てくるかもしれません。しかしながら、それは「借りてきた考え」であり、自分たちが葛藤の中で見出した納得解ではありません。もちろん真似をすること自体は決して悪いことではないですが、葛藤に向き合うことなき借用からは、戸倉地区のような人々の熱量が生まれてくることはないでしょう。

求められるのは、「何が良いか」に向き合い続ける組織

SDGsウォッシュと呼ばれない活動にしていくために大切なことは何か、という冒頭の話題に戻りましょう。それは自ら「何が良いか」に向き合い続け、様々な葛藤の中に、自分たちなりの納得解を見出し続けることにあると私は考えています。これは誰かが一度やれば良いということではなく、活動に向き合うすべての人が、常にそこに向き合い続けようとすることを意味しています。

これは、そう簡単なことではありません。しかしながら、そこに向き合うことなく、誰かが決めた指標を守れば良い、となったような「選択可能性」を失った状況に置かれた人は、決して真の意味で「自分ごと」として活動に向き合うことはできず、またそうした人が増えれば増えるほど、活動は形骸化していくでしょう。

SDGsを謳う企業は、こうした組織のすべての人々が「何が良いか」を考え続けられるような組織のあり方を実現することが求められるでしょう。そのためには、対話文化の醸成や評価制度の問い直しなど、様々な活動が連動して求められます。裏を返せば、こうした取り組みもなく、ただSDGsの指標だけを追いかけさせることを社員に求めているだけの企業は、「SDGsウォッシュ」と言われてしまっても仕方がないのです。

何度も言いますが、指標を「借りてくる」こと自体は悪いことではありません。「借りてくる」ことで、思考が広がり、葛藤と向き合えるようになることもあるでしょう。安易に「借りている」という状態、そしてその「借りてきたもの」によって、選択可能性が阻害されていく状況に「ウォッシュ」と呼ばれる現象はやってくるのです。

真の意味で本質に向き合える組織になっていくためには、長い時間がかかることでしょう。だからと言って何もしなくてもいい訳ではありません。自社が掲げている、SDGsへの取り組みを眺めながら、私たちは何を「良い」としたかったのだろうか、そこに私たちがさらに向き合うべき問いは何か、省察的な対話を始め、思考を深めていく時間を取ることが、最初の1歩として大切になると考えています。

私たちは、誰のために、何を持続させていくことを、良いと思うのだろうか?ぜひこの問いと向き合うことから、始めてみてはいかがでしょうか。

著者プロフィール:
小田 裕和|Hirokazu Oda
株式会社MIMIGURI デザインストラテジスト/リサーチャー

千葉工業大学大学院工学研究科工学専攻博士課程修了。博士(工学)。デザインにまつわる知を起点に、新たな価値を創り出すための方法論や、そのための教育や組織のあり方について研究を行っている。特定の領域の専門知よりも、横断的な複合知を扱う必要があるようなプロジェクトを得意とし、事業開発から組織開発まで、幅広い案件のコンサルテーション、ファシリテーションを担当する。主な著書に『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)がある。

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